第64話 ギギさんは交渉下手

『やぁ、どうもどうも。お久しぶりですギギさん。本日はどのような御用件で?』


 ようやく使者の元に辿り着いた五号くんを通して、挨拶もそこそこに用向きを訊ねる。

 なお、あれからグラが組み込んだプログラムによって、ザカリー直伝のお辞儀も披露している。……動きを丸々コピーしたのだから、直伝で合ってる。


「ム。用向き、明らか。釈明。ダンジョンコア様から、質問。『開戦前の潜入、いかなる仕儀にて為されるや。弁明を求む』との事。場合によっては、いまから開戦、なる。重々心得られ、よ」


 やはり予想の範囲内だった。なので僕は、想定問答集の一番上から答えを返した。


『それなんだが、こちらとしても予想外の展開だった。お互いに不本意な結果になったしまったわけだが、不可抗力として受け入れてくれないかな?』

「詳しく、話す。よろしい」

『ふむ。まぁ、見てもらえればわかるだろうが、僕の使うモンスターは、人間に擬態できる。その為、少し前からダンジョンの最大の敵である冒険者ギルドに、スパイを放っていたんだ。これに関しては、こちらのダンジョンの運営方針である。お口出しは無用に願いたいんだけどね』

「ムゥ……。なるほど。そこに文句、ない」


 よし。その言質が取れれば、もうこちらのものだ。


『そのスパイが、新たに発見されたそちらのダンジョンの探査の為に、駆り出されてしまった。こちらとしても不本意な結果だが、人間に擬態している以上、ダンジョン同士の協定を盾に拒むわけにもいかない。というよりも、事情を話す事自体が、我々ダンジョンにとって百害あって一利もない』

「同意する」


 ギギさんが、そのカマキリのような三角頭をコクリと頷かせる。なんというか、実にコミカルな仕草だ。というか、この人は以前来た一〇六号さんでいいのだろうか?


『そちらのダンジョンに侵入したスパイの動向について、こちらとしても詳しく知っているわけではない。だが、こちら側が命令したのは、できるだけ自然な形で人間と別れ、そのうえで事情を説明し、穏便に帰還する事だった。人間社会に潜ませた手駒を、それもかなり大量に生命力を注いで作り上げたものを、早々に失うのは惜しかったんだ。まぁ、残念ながら失ってしまったわけだが、流石にこの件でそちらを責めるつもりはない。こちら側に、なにかしらの不手際があったのだろう』

「ム、ムゥ……」


 ギギさんが呻吟しつつ、首を傾げる。あのとき、僕はたしかにフォーンさんたちと別行動を取った。そこで事情を釈明する余地はあったのだと強弁する事で、いまの、一方的に相手方のダンジョンに先兵を送り込んだという状況から、ある程度どっちもどっちだったというところに着地できるはずだ。

 勿論、多少こちらにも非があるという結論にはなるだろうが、それでなにか譲歩を強いられるという事もないだろう。ダンジョンの割譲とか言われたら断固拒否だし、侵略合戦における利点を求められても、それを許容する道義はない。なにせ、一方的な都合で戦をふっかけられているのが現状だ。文句を言えるなら、こちらこそ言いたいし、それでなにか得られるなら、無一文になるまで取り立てているところだ。

 まぁ、律儀に宣戦布告したうえ、開戦までの期間をそれなりに設けるような相手だ。もしも交渉で揉めたところで、そこまでごねるとも思えない。


「そのスパイ、こちらが倒した。地上生命、同行、裏切り行為、思った故。謝る」


 なんだろう、素直すぎて、ちょっとこっちの方が罪悪感を覚えてしまうなぁ。まぁ、だからといって手加減はしないけど。

 侵略戦争をしているのに、必要以上に相手方の事情を斟酌するのは悪手だと思う。あくまでも、自分の都合を優先し、少しでも己の利益を追求する。それこそが、戦争行為に対する真摯な姿勢だと思うよ。たとえその結果が、真摯とは真逆の行動だったとしても。


『いやいや、こちらとしても戦闘行動と誤解されかねない行動をとった点は謝罪しなければならない。人間社会に潜ませた手駒を惜しむあまり、約束を破るような真似をしてしまった事は、実に遺憾だったと思っている』

「今後、同じ状況、使者、立てる」


 使者を発して、事情を説明しろという事だろう。その質問も、想定問答の一つだ。


『こちらとしても、そうしたいのは山々なのだが、使者を任せられるようなモンスターは、ウチのダンジョンでは希少でね。なかなか手が空かない』


 嘘は言っていない。あえて付け加えるなら、そもそもウチのダンジョンでは、モンスターそのものが希少なのだ。


『今回の事も、事情を察知したのはつい一昨日、状況を精査したのも昨日の事だ。慌てて立てられた使者は、そちらに潜入させたスパイだけだったのさ。そちらと違って、こちらは人間たちの言うところの、小規模ダンジョンだからね。中規模ダンジョンであるバスガルさんと戦うともなれば、事前の準備でてんてこ舞いなわけさ』

「そうか。たしかに、格上と戦う、大変。手が回らない、理解した。ダンジョンコア様にはその旨、しかとお伝え、する」

『お願いするよ、ギギ殿。これ以上戦前に問題があると、まともな応戦すらできずに散る事にもなりかねない。それでは、ダンジョンコアの矜持に悖るからね』

「委細承知。必ずや、お伝え、する」


 そう言って、ギギさんはバスガルのダンジョンへと戻っていった。

 ちょっろ。こちらとしては一切譲歩するつもりもなかったが、まさか交渉すらなしとは思わなかった。これでギギさんが、向こうのダンジョンコアに叱られないのか、心配するレベルだ。怒られても、僕を恨まないでね?

 さて、思った以上に向こうのダンジョンが世間知らずだという事が露呈したな。まぁ、ダンジョンって基本、引きこもり体質だ。当然といえば当然だろう。


 この情報が吉とでるか凶とでるかは、まだわからない。だが僕は、利用価値が高そうだと思った。



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