第2話 生命体の構成要素

 〈3〉


「さぁさぁ! じゃあ、やっていこうか!」

「いつになくテンションが高いですね」


 僕が意気込みも新たに声を張ると、まるで正反対の冷めた声が、僕のなかに響く。感情の起伏に乏しい、実に怜悧でクールな声音だが、そこにはたしかに親愛の情が込められている。

 生まれてからこれまで、お世話になりっぱなしの、二心同体たる僕の片割れ、双子の姉のような存在である、グラの声だ。

 場所は三階層、実験に使う無味乾燥な実験室だ。今日の実験は、依代の試作品を作る事。いよいよ、グラの体を作るまで秒読みの段階という事だ。テンションもあがろうというものだ。


「まずはおさらいです。現在、依代として想定しているものは、生命力の理で生む、モンスターと同様の幻です。誤解を承知でより端的に表現するなら、擬似ダンジョンコアというモンスターです。ここまではいいですね?」

「うん、大丈夫。忘れてないよ」


 依代作りは、基本的には僕が主体となって行う事になっている。というのも、グラ自身は別に、この体から別れる意義を、あまり感じていないのだ。

 依代に精神を移せば、ダンジョンコアだったときよりも、様々な点で不便が生じる。特に、栄養摂取や休息といった、生物らしい生理現象が必要になる点が厄介だ。

 逆に、得られるメリットはほぼないといえる。僕とグラが別れて行動できるようになるという点は、メリットと言えなくもない。その分効率的に動けるようになるかも知れないからだ。

 とはいえ、それも不眠不休で活動可能なダンジョンコアという肉体を思えば、それ程大きなメリットとはいえない。

 しかも、お互いが離れているときに危険が生じるかも知れないというデメリットを思えば、別行動できるという事をメリットと呼ぶのに抵抗を感じてしまう。


「ですが、生命力の理でモンスターを生み出すと、それはやがて受肉し、一個の命になります。しかしその命が、精神を乗り移らせる妨げになってしまい、元来の用途から外れてしまうわけです」

「うんうん、前回までの実験で確認したんだよね」


 ドッペルゲンガーには、尊い犠牲になってもらった。


「だからこそ、最初から人形である実験体たちを、属性術で作ってもらったわけだ。命が宿る心配のない依代として、ね」

「はい。一号は完全に失敗でしたが、二号、三号はそれなりの成果を生みました。ただし、依代としては完全に失敗でしたが……」


 グラの声音には、落胆の色があった。というのも、ゴーレムで依代が作れるなら、コスパは最高といっていいレベルで安上がりだったのだ。

 だが、残念ながらそれは無理だった。


「まぁ、ゴーレムは生き物じゃないからねぇ……」

「はい。生き物でないものに、生き物としての機能を持たせる事はできても、生き物としての精神を宿す事はできませんでした……」


 このフレッシュゴーレムの依代案は、根本的な問題を見落としていたのだ。それは、精神を宿すものがなんでもいいのか、という点だ。結論からいえば、それはできなかった。

 ぶっちゃけ、実験体フレッシュゴーレムに精神が宿せるなら、なんにだって宿せるだろうという話になってしまう。

 なんなら、ゴーレムだってわざわざ肉で作らず、石で作ればいいじゃんとなるし、そうなればそもそもその辺の石にだって、意思を宿せるという事になりかねない。


「生命力の理で生み出したモンスターには、生き物だから自我が宿る。だったら、魔力で生み出した人形なら、自我が宿る心配もない、と短絡的に考え過ぎちゃったんだよねぇ……」

「ええ。自我のない人形を生む事に注力するあまり、本来の目的から大きく外れたものを生み出してしまいました……」


 たしかに、実験体に自我はない。属性術で生んだ、予め決められた行動をするだけの、単純な人形なのだ。

 だがそれは、同時に生物でもないという事でもある。人らしい形に肉を付け、人らしい動きをプログラムし、人らしい外見を幻術で取り繕えるようにしたところで、それはつまり、そう動くだけの物でしかない。人の形をしていれば精神が宿せるわけでも、人らしく動けば精神が宿せるわけでもない。まして、幻術で取り繕っただけの幻に宿せるなら、それ程単純な話はないのだ。それでいいのなら、そもそも依代作りにここまで頭を悩ませる必要なんて、端からないのだ。

 そんなわけで、フレッシュゴーレムの依代計画は頓挫した。

 まぁ、実験で生まれた三号くんは、今日も【目移りする衣裳部屋カレイドレスルーム】で元気に獲物を待ち伏せしているし、あの部屋の番人として優秀なので、四号と五号も制作が決まっている。それに、属性術と幻術を組み合わせて、遠隔操作可能なゴーレムという研究テーマを発見する機会にもなったので、完全に無駄ではなかったと、誰にするでもない言い訳をしている。

