第19話 アルタンの町の奴隷事情

 夕方になって、僕はダンジョンに戻ってきた。グラに帰宅を告げ、集めてきた資料を手渡してから、屋敷に戻る。

 こちらの体になってから、僕はきちんと三食食べるようにしている。表向きは、栄養不足で体調不良を起こしたせいで、グラが心配性になっているからだと伝えている。まぁ、当の本人はちょくちょく夕食をすっぽかすので、説得力はない説明だ。だからといって、彼女に夕食を食べろと言える者は、我が家にはいないのだが。

 僕もまた、別に美味しくも感じない体で、必要もない食事を、苦手な人間と摂れとは言いづらい。

 そんなわけで、ジーガとキュプタス爺に本日の報告を受けつつ、食事を摂った。報告ついでに、ジーガから一つの提案をされた。


「雑役を任せられる人間を雇わねえか? 俺が任されている仕事ではあるが、資産運用も任されてる身としちゃ、そっちをおざなりにするわけにゃあいかねえ。だってのに、いいかげん扱う金がデカくなってきて、家の事まで手が回らねえんだわ」


 との事。とはいえ、知らない人間を屋敷に入れるのには抵抗がある。ジーガに関しては、セイブンさんがその人物の信頼性の担保となってくれたし、キュプタス爺はそんなジーガの紹介だから雇った。

 すなわちそれは、キュプタスがなにかをやらかせば、ジーガの信用に傷が付き、ジーガがなにかをやらかせば、セイブンさんの信用に傷が付くという、いわば人質を取っているようなもの。唯一キュプタスだけがフリーに思えるが、膝下を失くし、老いた彼にとって、この屋敷という働き口を失うというのは、野垂れ死にの運命に直結する愚行だ。

 この環境が、僕らの秘密を守るうえでは最適だった。だから変えたくはない。変えたくはないのだが……、確かに無駄に広いこの屋敷を、仕事をしつつ一人で管理するというのは、大変だろう。


「……たしかになぁ……。むしろ、よくこれまでなんとかなってたよねえ……」

「良くも悪くも、ショーンさんが地下から出てこなかった分、こっちも自由にできたからな」

「お、それなら僕が引きこもってれば、これ以上人を入れなくていいって事? 僕としては構わないけど?」


 本業はウチの家令なのだから、だったらむしろ資産運用の方をやめろというのは道理だが、当人の資質も、やる気も、ついでに主人である僕らのメリットという点でも、ジーガには家宰バトラーとしてより、文字通りの意味での執事スチュワードでいてくれた方がありがたい。

 なので僕の言葉は、半分は冗談だ。もう半分は、できる事なら僕としても引き籠っていたいという希望だ。


「むむぅ……。まぁ、たしかに俺の役目って言われりゃあ、そうなんだよなぁ……。俺としても、拾ってくれた恩があるし、雇い主の意向が最優先だ。その代わり、資産の方はあまり増えなくても我慢してくれよ?」

「待って待って。冗談だから。変なところで真面目なんだもんなぁ、ジーガは」

「ひょひょひょ。まぁまぁ、ジーガの立場で雇い主であるお前さんの意向をハッキリと告げられれば、それを無下になどできようはずもあるまいて」

「そういうもん?」

「そういうもんじゃ」


 同じ食卓に着いていたキュプタスに窘められて、僕も考えを改める。たしかに、こうしてフランクに接する間柄ではあるが、僕と彼らとの間にはれっきとした主従関係が存在している。今回のように、冗談のつもりで発した言葉が、取り返しのつかない事態を引き起こしかねないのだと察し、背筋に悪寒が走った。


「問題は、雇う人材の信用を、どう担保するのかって話なんだよ。僕らの研究を嗅ぎまわられたり、地下に足を踏み入れようとしたりされると厄介だ。そういう輩には、死んでもらわないといけなくなる。ウチの師匠から受け継いだ秘伝とか、いま僕が手掛けている研究とか、他人に知られると良くないものが、ここの地下にはごまんとあるからね」

「とはいえ、地下に入って生きて帰れるとも思えねえ。変に探りを入れてこようとするなら、そんときは解雇しちまえばいいだろ。俺たちだって、あの扉の奥には足を踏み入れてねえんだし、入ったらそっちで処理してくれればいい。主人に仇成す賊輩だったら、俺たちにとっても敵だ。その辺は、ちゃんと見定めて雇うつもりだ」

「ま、職場環境を悪化させるような要因を、自ら招き入れたりはせんじゃろう。ジーガにとってもワシにとっても、ここは居心地が良いからのう……」

「なるほど。まぁ、だったらいいかなぁ」


 ぶっちゃけ、そう頻繁に屋敷にあがってくるわけでもない。これまでは、週に一、二度といったところだった。いまは食事があるから、一日二回は屋敷に顔を出すが、そのうち一回の、朝は朝食と昼食を下に持ってく為で、ほとんど交流らしい交流もない。

 だったら別にいいか、と方針転換した。結局のところ、僕らの領域というのは、ここの地下であり、地上部分は便宜上もらい受けたに過ぎない。というか、所有権とかどうなってるんだろ。その辺知らないや。


「じゃあ、ジーガに任せるよ。あてはあるの?」

「一応な。アーベンの奴隷商がぶっ潰れた影響で、そこで売っていた奴隷がいま、市場にかなりダブついてんだ。このままじゃ、鉱山やダンジョンに送られちまいかねねえ」


 ああ、そういえばそんなヤツもいたなぁ……。奴隷商で、人攫いの元締めだったんだっけ? よく知らないけど。ジーガの話を聞く限り、どうやらそのアーベンという奴隷商は、結構大規模に商いをしている奴隷商だったようだ。

 そんなアーベンが消えた事で、彼が管理していた奴隷たちが、他の奴隷商に流れた。しかし、どこも奴隷を養えるキャパシティには限界がある。ウル・ロッドはかなりの人数の奴隷を解放し、さらに町の奴隷商が養い切れない奴隷を抱え込んだが、それはつまり、この町における奴隷の数は摺り切りいっぱいの状態だという事だ。

 だから、この町の奴隷市場はいま、買い手市場となってしまっているのだという。


「ウル・ロッドも、いまでこそあがり調子ではあるが、少し前は落ち目だとさえ言われてたんだ。無駄に奴隷を買い取れる余裕はねえ。しかしな、だからって鉱山奴隷やダンジョン奴隷にされるのは不憫だ」

「ダンジョン奴隷ってなに? あまり耳馴染みがないんだけど?」


 たぶんジーガは、その奴隷を助けたいのだろう。僕としては、あまり関心はないのだが、僕らに関係してきそうなダンジョン奴隷というものについては、聞いておきたい。



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