第3話 依代の試作
「依代の場合、私の魂魄はダンジョンコアに存在しています。また、霊体が乗り移る場合にのみ、生物としての活動をします。それ以外の時間は、肉体は休眠状態に入り、活動をしません。生命体としての構成要素は、最低限満たしている事になります」
「魂は別でもいいって事?」
「あくまでも依代ですからね。普通の生物としては、そのような構成の生き物はいないでしょう。少なくとも、私はその例を知りません。ただ、我らダンジョンもまた、少々特殊な構成の生物なのですよ」
おや、それは知らなかった。どういう事だろう?
「普通の生物の場合、まず根源に魂魄が存在します。それを霊体が覆い、さらに霊体を肉体が覆っています。ダンジョンコアも、根源に魂魄があるのは同様です。ですが、そのすぐ外側を肉体が覆っているのです」
「え? じゃあ僕らって霊体ないの?」
「ありますよ。生命体なのですから当然でしょう」
あ、そりゃそうか。三要素の一つが欠けるという事は、生命体としての体裁が保てなくなるって事だもんね。え? だったら僕らの霊体はどこに?
「このダンジョンこそが、我々の霊体です。肉体よりも大きく、頑丈で、自由自在に変化させられる霊体というものを有する生命体は、かなり稀な存在でしょう」
「なるほど……」
「さらにいえば、霊体であるからこそ、ある程度は本体から切り離して活動させられます。それが、あなたがダンジョンから外に出ても問題ない理由であり、私が依代に憑依できる理由です。繋がりさえ維持していれば、生命体としての要素を欠くという事にはなりません」
幽体離脱とか生霊みたいなものだろうか? どうやら霊体という要素は、かなりフレキシブルなものらしい。まぁ、それはダンジョンを見ていればわかる。
ダンジョン内においては、チートじみた自由度があるのは、それが自身の霊体だからという理由なのだろう。
「あれ? でも僕、ダンジョンは自分の肉体のようなものって、グラに教えられてきたんだけど? いまの説明だとおかしくない?」
「ショーンにとっての生物の最外殻は肉体でしょう? ですが、我々ダンジョンコアにとっては霊体です。その違いを説明する為に、それなりの前知識が必要になります。説明をするまでは、それで通していました」
「ああ、なるほど……」
そこもまた、僕に人間であったがゆえの先入観があったのだ。だからグラが、理解しやすい言葉を選んでくれていたのだろう。
たしかに、初期の段階でダンジョンとは霊体ですとか言われたって、霊体とはなんぞやという話になる。そこから説明を始めても、即座に答えには至れず、混乱は必至だった。だからこそ、僕の理解度がある程度進んだこの段階で、こうして説明してくれているのだろう。
「つまり、グラの霊体が乗り移っているときにだけ、生物として活動できる生命体。それが擬似ダンジョンコアって事でいいんだよね?」
「その通りです。生物としての三要素を最低限満たし、しかしそれ以上は満たさない事で、自我が生まれる事を防いでいるのです」
「なるほど。生物と物との、中間に位置する代物なわけだ。その疑似ダンジョンコアって」
生物でも物でも、依代には向かない。なら、ちょうどいいバランスで、どちらの性質も併せ持っている代物を作ろうという話だ。
実にご都合主義な代物だが、その都合の良いものを作るまでの過程は実に険しいものだった。これまでにも、ドッペルゲンガーや実験体で失敗を積み重ね、研究に三ヶ月もかかっている。
いや、この擬似ダンジョンコアプランだって、ここから致命的な瑕疵が見付かって、とんざする可能性がないとはいえない。
だからこそ、これから試作品の可動実験を行うのだ。
「うん。一応、概要は理解した。問題があれば、その都度指摘して」
「はい。それではこれから、疑似ダンジョンコアを作ります。あくまでも、私がこれから作るのは試作品です。もしも依代としての使用に耐えられるものであったとしても、私はそれを使いません」
「ああ、うん……」
前述の通り、この依代作りは僕が主体となって行っている。グラは、依代を作るという事に、あまり意義を見出していない。それは事実だ。
ただ、グラは僕が悩んでいると、すぐに手助けしたがるし、なんなら教師役という態で、基礎の理論をほとんどグラ一人で考えてくれたりする。
今回の試作品も、何年もかけて作った擬似ダンジョンコアに不備が見付かったりすれば、ショックが大きいだろうと、グラが先んじて作ってくれているのだ。
いやまぁ、いまの僕がこれだけの代物を一から考案するとなると、一年二年じゃ時間が足りないのでありがたくはある。ありがたくはあるのだが、だったらもう全部自分で作って欲しいとも思う。
だがグラは、頑なに依代は僕に作って欲しい言ってくる。絶対、グラが作った方が瑕疵がないと思うのだが……。
「それでは、いきますよ? きちんと、私がなにをしているのか、観察して自分でできるようになってください」
「了解。生命力の理と魔力の理の複合幻術だもんね。幻術師としては、いずれ完璧にできるようにならなきゃだもんね。しっかりと五感すべてで感じるよ」
「複合術式について、よく覚えていましたね」
「勿論」
嬉しそうなグラの声に、僕は胸を張って返してから、肉体の主導権をグラに譲渡する。彼女が生命力で理を刻みつつ、魔力でも理を刻んでいくのを、具に見ていた僕は――生まれて初めて意識を失うという感覚に襲われた。
それは、あの日高波に攫われたとき以来の経験であり、それ以上の苦痛であった。
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