第20話 人助けはヒーローの仕事
「ダンジョンの浅層に突っ込まれて、そこに出没するモンスターの駆除を担わされる奴隷だ。だが、完全に使い捨てにされ、まともな食事も与えられず、ひたすらにモンスターを狩り続ける、過酷な仕事を与えられる」
「でも、ダンジョンで死ぬと、ダンジョンが成長しちゃうんじゃない? ケブ・ダゴベルダの【ダンジョン学】には、ダンジョンは人の命を糧に成長するって書いてあったよ?」
人間とダンジョンとの生存競争は、かなり長い年月続いている。一〇〇年二〇〇年といったスパンだろう。下手すれば、有史以前から続いているのかも知れない。その辺は、資料がないのでなんとも言えないが……。
そんな状況にあって、わざわざダンジョンに餌を与えるような行為が、社会的に容認され得るものだろうか。……いや、許されるか否かは別にして、やるヤツはいるかもなぁ……。パンデミックが起きても、好き勝手な行動するヤツってのは、いなくならなかったからなぁ……。
「大抵は、小規模ダンジョンに突っ込むのさ。そこで、魔石を回収しつつ、適度にダンジョンの主を成長させ、中規模目前で騎士団だのどこそこ家の精鋭だのに討伐させて、箔をつけるって寸法だ。討伐するときは、小規模ダンジョンじゃなく中規模ダンジョンって事にしてな。まぁ失敗して、本当に中規模ダンジョンを生み出しちまう場合も、ままあるんだがよ」
もしもそんな事態になれば、首謀者はれっきとした罪人として裁かれる事になる。ただしそれは、意図的に中規模ダンジョンを生み出した罪であって、小規模ダンジョンに多くの人間を投入した罪、ではないのがミソだ。
つまり、小規模ダンジョンにダンジョン奴隷を送り込み、一定の規模まで成長させ、最終的に刈り取るという手法そのものは、違法ではない。失敗して中規模ダンジョンに成長し、首謀者個人の手に負えなくなった場合にのみ違法になるというわけだ。
「なんというか、アバウト過ぎないかな……。そんなんじゃ、失敗して国中に中規模ダンジョンが乱立しかねないような……」
「流石にそこまでバカばかりじゃねえよ。この手法、冒険者ギルドは完全否定しているし、大抵の国も否定的な中立って見解らしい。でもなぁ、領地経営に行き詰った小領主なんかが小規模ダンジョンを見付けちまうと、起死回生を目論んで、このやり方に手を付けちまう場合が、それなりにあるらしい」
「法で規制しちゃえばいいのに」
「それができねえんだろ。これを規制するって事は、困窮した小領主はそのまま潰れろってのと同義だし、戦がねえ時期の騎士だの将だのにとっちゃ、中規模ダンジョンの主討伐ってのは、
「ふぅむ。なるほど……」
とはいえ、それだけならやはり、デメリットの大きさを鑑みて、禁止するべきなんじゃないか?
「ま、それを差し引いても、国家にも利益があるからなぁ」
「へぇ、それは?」
「過程で得られる魔石さ。小領主たちを困窮から救う魔石は、大局的には国家を潤す魔石なのさ。残念ながら、誰もが悪手だとわかっていても、大きな見返りが見込める手段があってなお、それを我慢できるヤツぁ多くない。それが追い詰められているヤツならなおさらだし、自らの責任が及ばず、被害を被る恐れもないヤツにとっては、ま、言うまでもないわな」
「ひょっひょっひょ。たしかに、それ以上は不敬じゃわい」
要は、国の上層部は否定的な立場ではあるが、それによって得られる利益がある為に、黙認しているという話のなのだろう。もし仮に、中規模ダンジョンが誕生したとしても、その責任を負うのは当事者の小領主であり、最大限波及してもその派閥の長まで。
国家としては、濡れ手に粟だ。ジーガが最後に言及しかけたのは、つまりはそんな国の首脳陣の思惑に対する、不快感の表れか。金に目がくらんで、民の危険を軽視している、と。
「上手く引き上げどきを見極める事ができれば、富も、栄誉も得られ、失うのは奴隷の命だけ。しかもその命とて、魔石に変換されて返ってきている。一見すると、ローリスクハイリターンに見えるのも毒だ。そんなわけはないと頭ではわかっていても、目の前にある状況は割のいい賭けに見える。追い詰められた者が、ついつい手を出すにゃあ、丁度いいやり方ってわけなのさ」
