第22話 グラの失態

 〈6〉


「ふむ……。なるほど……――おや?」


 資料を読み込んでいたグラが、なにかに気付いたように声をあげた。

 場所はダンジョンの最下層、四階層の研究室だ。既に、石製の机と椅子からは解放され、ジーガが集めた木材と布、その他様々な素材を用いてグラがこしらえた、立派な机と椅子が存在する。

 特に椅子は、これまでの固い石の椅子とは比べ物にもならない、クッション付きのデスクチェアだ。材料は聞くなと言われているので、聞いていない。


「どうしたの?」


 そんなデスクチェアをくるりと回転させ、グラの方を見る。仕事をするときは、お互いに背中合わせになるよう、この研究室は机が配置されている。そうじゃないと、お互いの調べ物や研究が気になって、ついつい目移りしちゃうからね。


「どうやら侵入者のようですが、なにやらおかしいのです……」


 グラの顔には困惑が浮かび、その言葉には不穏な気配が漂っていた。


「おかしいってなにが?」

「明らかに、人間の気配ではありません」

「モンスターなんじゃない?」

「たしかにモンスターの気配に近いですが、もっと近いものがあります」

「というと?」


 勿体を付けるグラに焦れながら、僕は先を促した。グラはまるでそんな事はあり得ないとでも言わんばかりに、それを口にする。


「ダンジョン内のモンスターの気配、すなわち、生命力で形作られた幻の気配です……」

「……はぁ!?」


 それはつまり、あれか? 勝手にモンスターが生まれたという事なのか? いや、それはない。生命力の理なのだから、その源はなにかしらの生命に依存する。理を無視して、勝手に生み出されるなどという事はあり得ない。

 僕らではないとすれば、それはほかの生物の生命力から生み出されたと考えるのが妥当だ。では、その生物とは?

 人間? あり得ない。ダンジョンがダンジョン内でモンスターを生み出せるのは、そこが自らの霊体の内部だからだ。

 それはつまり、魂魄→肉体→霊体という構造の生き物でなければ、使えない理であるといえる。人間のように、魂魄→霊体→肉体の順では不可能だ。


 だったら、その侵入者の根源はなにか……――


「……他のダンジョンの生命力、って事?」

「……その可能性が高いかと……」


 おいおいマジかよ。他のダンジョンからの使者って事?

 僕はもう慣れっこになっていた、離れた場所の状況を視覚的に捉える、透視の能力を使う。よくよく考えてみれば、僕が依代に移ってからダンジョンの機能をきちんと使えるのかは、まだまだ検証途中だった為、この行為は少々迂闊だった。

 とはいえ、遠隔視は問題なく使えたので、良しとしよう。


「なんというか、虫? トカゲ? 人?」


 薄暗い下水道に立っていたのは、全体的に赤黒い体の異形だった。頭はアリとカマキリの相の子みたいなもので、大きな顎が特徴だ。体の方は赤の角鱗状の皮膚であり、腹部分は白い。二足で直立しておりシルエットは人に近いが、背には皮膜の翼がある。

 イメージとしては、頭が虫のリザードマンだろう。


「地上生命ではありませんね。モンスターであるのは間違いなく、そしてやはり気配が虚ろです。なにもせず佇んでいる点も、モンスターらしくありません」

「間違いなく、こちらに対するメッセンジャーだろうね。ねぇ、ダンジョン同士って、こうやって交流する事ってあるの?」

「基礎知識にはそのような情報はありません。ですが……」

「ですが?」


 言い淀むグラの言葉尻を捉えて先を促すと、渋々といった態でその先を口にした。


「……侵略の際に、宣戦布告の使者を立てる場合、同じようにモンスターを活用した例が、あったと記録されています……」

「侵略? 宣戦布告? ダンジョン同士でそんな事すんの!?」


 寝耳に水な情報に、思わず声が裏返った。グラから聞いていたダンジョンの知識からは、もっと個人主義的な連中だと思っていた。まさしく、『ウチはウチ、他所は他所』といった主義の種族だと思っていたのだ。


「ダンジョンにとってのエネルギー源は、他生物の生命力です。そして基本的には、我々に敵対的で、放っておいても内部に侵入してくる地上生命である人類が、ダンジョンの主食とされています」


 そうだね。普通の地上生命、つまりは野生動物なんかは、わざわざ危険であるダンジョンに飛び込んではこない。ある程度以上の知能がないと、ダンジョンに敵対せず、ダンジョン側としても獲物が得られない状況に陥るのだ。


「ですが、より多くの生命力を内包し、かつ地中という我々のフィールドに存在する存在がありますよね?」

「まさか……?」

「ええ、同族です。それ以外にも、地中でのみ生存ができる地中生命も存在しますが、そういった諸々の生き物は、ダンジョンの存在の大きさを理解し、他の地上生命と同じような行動をとります」

「つまり、ダンジョンにとって、他のダンジョンもまた、貴重なエネルギー源って事?」


 それは、予め教えておいて欲しかった……。いくらなんでも、これはうっかりでは済まされない。僕がダンジョンを構築する際に想定されている敵は、完全に人間に限定されているのだ。ここに、想定外の外敵を迎え撃てる防衛機構は、備わっていない。


「……ダンジョンがダンジョンを侵略するのは、頻繁に起こる事態ではありません。我々ダンジョンは、あくまでも深く深くその規模を伸長させていくのがセオリーであり、地表付近で隣接する可能性を危惧する必要は低かったのです。もしもダンジョンがダンジョンを侵略する状況が発生するのならば、それはより惑星の深部にダンジョンが伸び、ダンジョンが共生できる空間が足りなくなった場合だと想定していました……」


 なるほど。惑星の中心部に伸びれば伸びる程、ダンジョンが利用できる空間は狭くなっていく。多くのダンジョンが地中深く伸びれば、やがてその領域を奪い合う未来は予想できる。

 だが、グラのあの口調が――……どうにも、言い訳臭い……。


 まぁいい。いまは目の前の問題である、虫リザードマンに対処しよう。



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