第63話 使者再び

 そんなわけで、早速もう一個依代を作ろうと言ったら、グラがごねた。


「もう少し、このままで良いのでは?」

「え? でもこのままだと、下水道のモンスターが減っちゃうよ? 特に理由もなく減ったら、不自然じゃない?」

「…………」


 まぁ当然、モンスターくらいはダンジョンコアでも作れる。というか、依代の方がダンジョンの真似をしているのだから当然だ。ただ、そうなるとロスも多いし、魔石分は人間に取られるので、結局はDPの消費が多くなる。

 ダンジョンに、多くの侵入者がいなければ、ジリ貧に追い込まれるのは、それが一番の理由だ。

 ベストを言うなら、モンスターを作る為だけの依代を作って、食料からエネルギーを生成し、そのエネルギーをモンスターに変換するのが、一番効率がいいだろう。グラも、いまは無理だが、いずれはそういったものの研究に着手するといっていた。

 いまは時間の面でもDP的な余裕の面でも、とてもではないがそちらにかまけられるリソースがない。あと、ウチのダンジョンだと、作ったとしても利用価値がないというのも大きい。

 やっぱり、普通にモンスターを使えるダンジョンが欲しいよなぁ……。となると、二日前に考えた子ダンジョン計画をもう少し練って、検討の余地があるような素案を作りたい。

 グラが沈黙している間に、そんな事をつらつらと考えていたのだが、一向に答えが返ってこない。流石に不審に思って訊ねる。


「グラ? どうしたの?」

「……そうですね……。……やはり、早々に依代は必要でしょう……。……人間どもに、我々の存在を感知される危険は、できるだけ低くしておくべきでしょう……」


 なんか、すごく弱々しい声音で、まるで自分に言い聞かせるようにそう言ったグラ。いやまぁ、とはいっても、一日下水道のモンスターが減ったくらいじゃ、そこまでの騒ぎにはならないだろう。


「まぁ、今日くらいはこのままでもいいかな」

「そうですか?」

「僕としても、こっちの方がなんだか安心するしね」

「はい。やはり我々は、二心同体なのです」

「そこはもう、一心同体でいいと思うよ」


 そんなわけで、今日のところは姉を甘やかしつつ休む事にした。

 ダンジョンコア本体に移った事で、急速に回復はしているものの、やはりトカゲどもに食い殺されるという壮絶な経験をしたせいで、精神的な疲労が大きい。

 ダンジョンコアは睡眠を必要とはしないが、食事と同じくできないわけではない。なのでベッドに潜り込んでから、目を瞑る。一応、グラに主導権を渡しておこうか。

 主導権を渡すと、僕は意識の海へと、その身を深く深く沈ませていく。


……どれくらい経っただろうか、体が勝手に動かされる感覚で、意識が浮上する。それでもしばらく微睡のような意識でいたら、グラが呼び出した五号くんの外見で、一気に目が覚めた。


「うわっ!?」

「起こしてしまいましたか」

「グラ、五号くんなんて呼び出して、どうしたの?」

「侵入者です。以前も訪れた、バスガルからの使者ですね」

「ああ、ギギさん。あの人がまた来てるの?」

「はい」


 十中八九、向こうのダンジョンに依代を送り込んだ事に対するリアクションだな。突然、モンスターたちが波状攻撃を仕掛けてきたのも、きっとあの依代がこちらのダンジョン産だとわかったからだろう。

 まぁ、ギギさんが初めて下水道に現れた際にも、グラはそれがダンジョン産のモンスターであるとわかっていたので、察知されてもおかしくはない。その辺りは想定の範囲内なので、問題はない。


「ふぅむ。たしかにちょっと、へんな感じだね」


 意識すると、たしかに体内に侵入されている感覚がある。だが、人間が侵入すると、口の中に髪の毛が入っているような、不快感とも違う異物感なのに対し、いま感じているのは、どこか刺激物ちっくだ。それでいて、どこか馴染みのある感覚は、きっとモンスター故なのだろう。


「じゃあ、交渉の席には変わらず僕が着くよ。グラは、問題があるようならその都度教えて」

「はい。まぁ、通り一遍の回答であれば、私にもできると思いますが」


 自信満々のグラに、僕は苦笑する。


「どうかな。グラの場合、木で鼻を括るような対応になりそうだけど」


 ちょっと心外そうにため息を吐いたグラだったが、僕の言葉を否定はしなかった。自分でも、その可能性はあると考えたのだろう。

 五号くんに僕の姿を真似させ、以前と同じように下水道へと派遣する。今回は、場合によっては使者同士で戦闘になる可能性も考えて、相打ち用の装具も埋め込んでいる。所謂、自爆装置だ。


「さぁて、口八丁でどこまで丸め込めるか。無理だと、十日を待たずして開戦の火蓋が切られるぞ……」

「なぜ、少し楽しそうなのですか?」

「いや、別に楽しくはないよ。これに失敗すると、結構ピンチだからね。緊張すると同時に、気合も入るって感じ」


 そう、楽しくはない。だが、どう表現していいのかわからないが、やらなければならない仕事があるというのは、こう、張り合いがあるのだ。生きている実感が湧くとでも言えばいいのだろうか。

 やはり上手く言語化できず、僕は説明を諦めてから視覚を敵からの使者へと飛ばす。


 そこには、以前見たままの姿の虫リザードマンが仁王立ちしていた。



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