 そして、いま僕らが依代計画の主流としているのが、擬似ダンジョンコア計画なのである。当然、こちらの計画にだって、課題は山積みだった。


「擬似ダンジョンコアに、自我が宿る心配はない?」


 まず気にすべきはそこだろう。モンスターを生み出すように擬似ダンジョンコアを生み出すというのは、さっきグラが要約した言葉通り、擬似ダンジョンコアというモンスターを生み出すという事だ。

 だがそれでは、元々のモンスターとしての自我が邪魔で、結局グラの精神が宿れない。つまり、依代計画としては、使い物にならない。

 これもグラが言った言葉の通り、誤解を承知で単純化してこれからの行動を言い表しただけなのだ。そしてここからは、できるだけ誤解が生じないよう、詳しく説明してくれるのだ。勿論グラが。


「大丈夫です。作るのはあくまでも、擬似的なコアであり、厳密には生物と呼べるかどうか微妙な代物です。最初にショーンが言ったような、魔石に近い存在となります」


 生命力の理でモンスターを生むと、それが死んだ場合、肉体は霧消し、魔石だけを残す。そして、魔石だけが必要なら、いちいち肉体まで作らずとも、直接魔石を生み出す事も可能なのだ。

 それと同じようなプロセスで、擬似ダンジョンコアを生み出す予定である。


「それは、実験体のように精神が宿らないものなの? そして、精神が宿らないものなら、精神を宿せないんじゃないの?」


 勿論その懸念もある。ゴーレムが物である為に、精神を宿せないというのなら、魔石にだって宿せる道理はない。以前グラも、同じような事を言っていた。


「それも抜かりはありません。擬似ダンジョンコアは、ダンジョンコアという生き物の模倣。しかし、この擬似ダンジョンコアは肉体のみの存在として創造され、私の霊体がそこに宿る形になります。魂魄と霊体のない存在に、自我が宿る事などあり得ません」


 との事。それでいいのなら、魂魄や霊体のないモンスターを生めばいいのではと言ったら、グラには呆れられただけだった。それはただの肉であり、肉体ではない。実験体のような、属性術と生命力の理で作る、フレッシュゴーレムと同じであり、ただの魔石と同じらしい。


「そのあたり、いまだにピンとこないんだよなぁ。まぁ、だからフレッシュゴーレムを依代にできると勘違いしちゃったわけだけど」

「生命体の三つの要素については覚えていますね?」

「ああ、うん。生命力の理の授業で習ったからね。ええと、魂魄、霊体、肉体の三つで生命体というものは構成されている。それらのいずれかが欠けたものは、生命体の定義から外れる、だったよね?」

「その通りです。あらゆる地上生命も、モンスターも、その三つの要素から成り立っています。我々ダンジョンも、その例外ではありません」

「はい、先生!」

「はい、ショーン君」


 僕は挙手して発言の許可を求めた。付き合いのいいグラが、それに合わせて先生のように応答する。


「アンデッドのモンスターはどうなるんですか? あれも生命体?」

「アンデッドは、意図して肉体を損傷した状態で生み出されるモンスターです。魂魄も霊体もありますが、肉体が不完全であり、生体反応というものを行いません。さらに、繁殖という生命体としての当然の機能も欠損しています。故に、誕生の瞬間から絶滅を約束された生命体として、一代限りの生を受けます」


 なるほど、そういう事か。アンデッドというものを、僕の尺度で理解するなら、それは繁殖能力がない代わりに、成長が早く収穫量が安定しているF1野菜のようなものだろうか。いや、たしかF1野菜は繁殖は可能なんだっけ? その点は、アンデッドの方が過酷といえる。

 次世代を残す必要がないと、勝手に決められて生み出された生物。そう考えると、ダンジョンというものの罪深さを感じてしまう。まぁ、そもそも自分を守る肉盾として、モンスターを生んでいる事を思えば、いまさらなにをという話だが。


「あれ? じゃあレイスとか人魂とかってのはどうなの? 霊体とか魂魄じゃないの?」

「半透明の肉体を有する生物ですね。生命活動や繁殖能力を欠如させた分、かなり自由度の高い肉体を有しているというのが、アンデッドの特徴です。霧や小動物に変化したり、骨や腐肉で肉体を構成したりですね」

「な、なるほど……」


 最後の骨や腐肉で肉体を作るってのは、メリットなのか? いやまぁ、相手の恐怖心や嫌悪感を無条件で煽れるという点では、結構幻術向きのメリットかも知れないけどさ……。


「はい、質問です!」

「はい、ショーン君」

「依代は魂魄と霊体のない、肉体のみの存在として生み出すという事ですが、それは生命体としての必要な要素を、二つも欠いているのではありませんか? それは生命体として定義できるのでしょうか? 実験体と同じ、ただの肉ではないのでしょうか?」

「いい質問です」


 あ、なんかすごく得意げだ。グラってホント、こういう解説とか説明するの、好きだよねえ。



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