第51話 暴力の象徴

「ママ、準備が整いやした」

「そうかい……」


 ウル・ロッドの兵隊とアーベンの奴隷兵を合わせて、合計七〇〇人。これだけ大規模な動きは、スラムでもそうは起こらない。表の連中の耳目を集めて、面白い事なんてそうはない。領主や衛兵らの目を誤魔化す為に、それなりに根回しはしたが、完璧じゃない。スラムそのものを焼き払われるという可能性すらある。

 ならば、なぜ集めたのか?

 そうする必要があると思ったからだ。そもそもにして、七〇人の屈強な男衆に、剣の腕だけなら五級冒険者相当ともいわれていたジズを送って、全滅しているのだ。そうなればもう、こっちの全力をだす以外にないだろう。

 とはいえ、嫌な予感は一向に収まらない。いまからでも中止した方がいいと、心のどこかが騒いでいる。


「ウル、行く」

「ああ、そうだね。なんにしたって、ここでケツ捲るような様、配下に見せたらウル・ロッドはおしまいさ」

「オイラ、難しい話、わからない」

「まったく、少しはものを考えな。万が一アタイが死んで、一人になったらどうするつもりだい?」

「ウル、死なない。オイラ、守る」

「……そうだね。アタイもあんたを守るから、あんたもアタイを守っておくれな」


 そうだった。アタイらは、そうやってこれまで生きてきた。お互いにお互いを守り合い、心底信じきる。これからも、そうやって生きていく。


 ぞろぞろと、人気のないスラムを行列を成して歩く。人気がないのは、この人数を見て誰もが隠れているからだろう。無理もないだろう。実質的に、この町の裏社会の総力が、いまこの場に集結しているのだ。

 一般的な浮浪者やゴロツキは勿論、なまじな組織も、この集団に手をだす度胸はないだろう。この兵力が、たった一人の子供に向かっているのかと思うと、自分でもなにをやっているのかと呆れてしまう。

 これまでアタイらが築いてきたもんは、こんなくだらない事に費やす為だったのかと、自問自答してしまう。ままならないもんだよ、まったく。


「ママ、あすこです!」


 配下の一人が、多くのチンピラが屯している先を指さす。そこには、このスラムではなんの変哲もない廃墟があった。

 ただのうらびれた荒屋だ。

 だが、そんな平凡な廃墟も、訪れた者を際限なく呑み込む化け物屋敷だと思えば、不気味にも見えてくる。実際、手下連中にも怯えてるヤツはそれなりにいる。


「困ったもんだね……」

「ウル、どうした?」

「いやね、下っ端連中にビビってるヤツがいるってだけさ。ああいうのは萎縮してポカやらかしそうでね。頭が痛いのさ」

「わかった」


 そう言って、ロッドはのっしのっしと歩き始めた。


「ちょっと! どうすんのさ!?」


 問いかけると同時に、腰の引けていた男の胸ぐらを、ロッドが掴み上げる。集まっていた連中の注目を一身に浴びて、しかしロッドは動じない。

 昔から、心臓が鉄でできているような弟だったが、マフィアのボスについてからはより顕著になった。特に、こういう鉄火場ではそのクソ度胸が発揮される。


「オ、オヤジッ!? な、なんすか!?」

「お前、ここにいるガキと、どっちが怖え?」


 ロッドが持ち上げた配下を、真正面から見つめながら問う。二メートルを超える巨躯を、さらに筋肉でパンパンにしたロッドに、持ち上げられながら真正面から睨まれているのだ。ただの下っ端に、応答なんざできるはずがない。



「聞いてんだろうがッ!! 答えやがれッ!!」



 だが、沈黙すら許さないと、ロッドが怒鳴りつける。


「オ、オヤジ! オヤジです!! オヤジのがおっかねえです!!」

「そうか。だったら俺とガキ、どっちを敵に回してえか、言ってみろ」

「ガ、ガキです! ガキを敵にします!!」

「だったらビビんなッ!! てめえのせいで全体の士気に翳りがでんだろうがッ!! 次やったらぶっ殺すぞッ!!」

「へ、へいッ!!」


 どさりとその下っ端を捨て、ぐるりと周囲を見回す。思わず顔を伏せる者や、逆に熱を帯びた目でロッドを見返す者たちの視線が、ウル・ロッドファミリーの暴力の象徴に注がれる。

 ロッドはバカだが、無能ではない。頭は悪いが、要領は悪くないというべきか。

 考えるのはたしかに苦手だが、必要に応じて態度を変える事もできるし、いままさにカチコミをかけようといった場で最適の行動がなにかを、本能で知っているのだ。

 いつもの朴訥で、ちょっと可愛い弟は、いまここにはいない。ロッドが自らを『俺』というときには、彼は立派な親分の仮面を被る。

 その成果は著しい。浮き足立っていた下っ端連中を、ピシリと引き締めて見せた手腕は見事だし、幹部連中や荒事を好む連中は、戦意を漲らせている。


「これから、ここに住んでいるガキを一匹、引き摺り出す。やるこたぁそんだけだ。だが、侮んな。既に、凶剣のジズ含む手下が数十人ばかし、ここでおっ死んでいる。だが、恐れんな。てめえらが恐れるのは、俺の拳骨だけだ」

「「「おうッ!!」」」


 幾人かからの力強い応答。それに遅れる形で、下っ端連中がバラバラと声をあげる。我が弟の事ながら、アタイは今日まで、この子が演説の真似事なんてできるとは思っていなかったので、少々面食らった。

 こうして現場にでてこなければ、わからない事というのはあるものだ。


「そんじゃ、行くぞ!!」

「「「「「ゥオオオオオォオオオオォォオオオッ!!!!」」」」


 掛け声を発し、怒号のような応答のなか、ロッドが廃屋に向かって踏み出した。ゾロゾロと、そのあとに続こうとする手下たち。

 アタイはそんな連中を慌てて止める。最初は、冒険者崩れの連中を入れる予定だったのだ。


 やっぱり、親分の仮面を被っていても、ロッドがバカであるのは変わらない。



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