第1話 生後三ヶ月

 〈2〉


 僕がこの世界に生まれて、三ヶ月が経った。

 それなりに忙しい三ヶ月だったが、まぁ、最初の一ヶ月に比べれば、その後の二ヶ月は平穏無事だったといえる。


 地上にあった廃墟は、割と立派な屋敷になったし、僕も九級から七級に昇級した。月に一、二度、流れのマフィアだの荒くれ者が、名を挙げようとしてウチに襲撃をかけてはくるが、大抵は【暗病の死蔵庫テラーズパントリー】で発狂するか殺し合う。運よく【目移りする衣裳部屋カレイドレスルーム】までたどり着いたとしても、二階層までは到達できていない。【迷わずの厳関口エントランス&エグジット】に戻るヤツは、大抵そのまま身投げするし、生きて地上に戻れた者もいるにはいるが、生還率は二〇〇分の一くらいのものだ。生存者がその後どうなったのかまでは知らないが、ジーガから聞く限り、町からは姿を消しているらしい。

 勿論、他に問題がなにもなかったわけじゃない。厄介な出来事もあった。ジーガという使用人を雇った繋がりで、カベラ商業ギルドという組織から、なんとあの【鉄幻爪】の注文がきてしまったのだ。

 なんでも、僕の噂が結構な広さで広まっており、その際に、あのモッフォとかいう六級冒険者とグラが揉めた話も周知されてしまったようなのだ。それで、その際に用いた提灯鮟鱇チョウチンアンコウにも、再び注目が集まってしまったという話だった。

 まぁ、前回は強盗紛いの下級冒険者、今回は真っ当な商人という違いはあったが。

 最初は外見上の特徴から、『爪の指輪』という注文だったのだが、丁度いいからと別の幻術を刻む事も考慮して、グラが【鉄幻爪】シリーズとして確立してしまった。実際、それなりの種類がある。

 そしてこの【鉄幻爪】シリーズは、護身用としては結構評判がいいらしい。武器としてはいまいちでも、町中で襲われそうになった際に、相手を少し傷付けるだけで逃走が図れるうえ、邪魔にもならない。勿論、そんなものを指につけていれば目立つが、威嚇にもなるので丁度いいらしい。

 あと、デザイン面でも斬新なんだとか。いやまぁ、たしかにアーマーリングのデザインは珍しいだろうが、ゴツくて刺々しすぎるだろう……、と思ったら、できれば銀で作れないかとか、宝石を埋め込めないかとか、いろいろと注文が付くようになった。

 どうやらカベラ商業ギルドは、本気で上流階級のファッションに、アーマーリングを取り込みたいらしい。無理だと思うけどなぁ……。


 そんなわけで、【鉄幻爪】シリーズのおかげで、ある程度まとまった資金が得られた。どこかから聞き付けたフェイヴが、ウチにも売ってくれと言ってきたので、彼にも売った。まぁ、一級冒険者が率いるパーティのメンバーらしいし、情報通に貸しを作っておくのも悪くないという判断だ。

 ただ、これ以上そちらにリソースを割くのは勘弁だったので、それ以上販路を広げる事はしないと、ジーガや商業ギルド、ついでにフェイヴにも告げていた。

 別にお金が欲しいわけじゃないからね。

 それに、なんだかんだジーガのおかげで、ウチの資産は順調に増えている。金庫にはなんと、金貨まで積まれているのだ。それがどれくらいの価値なのかは、いまいちわからないが。

 しかも、割と僕の都合で、浪費に近い投機にも手を出していてそれなのだ。あの人、結構優秀な商人だったんだろう。セイブンさんの信用も得ていたようだし。

 なんでスラムで浮浪者紛いの生活を送ってたんだろ?


 まぁ、町の人間として、つまりは偽装としての生活の変化はこんなものだが、当然ダンジョンコアとしての生活にも、変化はあった。

 まず、四階層の掘削が進んでいるという点。三階層は、屋敷の面積分は掘削し終え、十分な広さの空間は確保した。四階層も、日々着実に広がっている。

 問題は、三階層も含めて、どのような内装にするのかが決まっていない点だろう。一応は、三階層に僕の勉強部屋兼寝室が用意されているのだが、寝室を寝室として利用したのは、運び込まれたベッドに一回寝っ転がった最初だけだ。

 ウル・ロッド関連のゴタゴタが片付いて、ある程度余裕ができてからも、僕の休息時はグラが体を動かしていたので、ベッドはほぼ使わなかったのだ。

 さらに、勉強面でも変化はあった。語学の勉強は、もうほとんどしていない。いまの僕は、おそらくは日本語よりも、こちらの言葉に堪能だと自負している。複雑な言い回しの書類や、古い言葉で書かれた本でも、どんとこいである。

 まぁ、必要になったら、その都度また勉強していけばいい。

 次に、幻術に関してである。なんと、僕はもう、幻術が使えるのだ!

 まぁ、本当に基礎の基礎、相手の感情を増幅させるだけのものや、煙幕代わりのものしか使えないので、胸を張って幻術師と名乗れるレベルではない。こんな僕が、稀代の魔術師として名を轟かせているのだから不思議だ。まぁ、それでチンピラや下級冒険者に絡まれなくなったので、便利に思っているのも事実だが。

 ああいうのに絡まれると、グラの機嫌が非常に悪くなるので、僕としても噂を真に受けて恐れてくれるなら問題はない。


 そして、ダンジョンにおける、モンスターのDP吸収の検証と実験も、ほぼほぼ結果が出揃った。慎重にメリットとデメリットを天秤にかけて、下水道の取り込みはメリットの方が大きいという結論に達し、ダンジョンに取り込むという行動方針が、満場一致で決定された。まぁ、二人の賛成票で満場一致なわけだが。

 平穏無事なのはいいのだが、その分DPが入ってこないうえに、ダンジョンは日々DPを消費する為、割と切羽詰まっていたという事情もある。

 そしてそして! 僕が幻術を習得した事で、この度ようやく、依代の実験を進める事ができるようになったのだ。まだ完成には至らないが、依代において重要なのは、魔力の理よりも生命力の理であり、それも知識面の方が重要である為、問題はないとの事。

 今日はこれから、試作品を一つ作ってみる予定である。


 さぁ、それじゃあやってみようか!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る