ギャンブルと同じ、というよりもまんまギャンブルだ。人の命を掛け金にしたギャンブル。そして胴元は国。必ず儲かる方法というわけだ。
なるほど、ダンジョン側のスタンスである僕としても、不快感が強い。
「でもさぁ、やっぱりリスクが大きすぎない? 中規模ダンジョンって、攻略する為には時間もお金もかかるんだよ? 最低一パーティは上級冒険者が必要だし、中級冒険者だって何十、下手すりゃ一〇〇人一〇〇〇人必要になる」
つつがなく中規模ダンジョンを攻略できるなら、この話はたしかにメリットしかない。だがしかし、冒険者ギルドでダンジョンに関する資料に触れる機会が多いからわかるが、中規模ダンジョンの攻略とて、一筋縄でいくような話ではないのだ。
莫大な費用と期間をかけてなお、計画が頓挫する事はままある。このアルタンの町とシタタンの町の間にある、バスガルという中規模ダンジョンも、何度も討伐計画が実行されたが、いまだ健在である事からも、結果はお察しだ。
大規模ダンジョンがほとんど攻略を諦められている現状、中規模ダンジョンは人間が組織的に攻略できる最大のダンジョンであるといえる。そんなものが生まれるデメリットは、過程にどれだけのメリットがあろうと、手を出すべきではないだろう。
「ま、中規模ダンジョンっていってもできたてだからな。お偉いさんも、沽券にかけて討伐にかかるし、冒険者ギルドとしてもいま以上に中規模ダンジョンが増えると、冒険者のリソースが足りなくなる。金に糸目を付けず、二、三ヶ月もかければ、たいていは討伐できる」
「できなければ?」
「そりゃもう」
ジーガは両手を開きつつ肩をすくめ、首を振る。つまり、手が付けられなくなった、他の中規模ダンジョンと同じという事らしい。
どうやら、この方法で生まれた中規模ダンジョンは、早い段階で討伐にかかれば、人間社会にとってはリスクは小さいと思われているらしい。だからこそ、国も本腰を入れて取り締まったりはしないし、同じやり方に手を染める輩も後を絶たないという事か。
もし討伐できなければ、他の中規模ダンジョンと同じように、かなり長期の討伐計画が組まれるものになる。だが、そうならない場合は、メリットだけが残るわけか……。
ふぅむ……。人間ってやつは、つくづく利益に弱い生き物だからなぁ……。でもその利益である魔石の為に、そこまでのリスクを抱え込むか? 魔石が欲しければ、下水道や野原でも集められる。特定の場所でしか産出しないわけでもないものに、そこまでの価値が生まれる者なのだろうか。いくら石炭や石油のような、燃料だったとしてもだ。
「なるほど。参考になったよ。で、そんなダンジョン奴隷にしたくないから、ジーガは奴隷の何人かを、ウチで雇いたいんだね?」
「あ、ああ、まぁな……。ダンジョン奴隷だけじゃなく、鉱山奴隷になるのも可哀想だろ。教育はきちんとするし、もしあんたの不利益になるようなら、俺が始末をつけると約束する。だからどうだ?」
「別にいいよ。いまの話は、僕の仕事の参考にもなったし、そのお駄賃代わりに何人か雇ってもいい。きちんと世話をして、責任まで取るというのなら、僕に文句はないさ」
僕としては、別に奴隷がどうなろうと興味はない。だから、ジーガが助けたいというのなら助ければいいと思う。市場にダブついているというのなら、安いだろうしね。
うん。問題はない。
「それでよ、明日は奴隷を買いに行きてえんだけどよ、主人が各店舗を回る必要が……」
「え、やだ」
研究をおざなりにしてまで、人助けに興じるつもりはない。こっちはこっちで、命がけの案件が山積みなのだ。
「そこをなんとか! 頼むよ、ご主人様?」
「はぁ……」
仕方ない。ここまでジーガに頼まれては、否とは答えにくい。部下の信頼を勝ち取る為に必要な行動だと、自分を納得させよう。
人助けなんて、化け物の仕事じゃないってのに……。
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