第145話 これからの話……
●○●
「さて、どうしようか……」
帝国とナベニポリスとの戦争が終結して一月。情勢はようやく落ち着きを見せ始め、帝国と第二王国も講和に至った。誰もが、これでしばらくは平和に暮らせると、胸を撫で下ろしているだろう。
そんな中、僕とグラは角突き合わせて話し合いを行なっていた。この一ヶ月、ずっと話し合ってきた議題だ。
「こちらに敵意を抱くダンジョンコアがいる可能性、ですか……。やはり頭の痛い問題ですね……」
「うん。まぁ、絶対にいると断言できる証拠はないんだけれどね……」
グラの深刻そうな声音に、僕もまたトーンを落として答える。緑を撫でて吹く風が、呑気な爽やかさを伝えてくるが、正直その牧歌的な雰囲気を楽しめる心境には程遠い。
あの日、ホフマンさんからの依頼で、パティパティアトンネルに転移した僕は、本気で愕然とした。少し前まで、依代に入り切らない程のDPで満たされていたトンネルには、一欠片のDPも残されておらず、脆くなった坑道があちこちで崩落を始めていたからだ。
「勿論、たまたま通りかかったダンジョンコアが、投棄されたダンジョンだと勘違いして、これ幸いとDPを奪っていった可能性はないではない。実際、あの時点では誰もダンジョンを管理していなかったんだからね」
「それはそうですが、地上を
僕の提示した、流れのダンジョンコアが偶然居合わせて、悪意なくDPを持っていったという可能性を、グラは否定的に論じる。
「そうだね。上級冒険者として調べた限り、あの時点でゲラッシ伯爵領、帝国南部領のいずれでも、ダンジョンの討伐作戦は行われていない。流石に、帝国に恭順していない高地民族の動向までは調べられなかったが、彼らは元々ダンジョン対策に積極的ではない。そっちの線も、まずないだろう」
ダンジョンコアがダンジョンを放棄せざるを得ない一番の理由が、人間による討伐作戦、もしくは入場制限という兵糧攻めに根負けしての事である。ちなみに、二番目の理由は僕たちと同じように、立地が悪すぎて、セルフ兵糧攻め状態に陥った場合だ。
人の集落のど真ん中でなくても、人里から離れすぎた山中や、砂漠や火山地帯等々、人が赴くのに適さず、またモンスターが放たれても、それ程困らない地域のダンジョンは、制限されるまでもなく人が寄り付かない。海の中や、完全に人が寄り付かない秘境には、どういうわけかダンジョンは生まれれないらしい。ルディの海中ダンジョンも、基本はゴルディスケイル島にできたダンジョンだからね。
そういったダンジョンは、一か八かダンジョンを棄てて、新天地を目指すのである。僕らもまた、常にダンジョンの放棄は選択肢にあった。
「たしかに、人による攻撃の線は、まずあり得ない。あの時期は、帝国も第二王国も、ダンジョンどころではなかったからね。だが、別の理由で、ダンジョンを放棄したダンジョンコアが、たまたま辿り着いた可能性は〇ではないだろう?」
「たしかに〇ではありませんが、考慮せねばならぬ程高くもありません。新たに生まれたダンジョンが、あのパティパティアトンネルに辿り着いたのであれば、そのままそこにダンジョンを拓けばいいだけです。DPだけ
「人の往来があり過ぎて、早々に討伐されると考えたのかも知れない。それは、僕らが生まれた頃と同じように、町中にダンジョンができているのと変わらない。相手が人型であるとも限らない。僕らと同じようなスタイルでの発展は、ダンジョンとしては難しいだろう」
「それでも、です。ダンジョンコアが地上を
おっと。なんと正鵠を射た例えだろう。しかも、人間の立場に立った観点の例え話とは、本当にグラも成長しているな。
なるほど。たしかにそれは、僕の認識が甘かったようだ。その辺り、どうしても僕は人間の頃の感覚が抜けない。地上で生きるダンジョンコアなどという存在も知ってしまったせいで、ダンジョンを放棄して地上に出るという事を、いささか甘く捉えていた。
反省しよう。こういった細かな認識の違いが、グラとの価値観の齟齬になっては、彼女に心労をかけかねない。
密かにそう決意しつつ、僕はなに食わぬ顔で話を続けた。
「つまりグラは、トンネル内のDPを奪ったのは、こちらに攻撃を仕掛けてきた、敵意――もしくはそこまでいかずとも、悪意を有したダンジョンコアの仕業であると考えているわけだ」
「もう一つ、地上に生きるという、良くわからないダンジョンコアが居合わせたという可能性もあります。こちらであれば、トンネルを放って消えた理由は、一応説明がつきます。そもそも、ダンジョンコアが地上で生きるという、意義も意味も思い付きませんが、この場合であれば我々に敵対する意思はない、という事になります」
