第11話 ジスカルからのアドバイス

 ●○●


「それはそれは。ショーン様を相手にした教会側の交渉役には、少々同情してしまうようなお話ですね」

「いえいえ。神聖教のすべてを敵に回すつもりかと脅しをかけられて、僕の方こそ恐ろしかったですよ。いまでも震えが止まりません」

「はははは。それは可愛らしい」


 ジスカルさんは、ワニがカナヘビの真似をするなどちゃんちゃらおかしいとばかりに、白々しい笑顔で流してしまった。いやいや、神聖教は北大陸に広く膾炙されている、立派な大宗教だ。そんな連中に、よってたかって石を投げられるなど、考えただけでも恐ろしすぎる……。

 オーカー司祭が帰ったあとの午後は、ジスカルさんとの面会である。彼の護衛として、長身美女のライラさんと、初めて見る女性の三人での訪問だった。この人も護衛なのだろう。

 身長は僕とほとんど同じくらいだが、顔立ちが大人びていて子供っぽくはない。 小人族だろうが、目鼻立ちも幼いフォーンさんとは受ける印象がまるで違う。あれだ。指輪の物語にいる、ホビットの女性バージョンみたいな。


「シュマ」


 わずかに紺色の混じる腰まである黒髪に、ターコイズブルーの瞳の女性が、ジスカルさんから護衛だと紹介され、ポツリとそう名乗った。シュマさんはどうやら、かなり無口なたちのようだ。

 僕の方も、初見だったミルとクルを紹介するが、護衛や使用人たちの紹介はそこまでで、僕らは雑談を交わしていた。わざわざアルタンからウワタンまで来たのだから、それなりに用件はあるのだろうに、それを切り出す様子はない。


「アルタンもようやく人心地といったところですね。いやぁ、ウル・ロッドというのは、なかななかやり手のマフィアのようだ。まだまだ新興ですが、やがて成長を経れば、第二王国の裏社会を一手に取り仕切るような、巨大な組織成長するかも知れませんね」

「それは恐ろしい。まぁ、第二王国はずっと首の座りのよろしくない状態ですからね。そういった組織が成長する土壌があるといっても、過言ではないでしょう」

「なるほど、たしかに。私はこれまでずっとスティヴァーレ半島にいましたので、第二王国のその辺の事情には疎いのですよね」

「僕だって、一介の庶民ですからね。自信をもって口にできる話は、そう多くはありませんし、恐らく僕が知っているような噂話は、ジスカルさんの有する情報力には及びませんよ」


 軽く肩をすくめて嘆息する。実際問題、この人から第二王国の事情を聞けるなら、その機会は逃したくない。

 テレビも新聞も、勿論インターネットも存在しないこの世界で、情報の流通というものは酷く鈍化している。故にこそ、新しく正しい情報というものには価値があるのだが、僕らのおかれた環境というのは、そんな鈍化した情報の中に封じられている。

 逆に、カベラ商業ギルドという、巨大な商圏を有する商業ギルドに属しているこのジスカルさんの有する情報網は、最先端の情報を捕まえているだろう。まったくもって羨ましい。


「第二王国の事情ですか……? そうですねぇ……」


 チラリと流し目で僕の表情を盗み見るジスカルさん。柔和な表情で覆い隠したその目は、まるで獲物を狙う猛禽だ。勿体ぶっているのも、それに僕がどう反応するのか、つぶさに観察する為だろう。


「王宮は相変わらずのようです。王家は臣籍降下した係累から、なんとか次期ボゥルタン王を選びたいようですが、各選帝侯家からの感触は良くないようです。特に、新王国派の貴族たちには、ですね」


 新王国派、ね……。第二王国の政治派閥というものは、かなり複雑怪奇だ。それだけ、暗闘や陰謀が渦巻いているのだろう。絶対に、手を突っ込みたくない領域である。

 新王国派というのも、そういった政治派閥の一つだ。いってしまえば、これまでの聖ボゥルタン王国からの諸々を引き継がず、新たに国を興そうという思想の派閥だ。

 元来、国家の権威というものは、歴史に依存しがちである。あるいはそれが、君主の正当性にまでつながる場合も、往々にしてあり得る。そういった観点からは、新王国派の思想は、あまり受け入れやすい代物ではない。

 だが、近年この新王国派の勢力が、この第二王国では勢力を強めているという。それだけ、王と直系王族の不在と、二つの選帝侯が摂政を担う現状はアンバランスであり、それを改善しようと考える貴族が多いのだろう。

 無論、まだまだ旧王家派、ドゥーラ選帝侯派とヴェルヴェルデ選帝侯派には及ばないし、中立派という名の洞ヶ峠を決め込んでいる多くの貴族連中にも、影響力はともかく、数では劣っている。……というのが、僕でも知っている第二王国の政治闘争における、勢力図だ。


