第107話 とある執事の安息・2
「カベラからの依頼については?」
旦那の問いに、俺はようやく安心できる話題になったと胸を撫で下ろしつつ、言葉を返す。
「旦那が作ったマジックアイテムに関して、先方は大変お喜びのようです。同じようなものを、元軍人の貴族や、お肌に悩みを抱えた貴婦人に売り込んでも構わないかとの事ですが、どうします?」
「ふむ……。あんまり、あればかりを作らされるのも面倒なんだよなぁ……」
ホント、うちの旦那は商売っ気ってもんがなさすぎて困る。
お貴族様相手の商売、それも向こうが旦那の腕を見込んでの商売ともなれば、どれだけ毟れると思っているんだか。でもまぁ、こんなスタンスだっていうのにこの旦那は、なんだかんだであちこちから大金を稼いでくるんだよなぁ……。
「でもまぁ、あまり安売りしないっていう条件でなら受けてもいいよ。それなら、注文が殺到するって事もないでしょ。カベラの情報網には世話になってるし、こういうところからコツコツと借りを返していこう」
どうだかなぁ……。聞くだに、傷病で肌に問題を抱えたご婦人方にとって、旦那のマジックアイテムは垂涎の品だろう。元軍人に関しては、部位欠損などを誤魔化す為のものだろう。
領民に対して弱いところを見せれば、不安を与える事にもなる領主などは、大怪我を負った際には代替わりする事もある。だが、必ずしも代替わりがスムーズに行えるわけでもなければ、できない場合もあるだろう。そんな連中にとっても、旦那の技術は喉から手が出る程欲しいものになる。
勿論、教会の【神聖術】で完治させるという手もあるが、あれは金もかかれば、順番待ちを抜かす為にはコネも要る。【神聖術】の使い手は少なく、その順番は数年待ちどころか、十年以上先まで埋まっているとまことしやかに語られる程だ。
そんな連中に、第二の選択肢が現れれば、飛び付かざるを得ないだろう。
「旦那。たぶんこの話、カベラとしては、こちらの利が大きいと思っているでしょう。借りを返しているとは、見られないと思いますよ」
「え? そうなの? じゃあ、断っといて」
「いやいやいや! 受けましょうよ! それくらい、こっちが有利な話なんですから!」
カベラから特に見返りを求められたわけでもない、こんな美味しい話を逃す手はない。勿論カベラとて、仲介としてたんまり儲ける腹積りだろうが、だからといって旦那の取り分が減るわけでもない。
「まぁ、ジーガがそういうなら。でも、多くて月に一つくらいだよ? 最近は【鉄幻爪】の注文も増えてきて、結構手間なんだから」
「まぁ、旦那の【鉄幻爪】は、旅のお供としてはありがたいですからね」
持てる荷物に限りのある旅において、護身用の武器というものは限られる。だというのに、町の外というのは危険だらけだ。
そんな旅のお供に【鉄幻爪】は、指輪サイズでありながら、十分な性能を持っている。いざというときの備えとしては、非常に心強いだろう。
最近は、羽振りのいい冒険者や商人なんかが、装飾品としての【鉄幻爪】でなく、実用品としての【鉄幻爪】を求めて、旦那への注文が増えている。まぁ、グラ様への注文も、それはそれで増えているが……。
「次は?」
「そうですね……。ああ、そうだ。昨日なんですが、帝国の商人が旦那に会いたいとアポを取ってきました。二ヶ月先まで予約が埋まっていると断ったんですが、珍しくそれでもいいからと粘られまして……。どうします?」
飛び入りの商人に対して『二ヶ月先……』というのは、うちの常套句だ。それをいうと、どこも面会を断念する。
当然だろう。向こうも商売でやってきているというのに、二ヶ月という時間を、ただ旦那と会う為だけに空費はできまい。旦那も暇ではないし、すべて受け入れていてはキリがない。
だが、今回の商人はそれでも待つというのだ。その事に違和感を覚えて、この機に旦那に訊ねてみようと思ったわけだ。
「帝国の商人? 二ヶ月後までアルタンに滞在して、僕に会いたがっているのかい? ああ、タチさんの使いかな? うん、なら会おうかな」
結構な量の朝食を完食した旦那が、ナプキンで口元を拭きながら応えるが、その人物名に覚えがない俺は首を傾げる。
「タチさんとは、どなたです?」
「帝国の人で、ゴルディスケイル島で知り合ったんだ。ランブルック・タチさんっていうんだけど、知らない? ま、僕も知らなくて、レヴンに教えてもらったんだけどさ」
いや、帝国の影の巨人じゃねーか!! え? この人、ウワタンでなにやってきたの? っていうか、ゴルディスケイル島? 国外まで足を伸ばすとか聞いてなかったんだけど?
大公云々は、【暗がりの手】からの情報か? 政治マターに首を突っ込むのを嫌厭している旦那が、どうして大公の情報なんぞを持っているのかと思ったが、そういう事か!
「ええっと、旦那……?」
「うん? どうしたの?」
「第二王国に弓引いたり、帝国に内通したりするつもりは……」
おっかなびっくり訊ねる俺に、旦那はくだらないとばかりに手を振りつつ、席を立つ。
「ないない。そんな面倒な事に関わるつもりは――あ」
「『あ』ってなんですか!? 『あ』って!! 勘弁してくださいよ!? 反逆者として捕らえられたら、俺たち全員斬首ですぜ?」
「大丈夫大丈夫」
慌てて言い募る俺を宥めるように、苦笑しながら両手をひらひらと動かした。
「タチさんに協力して滅ぶのは、第二王国じゃなくて、ナベニポリスだから」
なにを言ってんだ、このガキは?
俺は一瞬、主従も忘れてついついそう思ってしまった。ザカリーもまた、わけがわからないとばかりに、驚愕と疑問が顔面で目まぐるしく点滅している。
「じゃ、報告は以上かな? だったら僕は
いや、問題は大ありだ。いくら他国とはいえ、ナベニポリスが滅ぶなどという情報は、どう扱っていいのかすらわからない程に、重要なものだ。いや、それもそうだろう。
こんなの、お貴族様でも国の中枢にいるような連中が、角突き合わせて話すような内容だ。一研究者の、一使用人が、朝食ついでに知らされるような内容ではない。
だがしかし、問題はあれど、伝え忘れはない。旦那の態度で、これ以上この件について話すつもりはないというのは伝わった。である以上、ここで拘泥しても仕方がない。
俺とザカリーは、揃って頭を下げる。それしかない。
忘れてはならない。この平穏は、嵐の前の静けさなのだ。いまの内から、嵐の規模がとんでもない、それこそ一つの国を滅ぼせる程なのだと知れたのは、むしろ暁光だったと思う他ない。
とりあえず、ベルトルッチ方面からの注文は後回しだな……。資金回収ができるかわからん。取り引きの量も減らそう。商人仲間にも、それとなくナベニ関連の商売を手控えるよう言っておくか。
俺たちがそんな覚悟を決めたところで、ドンドンとドアを叩く音が、屋敷に響いた。その音が、どうにも焦りを含んでいるように思えて、俺の脳裏に嫌な予感がよぎる。
ああ、どうやら嵐の到来らしい……。
——五章 終了——
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