逆に言えば、その可能性しか、こちらに敵意がない事にならないんだよなぁ……。そして、もしその可能性が正解だったところで、それは必ずしも、こちらに対する敵意の有無を明確にはしてくれない……。
リスクヘッジを重んじるなら、こちらに敵対する意志を持つダンジョンコアが、存在すると仮定して動くべきだろう……。
「はぁ……。ダンジョンコアと敵対するのは、本当に嫌なんだよなぁ……」
「私もです。バスガルを打倒したのですから、最低でもあと一〇〇年、できれば我らが大規模ダンジョンへと至るまで、敵対するダンジョンとは出会いたくなかったものです」
僕のぼやきに、グラもまた倦怠感の滲む声で頷いた。
ダンジョンコアとダンジョンコアが敵対すると、互いに互いのリソースを食い合う、ウロボロスの蛇状態に陥る。勿論、使う
そのくせ、人間として討伐を行うと、それ程実入りも良くない。っていうか、いい加減冒険者ギルドはバスガルのコアを引き渡して欲しい。第二王国のあちこちから、買い取りの申し出が殺到して、捌き切れないという状況は理解するし、最悪こっちとの約束を反故にしてでも、売らねばならない相手がいるというのも、わからんではないけどさ……。
「でも、嫌だ嫌だとも言っていられない。どこの誰かはわからないけど、対策は講じておこう。最悪、以前と同じように、ダンジョンの位置を特定して、冒険者を送り込むという手段を取ってもいい」
「私としては、できる事ならそのような手は取りたくないですね。以前は、バスガルの有するリソースが、完全に我々の及ぶところではなかった為に、やむを得ずその手法を了承しました。ですが、ダンジョンコア同士の戦に、地上生命を用いるというのは、本来はあまり誉められた戦法ではありません。人間で言えば、今回のナベニ軍の司令官のような印象を受けるでしょう」
「なるほど……」
ナベニの司令官、元
なにより、最低限の戦略目標は達成している。あえて味方にも苛烈にあたり、離反者と帝国軍を共闘させる事で、戦後統治に手心を加えさせ、ナベニ共和圏の有力者の多くを、生きたまま帝国に所属させた。
もしも、以前のような散発的な戦闘の繰り返しで占領していたら、帝国は一人として、共和圏の有力者を残さなかっただろう。
こうなってくると、ベアトリーチェが第二王国に流れてきた点も、偶然ではなくピエトロさんの策略だったのではないかと、勘繰ってしまう程だ。当時はたまたま、ホフマンさんが二ヶ月もアルタンに逗留していたわけだし……。
まぁ、我ながら陰謀論染みているが……。
まったく、優秀な人間はどこまでの深謀遠慮を張り巡らせていたのか、わからなくなるね。生きている内に会って、聞いとけば良かった。いまは評価は地の底だが、後世で評価が見直されるかも知れない人だ。
とはいえ、だからといっていまのピエトロさんの立場に、グラを追いやるつもりはさらさらない。それが、ダンジョンコア同士の評価という、コミュニティもあってないような、孤高の生命体からの評価だとしても、だ。
「わかった。グラがそう言うなら、次があったら正々堂々勝負しよう。ダンジョンコアとして、ね」
「はい。幸い、我々も準備には余念がありません。もはや、バスガルと対峙していた頃とは違うのです」
「そうだね」
そう言って笑い合ってから、僕はデッキチェアに寝そべる。緑の草原、深い森羅に抜けるような晴天。燦々と降り注ぐ陽光は熱を持ち、遠く見える山々は、その雄大さをこれでもかと見せ付けている。
心なしか、実際には見た事もないハイ・クラータ大山脈にシルエットが似ている気もするが、気のせいだという事にして、その威容を堪能しよう。ヴェルヴェルデ大公が贈ってきた名画にそっくりな風景だが、気にしない気にしない。
遠目に見える田園風景には、黄金の稲穂が実り、農夫たちがあくせく働いては、その緑色の肌に浮いた玉の汗を拭っている。遠目には、狼に跨った隊伍が、警邏に草原を駆け回っているのが窺えた。
そう。僕らだって、地上の事ばかりにかまけてきたわけではない。いますぐ他のダンジョンと戦争になったって、十分に対応できるだけの備えはあるのだ。
唯一の懸念は、ダンジョンの維持DPか。そろそろウチのダンジョンも、人間たちにお披露目しないと、DPの収支が真っ赤っ赤だ。
丁度いいから、アルタンやサイタンから離れた場所で、例のマジックアイテムを使わせるよう、誘導しよう。チッチさんとラダさんを使おうか。
やれやれ……。ようやく戦争が終わって、ナベニポリスが亡びたっていうのに、忙しない事だ。まぁ、地上の事に煩わされるよりかは、ダンジョンに煩わされる方がマシではあるが……。
——六章 終了——
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