第141話 台風一過・3
「ところで、ポーラ様はここで油を売っていてもいいんですか?」
言外に「早く帰れば?」という意味で聞いたのだが、ソファに寝そべったままの彼女は不敵に笑むと、堂々と言い放つ。
「たしかに伯爵家はいま、忙しい。だからこそ、私に役割などない!」
「いや、そんな威張られても……」
「私のミスで仕事を増やしている余裕がないのだ。荒事が起こらぬ限り、私に出番などないぞ!」
ミスがある事が前提らしい。いやまぁ、たしかにポーラ様、書類仕事が得意そうなタイプではないが……。
「私は私で、こうして君たちと一緒にいるのが仕事なのだ」
その発言に首を傾げる。どういう意味だろう……?
「それとなく、君たちと帝国のつながりを探って来いと、父上や兄上、譜代家臣らから言われているのだ。君たちに他所から、直接ちょっかいをかけてきた場合の風除けにもなるしな」
「いや、それを僕に言っちゃダメでしょう……」
いや、風除けは素直にありがたいけどさ。ヴェルヴェルデ大公の使者みたいなヤツが、また来ないとも限らないしね。
「仕事は先程終えた。まぁ、探りを入れたがっていたのは譜代家臣らで、父上や兄上は、伯爵家と君たちとの親交を深めたいようだ。特に兄上は、絶対ショーン殿を義弟にする腹積もりのようだ」
うん? それってつまり、またポーラ様との結婚話が再燃してる? いや、早いでしょ……。以前の解決策である、グラの家臣入りすら、本決まりというだけでまだなのに……。
「待ちなさい」
すぐに、その件に関しては既にディラッソ様との間で、話し合いは終わっていると伝えようとしたら、先にグラが話し始めた。それまでは、こちらの話になど一切興味もないとばかりに、【
「ショーンを自分の弟にしようなど……、私に対する真正面からの宣戦布告ですね。その潔さだけは認めて、こちらも正々堂々受けて立ちましょう。ショーン、ゲラッシ伯爵家との戦争を始めます。準備を――」
「待て待て待て!」
短気を起こすグラに、慌てて立ちあがるポーラ様。流石に冗談だとは思っているだろうが、グラの発言は伯爵家親族のいる場で口にするのは不穏過ぎる。普通の会話であれば、少しでも揚げ足を取られないように気を払うのだが、グラはむしろ剥き出しの敵意をそのまま言葉にしてるからな。
なにより、たぶんこれ……、冗談じゃないよなぁ……。
「グラ殿、兄上の言う義兄弟というのは、つまり私を仲介とした
「ふむ……。なるほど……?」
グラは頷いたが、たぶんアレ、良くわかってないな。まぁ、ダンジョンコアには血縁などというものはない。まして、血のつながらない相手と婚姻からくる、その親族との 義理の縁戚関係と、それを結んだ際の暗黙の同盟関係なんかは、本質的に理解が及ばないのだろう。
きっと、そんな薄いつながり、無視されたら終わりではないか? とでも思っているのだろう。その通りだし、僕が知る限りでも、政略結婚による同盟関係など、本気でアテにするには頼りないものという認識が強い。
まぁ、だからこそディラッソ君的には、それくらいのつながりの方が、
「ショーン殿とグラ殿の双方が、ゲラッシ伯爵家に仕官するというのは、ハリュー家独自の裁量権を損なうと判断しているのも知っている。だからこそ、グラ殿は家臣として、ショーン殿はその家臣の家臣であり、私を娶った伯爵家縁戚として、外部から守ろうという判断だ。先にも述べた通り、君たち姉弟にはこれまで以上に、国内外からの注目が集まっているからな」
「ふむ……」
なにかを考え込みつつ、頤に指をあてて考え込むグラ。
まぁ、たしかにサイタン郊外の戦いで、耳目を集めている【ハリュー姉弟】に手を出そうとすれば、伯爵家の傘下にいるグラよりも、僕の方が狙い目である。ある程度は自衛できるが、第二王国内の有力者が相手だと、少々面倒な事になるのも事実だ。応じるわけにはいかないのに、断るにも限度がある。
限度というのは、それを超えたら応じざるを得ないという限度ではなく、全面対決しかなくなるという意味での限度だ。ヴェルヴェルデ大公のときみたいにね。
というかあの人……、こっちの嫌味を理解しているのかいないのか、一枚の立派な絵画を贈ってきて、ついでとばかりに以前のグラスの絵柄をこっちのハイ・クラータにしてくれと、追加注文していったんだよな……。いや、たぶん関係改善の一環なんだとは思うけど、それ以上にあのグラスが気に入った感じだ。
「もしもこの婚姻が成るなら、私もグラ殿を義姉上として、ハリュー家の当主として、敬意を払うつもりだ。ショーン殿の防波堤として、私と伯爵家を利用すると考えれば、それ程悪い相手とはいえまい? 少なくとも、ハリュー家の財産や武力をアテにした商人連中、他国の有力者よりかはメリットが大きいと思うぞ?」
