第21話 命の使い道
夕食後、僕は地下に戻り、集めた資料に関して話し合う。ダンジョンとして、人類に対抗する手段を講じる必要があるのだ。
「やはり、どこまでも厄介な存在です。地上生命というものは……」
忌々し気に呟くグラの言葉に、僕も同意である。
小規模ダンジョンは、見付かればほぼ終わり。中規模ダンジョンは、中級冒険者でリソースを削り、弱ったところに上級冒険者が投入される。大規模ダンジョンに対しては兵糧攻めだ。
攻略を諦める代わりに、侵入する人間の数を絞って、それ以上ダンジョンが大きくなるのを防ぐ。たまに二級冒険者のパーティが討伐を試みて侵入するのだろうが、彼らが削るDPと彼らから得られるDPの、どちらが多いのかはわからない。ただ、時折二級冒険者から一級冒険者になる者が現れる事から、ある程度は察せるだろう。
少なくとも、惑星のコアを目指せる程のDPを得られるという事はないとみていい。
つまり、人類のダンジョンに対する行動は、その抑制という目的においては、凡そ成功しているのである。
「やはり、現段階で我々の存在を認知されるわけにはいきませんね。というよりも、情報を得たいま、たとえ大規模ダンジョンになろうとも、あまり知られたくはありません……」
「そうだね」
グラの苦々しい声音が、その対抗手段の有効性を物語っていた。さらに、この世界には魔力の理や生命力の理というものがある。そうやってダンジョンの勢力伸長を抑制している間に、どこかで技術のブレイクスルーが起これば、ダンジョンと人類の趨勢は決してしまいかねない。
勿論、ダンジョンだって研究は続けているが、ダンジョンコアというものは、根本的には個人で完結している。
対して、人類には社会性というものがあり、一つの目的を長期スパン、多種多様な人材で研究し続けられるのだ。一人二人、一〇〇人一〇〇〇人食らったところで、ある程度大きなコミュニティで進められているであろう研究が、ストップするという事はない。
ダンジョンは違う。一人でやっていた研究は、そのダンジョンコアが敗れた段階で水泡と帰す。基礎知識という共通認識になるのは、一定以上有用な成果のみなのだ。
そして、これこそが致命的なのだが、人類はダンジョンの討滅を目的にしているが、ダンジョンは人類を根絶させられないという、基本スタンスの違いだ。
ダンジョンの目的はあくまでも惑星のコアへの到達であり、その為のエネルギー源が人類をメインとした地上生命なのであって、彼らを殺す事そのものは目的でもなんでもない。というよりも、人類の絶滅という事態は、コアへの到達を挫きかねない大事だ。いや、それどころか、もしも人類が絶滅すれば、すべてのダンジョンが食糧危機に陥るだろう。
対して、人類はダンジョンを絶滅させる為に、ダンジョンの攻略を試みている。ダンジョンという生物は、人類にとっては必ずしも必要ではない。
勿論、それが人類の第一目標という事でもないだろうし、副次的に得られる魔石とて、人類社会には必要不可欠となりつつある代物だ。だが、彼らがダンジョンを攻略する目的は、基本的にはダンジョンの主――すなわちダンジョンコアの討伐であり、根絶である。
「……なんというか、理不尽に不利な立場だよね……」
「ええ。我々が人間を駆逐するのは自滅を意味するというのに、人間はお構いなく我々を絶滅させにきています」
「まぁでも、ダンジョンの生態的にも、人類を絶滅させるなんて不可能なんだよね」
「それは、まぁ……、たしかに……」
ダンジョンの奥深くにこもって、侵入してきた人間だけを食い殺すというやり方で、人類をすべて倒せるはずがない。そもそもにして、僕らと人類は、同じ土俵に立てるような生き物ではないのだ。
結局のところ、ダンジョンという生き物の生態そのものが、人類社会に寄生するのを前提にしているところがある。いわば、ネズミとかゴキブリみたいなものだ。グラが気分を害すから言わんけど……。
「しかし、このニスティス大迷宮の話は、ある意味では一地域から人間を駆逐した結果といえませんか? 私としても、我々と似たような立場からこれだけの成長を遂げたダンジョンとして、誇らしく、尊敬に値します。どうでしょう、我々もニスティスの真似をしてみるというのは?」
「無理」
グラの提案をキッパリと否定する。いつものクールな表情に、わずかに憧憬と野心を滲ませていたグラの美貌に、子供がおもちゃを取り上げられて拗ねたような色が浮かぶ。
少々心苦しいが、でもなぁ……。
「ニスティスのやり方は、一〇〇回中九九回失敗する方法だ。たまたまニスティスが上手くいっただけで、そこには攻めてきた人間をすべて返り討ちにするという実力も然る事ながら、都市内部にダンジョンが現れたせいで浮足立った、人間側の不手際という幸運が大きかった。実際、ニスティス大迷宮の誕生以降、コミュニティ内部にダンジョンが生まれたというケースはそれなりにあったようだが、そのすべてが討伐、ないしはダンジョンコア側が自壊しているそうだ」
「なるほど……。私も、周辺環境を観測した結果、自壊を選択しようとしました。その選択は、理解できます」
「自壊っていうか、自爆だけどね……」
たしかにニスティス大迷宮のやり方は、ダンジョンにとっては一騎当千の猛将のような偉業に見え、同じようにしたいと思うのかも知れない。だが、それではダメだ。それでは不確かだ。
なにせ、そんなニスティス大迷宮すら、いまだにコアには到達できず、人間からは兵糧攻めを受けている最中なのだ。
グラとて、さっきは大規模ダンジョンになろうと、人間側に周知されるような事は避けたいと言っていた程なのだ。いまはまぁ、英雄の所業に感化されているが、いつもの冷静な彼女に戻れば、ニスティスのやり方がどれだけ綱渡りだったのか、わからないはずはない。
ニスティスのやり方を、グラに取らせるわけにはいかない。それは、先の見えないどん詰まりに、彼女を追い込む所業だ。
僕は絶対、グラを惑星のコアまで到達させ、彼女を神にする。その為に、今生の命を使い切ると決めている。
よし、それじゃあ不利な状況から、ダンジョン側の勝機を見付けようか。
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