第52話 探索開始

 どう見てもただの廃墟である、ガキのヤサに踏み入る。

 所々欠けたボロボロの壁から日差しが差し込み、薄暗いが視界は十分に確保されている。多少埃っぽいものの、昔の自分たちを思えば、スラムでは珍しくもない寝床だろう。

 そして——土が剥き出しの床に、ぽっかりと地下に続く階段がのぞいている。

 あそこが、例の地下室への入り口だろう。


「マ、ママぁ、ちょ、ちょっと広くなってる。あ、あの階段……」


 前回ここを訪れた手下の生き残りが、ビクビクと怯えながら報告してきた。


「どうやら、歓迎の準備は万端のようだねぇ。それなら、ご馳走になろうかい」

「おうッ! 罠なぞなにするものぞ。俺ぁこれでも、ダンジョン探索経験のある、元六級だぜ!」


 せっかく上がった士気を下げないよう余裕を見せるアタイに、ガタイのいい男が追従する。

 冒険者は、六級まではこういうチンピラ紛いの連中も結構紛れている。五級にあがるなら、実績は勿論、商人からの信用やギルドの評価も大きく影響するが、それも実力次第という面はある。

 冒険者ギルドが評価するのは、その者の戦闘能力が第一だ。たとえ素行が悪くとも、四、三級、にしても問題ない戦闘能力があると判断されれば、六級以上に昇格する事もある。

 つまりこの男は、そこまでの実力は認められず、なんらかの事情でスラムに落ちた男という事だ。

 過信はしないと、アタイは心中でのみ呟き、口を開く。


「頼もしいね。なら早速、様変わりしたっていうこの階段を探索しておくれ。階段の半ば程に落とし穴があったって話だから、気を付けるんだよ」

「おうよッ!! 俺が全部罠を解いちまって、真っ先にガキを見付けたら、それなりの評価をたのんますぜ、ママ!!」

「ああ、もちろんさ。見事露払いを成し遂げたなら、将来的に幹部候補を考えるよ」

「よっしゃぁッ!! 行くぜオラァ!!」


 やたらハイテンションな男が、階段に入っていく。その他にも、今回のカチコミに際して呼び寄せた、冒険者崩れや元冒険者、ギルドに紛れ込ませている現役冒険者も、男の後を追って地下へと消えていく。

 嘘を言ったつもりはない。何十人と死んでいる場所で先頭を切る危険を考えれば、幹部候補くらいの地位は用意してもいいと、本気で思っている。だが同時に、最も危険な役割を率先して担うあの男が、今回の襲撃で最後まで生きているなどとは思えない。

 他の冒険者経験のある者らも、あの男を先頭にして鉱山のカナリアにするつもりなのだろう。だからこそ、連中は先を争うでもなく粛々と階段を調べているのだ。


「う、うあッ!?」


 すぐに驚きの声が、階段から響いた。


「どうしたんだい?」

「槍っすね。左右の壁から、槍が飛び出すようになっています」


 階段の入り口付近に控えていた小柄な男が、アタイの質問に答える。


「以前入った連中からは、落とし穴以外に罠はないって聞いていたんだけれどねえ」

「階段を広くしたって話っすし、全面的に改装したんじゃないっすか? そうとうな属性術の使い手がいるんだと思うっす。でなきゃ、こんな地下室なんて作れませんし」

「属性術、ねえ……」


 正直、魔力の理は種類も原理も複雑すぎて、なにがなにやらわかりゃしない。属性術は一番身近な魔力の理かも知れないけれど、だからといって属性術をどう使えば、たった数日でこんな地下室をこさえる事ができるのかは、まったくわからない。


「それで? 誰か怪我でもしたかい?」

「まさか。流石にこんな初歩的な罠で怪我をするようなバカは、いやしませんって。まぁ、先頭切ったアホは、ちょっと危なかったっすけど」

「やっぱり、あれはアホなのかい?」

「冒険者として見たら、下の下っすね。腕っ節はそこそこっすけど、探索に関しては初歩すら知らんのかってくらいっす。まぁ、カチコミかける分には、あれくらいアホでいいのかも知れないっすけど」


 なるほど。どうやらあれは、口で言う程ダンジョンの探索経験もないらしい。


「そう言うアンタは、探索経験が豊富なのかい?」

「俺っちっすか? まぁ、ボチボチっす。一応これでも、現役五級冒険者っすから」

「ほぉ、五級……。にしては、見ない顔だね?」


 五級といえば、社会的な信用がかなり高い冒険者になる。勿論ピンキリではあるのだが、六級などよりはるかに選別されたあとのピンキリだ。逆に言うと、そこまで選別されてなおキリのまま五級になれるというのは、性格や素行に難があろうと、実力があると評価されたという事になる。

 そこまでいくと、当然アタイらも名前くらいは耳にするものだ。だが、この糸目の男の事は、なにも知らない。

 訝しむアタイに、男はあっけらかんと答えた。


「はい。なにやら楽しそうな事になってるって聞き付けて、物見遊山で参加したっす。ぶっちゃけ、マフィアと子供一人の抗争って聞いた、面白半分っす!」


 そらまたぶっちゃけたもんだ。とはいえ、元々チンピラや浮浪者紛いのゴロツキだっているような烏合の衆だ。こんなヤツが紛れてたって、おかしくはない。

 これが、別の組織との抗争なら、信用のおける人間だけ集めるんだけれど、件の子供に味方はいない。いれば、ここまでアタイらが攻め込む前に、とっくに助けを求めているはずだ。

 万が一この自称五級冒険者が裏切り者でも、問題はない。怪しい動きをしたり、こちらを惑わせようとしたら、始末してしまえばいい。

 その為に、腕利きを一人、この男に付けておこう。


 やがて、階段の罠を回避し、下まで降り着いた連中が、吊天井の廊下へ侵入していく。ここの罠も変更されているかも知れない。細心の注意を払うように言い、あとは階段から離れて報告を待つ事にした。



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