第49話 グラの偉業

 仮称ダンジョンツール。

 その根幹が、自らに施す幻術であるというのは既に聞いている。聞くだけなら簡単そうに思えるが、そう単純な話ではない。複雑な情報処理を、本人に意識させずに当人の脳の中で処理させるというのは、半可通の僕にもわかる無理難題だ。

 正直、幻術を習えば習う程に、ダンジョンツールの実現性が薄れていくように思っていただけに、こんな早期に実現するとは思っていなかった。


「え? 本当に?」


 だから僕は、信じ切れずにそう問うた。中世レベルの技術力で月面着陸できるロケット作ってとお願いしたら、一ヶ月で「できました」と言われたような気分なのだ。ついつい疑ってしまうのも、無理はないだろう。


「本当です。とはいえ、まだ理論が完成しただけです。実際に試行してみて、上手くいくか、問題がないかを確認しながら荒を削り取っていかなければ、まだまだ完成とはいえません」

「いや、十分にすごいって……」


 ダンジョンツールの開発には、数年どころか、十年くらいかかってもおかしくないと、僕は漠然と考えていた。それをグラは、一ヶ月以内で、荒削りながらも形にしてみせたのだ。驚天動地とはいまの僕の心境をいうのだろう。


「なので、私が手掛けるダンジョンは、この仮称ダンジョンツールを用いて作ってみます。本当に、無意識で生命力の理を使えるのか、使う際に問題は生じないのか、問題が生じるならその改善策を検討する。それは、まだショーンには難しいでしょう」

「う……、面目ない……」

「責めてなどいませんよ。あなたは十分に頑張っています。現に、これ程の短期間で、あと少しで幻術を使えるレベルまで進んでいるのです。十分な成果と言えます。以前私は、あなたが【魔術】を使えるのは一年後だと言いましたが、どうやら過小評価が過ぎたようですね」


 まぁ、それは幻術の分野を専門的に学んでいるからだけどね。もっと多角的に、魔力の理を学んでいけば、理解の速度は遅くなっていたはずだ。いくら命が懸かっていたからって、僕ごときが一年もかかるカリキュラムを一ヶ月に短縮できる程に優秀だなんて、自惚れるつもりはない。


「いずれは、この仮称ダンジョンツールも、ショーンの独力で使えるようになるでしょう。ですが、その前にわたしが使い、その感覚を覚えていれば、幻術の理解にも、この術にも、おおいに役立ってくれる事でしょう」

「それはいいね。たしかに、生命力の理はグラのやり方を真似たら、すぐできるようになったんだった。まぁ、魔力の理が同じように使えるとは思わないけど、理解の助けにはなってくれるだろう」


 さて、そうなるとやっぱり名前だな。いつまでも、(仮)だの仮称だのと呼んでいられない。プロダクトネームをそのまま製品名にしてもいいのだが、ここはやはり、もうちょっと凝った名前を付けたいものだ。

 なにせ、グラが生み出したオリジナルの術式なのだ。

 無味乾燥な名前ではなく、もっとこう、彼女の偉業にふさわしい、オリジナリティある名前を術式に付けたい。

 僕の中二的な部分が、そこは譲れないと囁いているのだ。 


「ダンジョンツールでいいではないですか。新たに名前を付ける方が面倒でしょう」


 グラに、術式に正式な名前を付けようと提案したら、ため息でも吐きかねない調子で呆れられてしまった。いやしかし、ここは譲れない。

 名前というのは重要なのだ。アルバトロスやカトラスといえば格好いいイメージなのに、アホウドリというと途端に間抜けに聞こえてしまう。僕は、このグラの成果を、誰もが認める異名とともに世界に送り出したいのだ。


「天地創造術……」

「大仰すぎます。そこまでの事はできませんよ。それではむしろ、誇大妄想ととられかねません」

「たしかに……。そうだな……至心法ししんほうとかはどう?」

「そうですね。星の中心に至る術法、ですか」

「そういう事。シンプルでいいだろう?」

「少々気取った感はありますが、わかりやすいという点では問題ないでしょう。ダンジョンコアという種にとって、大きな一歩となる術法ですからね。たしかに、それらしい名前があった方がいいかも知れません」


 そんなわけで、仮称ダンジョンツールは至心法という正式名称が付く事になる。まぁ、それは完成後の話だし、なんなら正式名称を付けたあとも、プロダクトネームで呼びそうな感じはするけれど。


「あっ!?」


 そんな風に話していたら、唐突にグラが声を発した。


「どうしたの?」

「いま、ダンジョン内のDPが減少しました」

「え? もしかして、モンスターに吸収されたの?」

「はい。その原因にも、見当が付きました」


 淡々と述べるグラに、僕は感心する。今日のグラは、どこまで僕の中での評価をあげるつもりなのか。もうストップ高だと思うのだが、不思議な事に値は上がり続けている。


「すごいね。流石グラ」

「いえ、ショーンも侵入してきているネズミ系モンスターの様子を見れば、一目瞭然かと思いますよ」

「ふぅん。じゃあちょっと確認してみようか」


 モンスターも侵入者扱いなので、近付かなくても様子を確認する事は可能だ。視覚を飛ばして確認してみれば、たしかにそれは一目瞭然だった。


「仔ネズミが生まれてる……」



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