「たしかにそうですが……、まだ早いのでは……?」
僕の年齢を建前に、婚姻話を先延ばしできないかと提案するグラ。僕も基本的にはそれを盾にするつもりだったが、流石にこの状況でその論は通るまい……。案の定、ポーラ様は頷きつつも、その意見に懸念を呈す。
「ショーン殿の年齢を思えば、たしかに早い。女が若い分にはそれ程問題はないのだが、子も作れぬ男児との婚姻は褒められた事ではない。だが、それを考慮してでも、ハリュー家に食い込む為の取っ掛かりとしては、ショーン殿はうってつけなのだ。年齢が若いというだけならば、許嫁にするだけでもいい。むしろその方が、婚姻よりも解消が容易く、援助を得やすいと考えるかも知れん。どこの馬の骨かもわからぬ女が、あちこちから殺到してくるぞ?」
「むぅ……。なるほど……」
都合が悪い事に、ゲラッシ伯爵領は国境の領邦で、海もある。流石に国境を隔てた縁戚関係には、領主や国の許可が必要にはなるが、それも当主の裁量権を越える事はない。封建国家における『家臣の家臣は家臣ではない』という暗黙の了解は、かなり絶対的な意味を持つ。
まぁ、陰口は叩かれるだろうが……。というか、そもそも国外の貴族と縁戚になるつもりはない。
むしろこの場合、国内有力者の方が、いろいろと面倒臭い……。伯爵家の立ち位置は、立地としては王冠領に近く、所属は第二王国中央に近い。派閥も然る事ながら、伯爵家は農地に適した土地が少なく、またモンスターも多い為、第二王国中央とのパイプは必要だ。
我が家独自のつながりとしては、ヴェルヴェルデ大公との関係は、一時期険悪化したものの、向こうの計らいで改善に向かっている。それに加えて、聖杯の存在だ……。
貴族だけでなく、商人たちも問題だ。自惚れでなく、我が家と関係を持ちたい商家は多い。アルタンを中心に興っている畜産事業は、基本的にうちが中心だ。山がちな伯爵領における食肉需要を思えば、ここに食い込みたい輩は多い。おまけにいまは、竜も育てている……。
既にその事業に加わっている商人たちは、グラの恐ろしさも、僕に対する執着も、重々承知しているので、婚姻を用いた同盟関係を迫ってくる事はない。だが、外部の商人たちに、それを察せというのもなかなか無体な話だ。当然の手法として、
そしてその場合、伯爵家と強いつながりを有すグラよりも、平民身分の僕の方が取っ掛かりとしては、掴みやすいのだ。まぁ、相手が商人なら僕だけでも対処はできるので、この際そちらは無視してもいいが。あ、いや、流石にカベラ商業ギルド並みの相手だと、少し面倒だな……。
本当に、どこから声がかかるか、わかったものではない。あちこちから粉をかけられかねない。まったく、モテる男はつらいね! ちっとも嬉しくないよ畜生!
「グラ殿の婚姻であれば、我が伯爵家を通さずに話は進められぬ。だが、ショーン殿の場合は別だ。それを裁量するのは、当主であるグラ殿の仕事だからな」
なるほど。たしかに、事が政略結婚である以上、それはハリュー家の当主であるグラの専権事項といえる。ポーラ様が、さっきから結婚相手となる僕でなく、グラに話を付けようとしているのも、対外的にはグラが当主であるからだろう。まぁ、それ以前に、グラを説得できなければ、婚姻関係などままならないと判断しているのだろうし、実際その通りだが……。
「すべて断る事は?」
「将来にわたってか? いくらなんでもそれは無理だ。あらぬ疑いや噂を立てられれば、グラ殿だけでなくショーン殿の弱点にもなる。ハリュー家全体にとって、良くない状況になるぞ」
グラとポーラ様との話し合いに、なかなか割って入る隙がない。ポーラ様の理はもっともだし、対するこちらの意見はワガママに近い。だが、そのワガママの根底にダンジョンがある以上、なかなか受け入れ難い話でもある。
「なのでどうだ?」
だからこそ、狙いすましたかのようにここで提案された案に、グラも、そして僕も反対はできなかった。
「ここは口約束という形で、私とショーン殿の婚約を結ぶというのは? まだ正式なものとして外部に発表できないが、もしも面倒な相手からショーン殿に対して婚姻を持ち掛けられたら、この内々の婚約を盾に断ってくれていい」
それは奇しくも、我が家を始めて訪れたディラッソ君が使ったドア・イン・ザ・フェイスだった。
……あとから聞いたら、やはりゲラッシ伯や将軍の入れ知恵だったらしい……。
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