第96話 【布教派】と【深教派】

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 四〇分後。ここに集った全員の総意として、話を元に戻す。

 口火を切ったのは、どこか疲れた表情をしているエスポジートさんだ。いつの間にか、兜を被る為にひっつめていた髪を下ろし、その美しい金糸の髪を垂らしている。


「お話を戻しましょう。タチ様とその配下の方々に対する攻撃は、我々の目的ではございません。ここまではよろしいでしょうか?」

「あくまで棚上げではございますが、この場で拘泥はしないとお約束いたします」


 慇懃な態度を堅持しつつも、一歩も譲歩する余地を見せないタチさんに、流石に僕も苦笑してしまう。それはエスポジートさんもそうだったようで、困ったように苦笑しつつも礼を述べる。


「ありがとう存じます。そしてハリュー君――とお呼びすると、君のお姉さんと区別がつかなくて困るでしょうか。ショーン君と呼ばせてもらっても構わないでしょうか?」

「ええ、構いませんよ。どうやらエスポジート様は、やんごとなき御身分の方のご様子ですし、変に敬称を付けられて、後々問題になっても困りますから」


 こちらは慇懃無礼というにも、ただただ無礼な僕の言葉。しかしエスポジートさんは苦笑して受け流してくれるらしい。どうやら、平民の無礼をいちいち口やかましく論うような人ではないようだ。


「そうはならないよう努めますが、ご配慮いただき感謝いたします。さて、この者らがショーン君たちハリュー姉弟を襲撃した理由は、説明が必要でしょうか?」


 エスポジートさんが蛍光双子ツインテツインズを一瞥しつつ問うてくるが、僕はそれに首を横に振る。


「いいえ。どのような理由があろうと許せるものでもありませんし、グダグダと聞くに堪えない弁明をされても時間の無駄です。大方の予想もついていますし、特に必要はありません」

「左様ですか。では、そのように話を進めましょう。まず第一に、此方とこの者らは、派閥が違います。この者らは、教皇聖下の派閥である【布教派】に属し、此方はキトゥス司教が主導しておられる【深教派】に属しております」


 ふーん、としか返事のしようがないが、流石にそれは失礼すぎるので、無表情のまま頷くにとどめる。これで、教会内の派閥になんぞ興味はないと伝わればいいのだが……。

 エスポジートさんは、またも苦笑しつつ聞いてもいない注釈を付け加える。


「ご存知かもしれませんが、神聖教会内部にも、教義の解釈から様々な派閥がございました。そういう意味では、此方はキトゥス司教のデルヴォ派でも、こちらのオーカー司祭、メラ・ピウス司祭のトカ派でもありません。どちらかといえば、教皇聖下の宗派に近いエッタ・ラルゴ派でした。教皇聖下はエッタ・クイントゥス派ですね。エッタ派として、一緒くたに見られる事もある宗派です。ですが、いま対立している【布教派】と【深教派】というのは、そういった宗派としての対立とは一線を画す、今後の神聖教の行く末をどちらにするかという、行動方針の策定にも等しい意見対立なのです」


 うーん……。聞くだに面倒臭い。というか、聞きたくない。聞いても一銭の得にもならないばかりか、変な派閥対立に巻き込まれそうでうんざりする。

 僕のそんな表情を読んだのだろう、苦笑を深くしたエスポジートさんは、要約して伝えてくれる。


「つまり、神聖教圏を広げ、教化によって信徒の増加を目指すのが【布教派】であり、逆に現在の神聖教圏の信徒の信仰を深め、より深く、より堅固な教圏を築こうとしているのが【深教派】なのです。今後の神聖教をどう導いていくか、という意見の対立であり、教皇選挙コンクラーヴェにも関わってくるような話なのです」

「そうですか。それはまぁ、なんといいますか。頑張ってください?」


 僕の適当な相槌にも、エスポジートさんは苦笑を崩さない。

 正直、心底どうでもいい。第二王国が神聖教圏である以上、僕らも冠婚葬祭を神聖教に委ねる点には異存がない。変に地球における我が家の宗教だの、僕の宗教観を持ち出すつもりもない。それは明確に、この世界における宗教的異端であり、異物であり、余計な火種でしかないのだから。

 そんなもので、グラの身を危険に晒すなど愚かの極みだ。また、それが正しいとも、微塵も思わない。

 しかしだとすれば、教圏が広まろうと、坊主のお説教が長くなろうと、本当にどうだっていい。幸い、神聖教には【聖地】などという厄介な概念はない。始まりがかつての大帝国なのだから当たり前だが、だとすれば十字軍のようなものに巻き込まれる心配も要らないだろう。

 他所で戦争をしてくれる分には、勝手にやってくれと言いたい。これは別に、僕がダンジョン側だからというわけでもなく、大方の神聖教徒とて同じ思いだろう。

 だから、徹頭徹尾このエスポジートさんの話は、僕らにとってどうでもいいものだった。そんな冷めた目に気付いたのだろうエスポジートさん、タチさんの呼ぶところの【太陽の騎士】さんは、苦笑のまま告げる。


「つまりですね。端的に述べるなら、此方にとって彼女たちは政敵の一派であり、その行為を【布教派】の失態として政争の具とする用意がある、という意味です」

「ほぅ。なるほど、ようやく論旨がわかってきました」


 つまり、【布教派】と【深教派】の派閥争いに、今回の一件が関わってくるという意味だ。それ自体は面倒臭い限りだが、僕らにとっては必ずしも悪い話ではない。教会内部で意見が割れるという事は、神聖教が一致団結して、僕らに敵対してくるわけではないという意味なのだから。

 つまるところ、教会による大規模な攻撃が、僕ら姉弟に集中する危険は、大幅に減じるというわけである。


「故に、この二人がそちらを攻撃した点に関しても、此方の名にかけて、教会にて詮議する事をお約束します。とはいえ、事の起こりがこの島である以上は、罪に問うまでは難しいという点だけ、あらかじめご了見くだされば幸いです」

「まぁ、それはたしかに」


 このゴルディスケイル島は、基本的に治外法権の島である。だからこそ、あの双子も気兼ねなく僕らの暗殺に動いたのだろうし、それで明確に罪にしろというのも無茶な話だ。それはまぁ、初めからわかっていたところではある。

 僕らとしては別に、有耶無耶にしてなかった事にされないのであれば、最低限それでいい。とはいえ、そんな弱腰では舐められるだけだ。今回の教会のやり方で、舐められては付け入られるだけだというのは、文字通り痛感した。

 さて、では落としどころをどうするか、だ……。



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