「しかし、私はこの辺りの事情を、ショーン様からお伺いしようと思っていたんですけれどね」

「僕にですか? 僕はそれ程情報通ではありませんよ? 基本的に、僕の情報源はギルドの老貴婦人ですから」


 あの人、貴族出身なうえにかなり情報通なんだよね。まぁ、彼女以外にも、ギルドにはそれなりに貴族出身者がいる。そういった知識層出身の人員は、ギルドでも重宝するので、あちこち引っ張りだこにされている。当然、僕と話す機会は少ないんだけど、そういった人たちから流れてくる噂を耳にする事もある。

 とはいえ、流石にカベラ商業ギルドのジスカルさんよりも詳しくはないだろう……。


「そうなのですか? たしか、数日前にヴェルヴェルデ選帝侯家の使者が、こちらに訪れているはずなのですが……」

「ヴェルヴェルデ選帝侯ですか?」


 ヴェルヴェルデ選帝侯といえば、たしか第二王国の北東という、ゲラッシ伯爵領とは真逆にあるような領邦の、大公なのか王家なのかよくわからない地位の人だったはずだ。そこら辺はいろいろと経緯があるのだが、そこはいま関係ないから、さっくり割愛。

 そんな元ヴェルヴェルデ王国の国主にして、現第二王国のヴェルヴェルデ大公領の領主にして、聖ボゥルタン王を選ぶ選挙権を有するヴェルヴェルデ選帝侯が、なんだって僕らに用があるというのだ。滅茶苦茶お偉いさんなんだけど――って!


「あっ!」


 然るお方からの……っていうアレか! どうやらあのアポイントメント、ヴェルヴェルデ選帝侯の使いの人だったようだ。うへぇ……。

 ただでさえ面倒臭い第二王国の権力闘争に、さらに輪をかけていろいろと面倒臭いヴェルヴェルデ選帝侯家なんてもんが関わってくるとか、この話ガチで厄介事にまで発展しかねない。本気で、使者にも会いたくないレベルだ……。

 でももう面会の予約はしちゃったし、そうでなくとも、いつまでも面会予約を先延ばしにすると、それはそれで結局軋轢となってしまう。


「どうやら心当たりがおありのようですね」

「ええ、まぁ……。然るお方からの使いが……」

「なるほど。名を明かしていない相手だから、面会予約を後ろに回したと。厄介な事になるかも知れませんね……」


 苦笑するジスカルさんに、僕は恐る恐る訊ねる。


「やっぱりそうですか?」

「はい。聞き齧りではありますが、ヴェルヴェルデ選帝侯家は少々面倒な立ち位置のお家ですから」

「ですよねぇ……」


 その成り立ちと現状から、正直なところ厄介なイメージしかない。第二王国の西と東で、関わる事なんてないと思ってたんだけどなぁ……。


「こういうときは、素直に貴族の方に頼る事をお勧めします。ショーン様でしたら、ゲラッシ伯爵様に助けを求めるのがいいでしょう」

「やっぱりそうですか」

「はい。いかに選帝侯であろうと、いかに元王家であろうと、領主様の頭越しに、ショーン様に命令する事はできません。いえ、身分としてはできるのですが、ショーン様は既に、ゲラッシ伯爵領にとっても重要な人物です」


 そうなのか? 外様の領主が、大領の選帝侯に楯突いてまで守る程の、VIPではないと思うんだが……。


「ピンときていないようなので、一つ例を出しましょう。ショーンさんが腕のいい鍛冶師だったとします。他領の貴族が、その腕を見込んで自領に連れて行こうとしました。これが問題にならないと思いますか?」

「ああ、なるほど。それはたしかに問題になりますね」


 鍛冶師は領地にとって、貴重な財産だ。移動には許可が必要になるのが普通で、腕がいい鍛冶師ともなれば、他領に出す事自体が稀だ。一人戻って来ないだけで、産業的に大ダメージを受けかねない。


「そこに、小領主も大領主もありません。どうしても欲しいなら領主間での話し合いが必要ですし、無理矢理奪うというのならそれはもう紛争です。ですから、ショーンさんも素直に、ご領主に頼られる事をお勧めします。下手に話を進めてからでは、余計な火種になりかねませんよ?」


 柔和に笑むジスカルさんのアドバイスに、ここは従うべきだろう。だが、面会予約は明日の事だ。領主がいるのは、いまはアルタンか? いや、ジスカルさんがアルタンの状況は一段落と言っていた点を踏まえると、既にサイタンに戻っていても不思議ではない。

 どちらにせよ、すぐに連絡を取り合って、このウワタンに呼び出す事なんて不可能だ。そうなれば必然、ゲラッシ一族の彼女を呼ぶしかない……。正直、腹芸とか下手そうなんだよなぁ、あの人……。



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