第23話 宣戦布告
「五号くん! 君に決めた!」
グラが実験体五号くんという名の、フレッシュゴーレムを呼び出したのに合わせて指さす。四号くんはもう【
「五号はまだ実験目標を達成できていないのですが……、仕方ありませんね。メッセンジャーとして再調整しておきます」
「ああ、そうね。必要だよね、その辺の調整」
いまのままでは、単に相手の姿を真似られるだけのゴーレムでしかない。不意打ちに向くフィールドでもないし、それでは使者としても刺客としても役立たずだろう。いやまぁ、別に刺客として遣わすつもりはないんだけどさ。どうにも不穏な流れだしね……。
「一応、こちらの円盤に話しかけると、五号の頭部に埋め込まれた受信機から、音声が出力できるようになっています。ただし、向こうからの映像音声、その他の情報発信はできませんので、自分であちらを確認しながら使ってください」
「あい。っていうか、グラが交渉しないの? 相手もダンジョンなんだし、グラの方が適任なのでは?」
「私はあくまでも、ショーンの支配下にあります。私が勝手に、このダンジョンの方針を決定するのは越権行為です。ショーンが決めてください」
「いや、その辺は別に、グラの自由意思に任せていいんだけど……」
これはいわば、最初に冒険者ギルドを訪れた際に、グラが通訳となって僕の意思を伝えてくれた状況を、まるまるひっくり返したような状況だ。だからこそ、意思決定をグラに委ねようとしたのだが、あっさりと拒否されてしまった。
「であれば、私はショーンの自由意思に従いましょう。問題ありませんね?」
「え、あ、うん……。じゃあ別に、それでいいけど……。相手側との意思疎通に齟齬が生じていると思ったら、ちゃんと介入してきてよ?」
「はい」
まぁ、交渉の責任をグラにだけ負わせるのもどうかと思う。それに、グラが考えた末に決めたのなら、僕はその決定に文句はない。それと同じように、グラもまた僕の考えを尊重してくれているのだろう。
とはいえ、ダンジョンマスターというものの影響がどこまで及ぶのか未知数である以上、こういう場合にはグラを通したワンクッションが欲しいとも思ってしまうのだ。僕、グラの意思を蔑ろにしてないよね?
五号くんが虫リザードマンのところに到着する。調整の際に、五号くんの体付きを僕らと同じようなサイズに調整したので、ダンジョンから下水道まで問題なくたどり着けた。本来のサイズだったら、通風孔サイズの通路は通れなかっただろうね。
暗闇のなか、真っ黒に流れている汚水を挟んで、僕らの使者とどこかのダンジョンの使者が対面する。見れば、背後の壁にはいつの間にか、鉄扉が設置されていた。あの先が、相手のダンジョンなのだろう。
一方は虫リザードマン、もう一方は白い肉ののっぺらぼう(子供サイズ)。異形の間に漂う緊張感が、とぷとぷと下水の流れる暗闇を支配していた。
それじゃあまずは、あいさつでもして探りを入れようか。
『どうもこんにちは。本日は、我らがダンジョンに、どのようなご用件でしょうか?』
「我、ダンジョンコア様の、使いで参った。ギギ一〇六号」
片言の虫リザードマンさんこと、ギギ一〇六号さんはそう言って、背筋を丸めるようにしてお辞儀のような仕草をする。奇遇だね、こっちも五号くんで、番号付きだ。ただ、残念ながら五号くんには、お辞儀という仕草がインプットされていない。
礼をもって応対してくれたギギさんに対し、こちらは失礼を返さねばならない。五号くんを調整したグラが、礼儀プログラムをインストールしていなかった点に気付き、ちょっと悔しそうにしている。
今後は、マナー講習をできるくらいのプログラムが、実験体たちに組み込まれる事だろう。
『これは丁寧なご挨拶、痛み入ります。本日は、隣接したダンジョン同士のご挨拶に赴かれたという事でよろしかったでしょうか?』
「違う。我、ダンジョンコア様から、宣戦布告の大任、仰せつかった。謹聴、する、よろしく」
『ああ、やっぱりそうなんだね……』
予想が外れているのを切に願っていたのだが、残念ながらそうは問屋が卸さなかったらしい。まったく、もっと柔軟な商売をしてくれよ、問屋さん。
居住まいを正したギギさんは、体に巻き付けていた布から、一枚の羊皮紙を取り出すと、それまでの片言とは打って変わった流暢な言葉を紡ぎ始めた。
「貴球に対し、戦を宣す。我、
ああ……。もう完全に和解とか無理じゃん、これ……。
向こうはもう、これでもかってくらいに切羽詰まっている。このアルタンの町を併呑する為に、命を賭け代にして行動を起こしている最中なのだ。ここでもし、その目的を諦めれば、それはもう、相手方の死を意味する。こちらに非がない事も、自分の身勝手さも承知のうえで、なおも堂々と宣戦布告をしてきている。
交渉でなんとかできるような段階ではない。
でも、少し疑問もある。
『ギギ殿、少々込み入った事を聞くが、アルタンの町を併呑して、どうやって糧を得るつもりなんだい? ただ町にダンジョンを作ったって、ダンジョンに侵入する人間は増えないだろう?』
「ダンジョン、小さい間、地上生命、いっぱい。ダンジョンコア様、知ってる。でも、ダンジョンコア様、小さくない。いっぱい、地上生命、食える。町全体の地下、版図する。地上生命、引きずり込む」
『なるほど』
片言だから合っているかはわからなけど、最初は町の内部にできた小規模ダンジョンのフリをして、侵入者を誘い込む算段なのだろう。たしかに、人間は小規模ダンジョンを侮っている傾向はある。
ただしそれは、町の外にできたダンジョンに対してだ。町の内部、ないし近郊にできたダンジョンに対しては、人間側の警戒心は強い。その作戦が上手くいくかは、ニスティスと同じくらい、賭けになるだろうな。
『重ねて訊ねるが、地上生命をダンジョンに引きずり込む事なんてできるのかい? モンスターにやらせるにしても、受肉していないモンスターはダンジョン外に出せないだろう? ほかに方法があるのかい?』
「ダンジョンの、構造によっては、できる、ダンジョンコア様、言ってた。前例、ある」
グラを見れば、彼女は首を横に振った。どうやら、それは基礎知識にはない情報らしい。なるほどね。そっちのダンジョンコアにも、独自の情報源があるわけか。
『そうか。質問に答えてくれてありがとう。ギギ殿、使者の任ご苦労。いずれの結果に至ろうとも、お互いに至誠に悖る事のなきようにと、そちらのダンジョンコア殿に言伝を願いたい』
「承った。そちらこそ、使者の任、ご苦労」
そう言って、ギギさんは宣戦布告の羊皮紙を、再び布に巻いたあと、こちらに投げ渡してくる。
いやまぁ、間に下水道あるし、仕方ないとは思うけど、公文書のようなもんだろ。投げるなよ……。
ギギさんは深々と頭を下げると、背後の扉の奥へと消えていった。五号くんをこちらに戻しつつ、僕は考える。
さて、面倒な事になった……。
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