第50話 モンスターの生態観察
外見上は茶灰色の普通のネズミなのだが、四匹の生まれたばかりと思しき仔ネズミを舐める舌が異様に長い。あれが、舌ネズミというヤツだろう。
「考えてみれば、難しい話ではありません。胎生、卵生に関わらず、モンスターは魔石を有する生き物です。しかし、一匹のモンスターが生まれてくる仔に、魔石を分け与えているというのは無理があります。特に、ネズミ系の弱いモンスターは単体の保有エネルギー量は少ないというのに、生まれる仔は多く、また繁殖力も強い。とてもではありませんが、子供にエネルギーを分け与えているというのでは、賄いきれないでしょう」
「だから、誕生の瞬間に、周囲からエネルギーを吸収して、自らの体内に魔石を作る、って事?」
「そう考えるのが妥当でしょう。実際、それらしき観察結果があるのですから」
今回の結果は、たしかにその仮説を立てるに十分な判断材料といえる。
「だとすると、モンスターは誕生の瞬間だけ、周囲のエネルギーを吸収するという事になるのか。吸収量的には、どれくらい?」
「幼体単体あたり、一〇〇DP程度ですね。ネズミ系のモンスターをダンジョンで〆ると、魔石抜きで一匹当たり平均二〇〇DPくらいでした。四匹の子供に分与できる総量ではないでしょう」
「たしかに。しかし、生体にするとDP量が倍になるのか……。やっぱり、モンスター牧場計画は、十分に実現可能なんじゃ……」
「どうでしょうね。どうやら、幼体のモンスターは、成長過程でも周囲からDPを吸収するようですよ」
「え、マジで?」
誕生の瞬間だけでなく、成長中も周囲からDPを吸うのか。それは厄介だな……。最初にモンスター牧場を作ろうとしたダンジョンコアが、モンスター全般がDPを吸収すると勘違いしたのも、無理からぬ話だったわけだ。
「はい。一DPに満たない程の微量ではありますが、このままだと一匹当たり一日三DP程度は搾取されるかと」
それ、成長しきるまでに一〇〇分くらい齧られそうだな。もしそうなら、モンスターが増えれば増える程、DPを浪費する事になる。丸損だし、そうなったときにはもう、増えたモンスターが手に負えなくなっていそうだ。
うん。ここらで完全に、モンスター牧場計画は凍結した方が良さそうだ。あとから支出過多だとわかっても、あとの祭りだろう。ダンジョンの維持DPまで吸われちゃ、笑い話にもならない。
「とはいえ、それはそれとして下水道をダンジョンに取り込む分には、問題ないと思うんだけど、どうかな?」
「下水道内でも、モンスターは繁殖しているでしょう? DPを吸収されるのは、モンスター牧場と同様では?」
「セイブンさんが言ってただろう? あの下水道は、出口に柵がしてあるから、成体はあまり侵入しない。幼体からなら、成体になるまで一日三DPだと思えば、それ程負担じゃない」
「ふむ……」
「下水道内で繁殖する可能性もあるけど、下水道でモンスターを狩るのは結構な大人数だからね。これまで、根絶はできずとも十分に間引けていたのなら、むやみに繁殖はしないと思う」
「それでも、大規模に繁殖したら?」
「下水道をダンジョンに取り込めば、僕らはそれを把握できる。なんらかの事情でモンスターが増えても、それをギルドに報告して、冒険者を動員してもらえばいい」
「ああ、なるほど」
こっちとしては、手に負えないくらい繁殖してしまったモンスターなど、根絶してもらって一向に構わないのだ。どうせ放っておいたって、外部から入ってくるのだから。
問題は、どれくらいの期間で幼体モンスターのDP吸収が治まるのか、最終的にどれくらい吸われるのか、だな。もしかしたら、種類によっても吸収量は違うのかも知れない。一応一匹一匹観察してみる必要がありそうだ。
あ、粘体はどうしよう。まぁそれも、検証してみてからだな。
「課題はあるけど、下水道で得られるDPは魅力だろう?」
「それはそうですね。先の見通しが立たない現状ならなおの事ですし、今後も定期的に侵入者がいるとも限りません」
「今回の騒動が知れたら、もしウル・ロッドとやらを撃退しても、侵入してくる連中は激減するだろうしね……」
そう。これまでは僕が囮になる事で、僕に良からぬ思いを抱いた相手を誘き寄せて捕食してきた。そのせいで現在の面倒な事態が発生しているわけではあるが、この事態が収拾したのち、これまで通りに囮作戦が成功すると思うのは愚かな思考だ。
これまで侵入者があったのは、生還率〇人だったからだ。この場所の危険さを、誰も知らなかったから、迂闊に侵入してくるヤツがいたのだ。
「ウル・ロッドとやらを撃退したら、このダンジョンに侵入してくる人間は、減少するでしょうね」
「当然そうなるね。もしいるとしても、それは迂闊な少数だけだろう。そしてそうなると、広くなった分ダンジョンの維持DPは昔の比じゃない僕らは、急速に餓死に向かう事になる」
ウル・ロッドを退けられないという想定はしない。そのときはたぶん、僕もグラも死んでいるのだから。下水道を取り込めない場合もまた、僕らは死ぬ可能性が高い。
ジーガとやらから、思った以上に敵が大組織だと知らされた段階で、僕らのダンジョンのDP問題はかなり切迫してしまったのだ。
「下水道プランを却下する場合、それ以上の実現性とリスクが見合った代替案を提示しなければ、話になりません。そして、私にそのような都合のいい代替案はありません」
「仕方ないよ。相変わらず周囲を人間の集落に囲まれている現状では、取れる手段も限られている」
やっぱり、町中にあるというのがネックなのだ。モンスターを使えないというのも痛すぎる。
自暴自棄になって、リスクを無視した好き勝手に身を投じたくもなるが、そんな真似にグラを付き合わせられるわけがない。
「なので私は、このプランそのものには反対しません」
「うん。じゃあ、この方向で進めよう。問題は多々あるだろうけど、その都度確実に対処していこう」
「そうですね」
そんなわけで、リスクは承知のうえで、下水道プランに実現性を持たせていく事になった。
勿論、それはリスクを軽視するという事ではない。まだDPに余裕があるうちに、必要な実験を行い、問題があるのならそれを解消していかなければならない。その為の経過観察だ。
「よし。グラはダンジョンツールの検証を、僕は小規模なモンスター牧場を作って、モンスター繁殖の実験をしてみるよ。どれくらいDPが減るのかは、グラに確認してもらうしかないんだけど……」
役割分担にもなっていない役割分担を終え、ウル・ロッドとやらがくるまでの準備にとりかかった。
七〇〇人のならず者がこのダンジョンに押し寄せたのは、それから四日後の事だった。
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