第24話 侵略対策会議
五号くんは放っておいても戻ってくるので、意識を下水道から研究室へと戻す。
「さてと、プロブレムだ……」
「そうですね。まさか、ダンジョンが我々の敵になるなどと……」
とはいえ、そこにはこちらに対する敵意や悪意があったわけではない。単に、生きる為に必要な行為に、僕らが支障となってしまったという話だった。だから向こうは、生きる為には交渉も妥協もできない。
こちらが取れる選択肢は、ダンジョンを放棄して逃げるか、真っ向から戦うか、だ。
「ねえグラ、ダンジョンがダンジョンを侵略する方法って、どういうものなのか、今度こそちゃんと教えてくれるよね?」
「……はい」
グラは気落ちしながらも、訥々とダンジョンの侵略方法を語った。
ダンジョンの侵略といっても、それは普通にダンジョンを掘削し、その空間を支配するときとそう変わらない。
向こうの空間をこちらの
ただし、当然ながら相手はそれに対抗し、こちらの生命力を排除しにかかる。既に己の空間として支配している状況ならば、侵略側の生命力を跳ねのけるのも容易いらしい。
なので、普通ダンジョンがダンジョンを侵略する際には、まずは相手のダンジョンにモンスターを送り込み、物理的に空間を占領する事から始めるようだ。モンスターは己の生命力から生み出されたものであり、その存在が空間の大部分を占める状況においては、相手側の支配力も弱まるらしい。
モンスターが占領した領域をDPで満たし、そこを支配下に置く。それを繰り返す事で、少しずつ相手側のダンジョンを削り取っていくらしい。
一通り聞いて、まず自明の事を僕は口にした。
「これ、僕らのダンジョン勝ち目ないでしょ?」
「…………」
言うまでもなく、僕らのダンジョンには、モンスターが存在しない。モンスターのような存在として、フレッシュゴーレムの三号、四号、五号はいるが、あれは【魔術】の一種であって、モンスターじゃない。
対して、あちらはギギさんを見ても明らかだ。なにせ、番号が一〇六号だったからな。ギギさんの他にも、同種のモンスターが一〇五体いるのか、あるいは倒されるたびに補充した、一〇六体目なのかはわからない。だが、つまり向こうのダンジョンには、それだけのポテンシャルがあるという事だ。
当然、ギギさんの他にもモンスターがいるだろう。
「仮に、実験体を一〇〇号くらい作って相手側を占領したら、そこはダンジョンにできる?」
「不可能です。実験体はあくまでも、魔力の理によって生み出された存在です。生命力で生み出されたモンスターと同列には扱えません」
どうやら根源が生命力か魔力かで、扱いは全然違うらしい。そこら辺の理屈がどうなっているのかも気になるが、いまはいい。
そんな事よりも、いまはこの絶望的な状況をきちんと認識しよう。
「こんなところでも、モンスターを作ってこなかった弊害か……」
「仕方がありません。我々には、人間側にここがダンジョンであるという事実を覚られるわけにはいかなかったという事情がありました……」
「ただ、向こうにそんな制約はない。これまでも、これからも、ね」
つまり、バンバンモンスターを生み出し、こちらに送り込んでくるというわけだ。勿論、これから僕らもモンスターを生み出すという選択をする事も可能だろう。ただそれには、どうしたって僕らのダンジョンが発見されるリスクを伴う。
「向こうはやりたい放題だってのに、こっちばかり行動に制約を負うって、なんか理不尽だよねえ……」
「向こうはむしろ、己の存在を人間どもに認知されたいのでしょう。そうして獲物を誘き寄せ、DPを確保する事こそが、本来の目的です」
「人間たちに、ここで生まれた小規模ダンジョンだと思い込ませ、功名心に逸った冒険者やゴロツキを、一気に取り込みたいという思惑なんだからねえ」
「ええ。向こうも向こうで、そうとうに追い詰められているのでしょう」
冒険者ギルドが確立しているダンジョンの攻略法は、ダンジョンにとっては実に厄介なものだ。実力に応じて、侵入してくる冒険者を制限しているせいで、余分に獲物を得られる機会が少ない。
小規模ダンジョンなど、人間の魔石供給源にされてしまう危険すらある始末だ。
「きっと宣戦布告してきたダンジョンコアも、そうやって追い込まれたクチだろう。だからこの町の住人の生命力を欲し、その存在を延伸させてきた」
「その開口部として、下水道を狙っていたところを、我々が横取りしてしまったわけですか。他の場所に開口部を開けば、いいとも思いますが……」
たしかに、それなら一見、波風立てずに事を収められるだろう。ただ、たぶんそれは不可能だ。
「無理でしょ。お互いに獲物である冒険者を奪い合う形になるし、ギギさんの言う通りなら、あちらさんは町の住人すべてをダンジョンに引きずり込んで、食べるつもりらしい。構造次第でそれを可能にするって話だったけど、だったら、そこに他のダンジョンがあるのは邪魔なはずだ」
「たしかに……」
言った通り、話し合いで解決できる段階ではないのだ。向こうさんはこの計画に、己の存亡をかけてしまっており、その計画はもうかなりのところまで進んでしまっている。いまさら中止なんてできないし、妥協もまた不可能だ。
よし、それじゃあ現状は確認できた。ここからは、これからどうするかだ。
「まず、相手がどこの誰なのかを確認しよう。このアルタンに触手を伸ばしてきた以上、そう遠くのダンジョンだとは思えない。だとしたら、相手が判明すればその規模もわかるかも知れない」
「そうですね。人間側から情報を得られるのは、我々の持つ数少ないアドバンテージです」
冒険者ギルド経由で、周辺のダンジョン事情を調べるのは、他のダンジョンにとっては想定外の事だろう。あるいは、向こうも人間から情報を得ているのかも知れないが、僕らの存在は人間側にも認知されていないので、どこからも情報は得られない。
「次に、対抗策の模索。これは一朝一夕で決められるものでもないけど、開戦までのタイムリミットもあるしね。今日明日中には、モンスターを使って対抗するのか否かくらいは、決めてしまおう」
「はい。眼前の危機を重視し、事後の危険を軽視するのか、あるいはその逆かを決めるのですね?」
「そういう事」
正直、差し迫った危険に際して、モンスターを解禁してしまいたいという思いがある。だが、それが今後際限なく人間を相手にしていく事と同義であると思うと、躊躇してしまう。
ニスティス大迷宮の事を知ったいま、その思いは強い。
「最後に、人間側に対する影響の確認。あの扉、たぶんすぐ見付かるよね?」
「そうでしょうね」
町にダンジョンができた。その際に人間たちがどう動くのか、この際きちんと観察しておこう。
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