第91話 短絡思考
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マスが目覚めるまでの一時間半、ひっきりなしに襲ってくるモンスターの幻影に、俺たちは辟易としていた。なにせ、そのすべてが幻だったのだから。
よもや、探索をしているときと待機しているときで、遭遇の頻度が変わらないとは思わなかった。
しかし、本物が混じっているとマスは言っていたが、一向にその気配がない。マスの情報が間違っていたのではないかと、仲間からは疑う意見も出始めている。だが、この階層の危険度が低い点は、訝しんでいたのだ。ここで迂闊な真似をしないだけの分別はあるようで、あくまでも疑念を提言しただけというスタンスだ。
そうこうしている間に、マスが目を覚ました。
「よぉ、大丈夫……なわきゃあねえな」
気が付いたマスに水を飲ませつつ、声をかける。昨日、吊り橋の下に派遣したこいつが、こんなボロボロの姿で一人でいるんだ。なにがあったのかはわからねえが、なにかがあったのは確実だ。そしてそれは、こいつにとって面白くねえ話であるのも、また間違いのねえ事だろう。
「――ぷはっ。あ、ありがとうございやす」
水を飲んだマスが礼を述べる。礼など不要だと手を振って示し、俺はいよいよ話を聞く。
「で? なにがあった?」
「……ハリュー姉弟は、地下でバケモンを飼ってやした……。そいつに、俺たちは……――」
言葉を紡げなくなったマスの様子だけで、なにがあったのかはわかった。だがしかし、化け物ったってなぁ……。
「その化け物ってのは、モンスターなのか? この辺りに出る幻とは違う、本物の?」
「……恐らく、としか……。ここらのモンスターも、二、三〇体の内一体くらいの割合で、幻影を纏った人形のようなもんが混じってるんでやすが、アレもそうじゃなかったとは……。そもそも、あんなモンスター見た事も聞いた事もねえ……」
項垂れつつ力なく語るマスに、俺は肩をすくめる。結局、なんもわかんねえって事じゃねえか。
「マス、お前らが降りてからこれまでの事を、一から話せ。ハッキリ言って要領を得ねえ」
「……はい……」
訥々と語るマスの言葉を要約すれば、あの吊り橋の下には、水棲のムカデのような巨大なモンスターがいて、【大盾】はこいつを残して全滅したらしい。それからこいつが空中交叉路と呼んでる場所から入った通路から、丸一日彷徨い続けていた、と。
最初は、通路に現れるモンスターが幻影であると気付いて安堵しつつも、マスは訝しんだようだ。あんな化け物を飼っているようなイカれた姉弟が、ただの幻で脅かして終わりなんて温い真似で満足するわけはねえ。
だからこいつは、一切油断しなかった。
そして、だいたい一昼夜かけて観察と攻撃を続けた結果、幻影の中にこちらを攻撃する為の、白いブヨブヨとしたゴーレム――たぶん、鏡の衣裳部屋にいたゴーレムの応用だろう――が混ざっているのがわかった。
そうなると、幻影だからと気が抜けず、しかしひっきりなしに襲われて、休息もままならない。長時間の探索と戦闘を繰り返し、限界まで疲労していたところに、俺たちと合流できたという訳らしい。
「一昼夜だと……? まさか、ここはそこまで広いのか?」
愕然とする俺に、マスはわからないとでも言いたげに首を振る。
「とにかく道が複雑で、勾配もあり、入り組んでいるんでやす。広さそのものは見当が付きやせんが、分岐や上り下りもあって、記録するのも難儀する程でさぁ。一応、空中交叉路からここまでの道を記したモンはあるんで、そちらの斥候が写す分には構いやせんよ」
「そうか、助かるぜ」
なんにしても、この場所の情報が得られるってのはありがてぇ。だがしかし、当初想定していたよりも、十倍は厄介なところのようだ。攻略には長時間の探索が必要だが、その間絶え間なくモンスターの幻影が襲ってくる。しかも、稀に本当に危険なヤツが混じってるから、気は抜けねえ。それに加えて、複雑な迷路か……。
マジでダンジョンの攻略でもしている気分になってきたぜ……。
ウチの斥候がマスの地図を写しているのを眺めつつ、俺はため息を吐いた。面倒くせぇ……。
こういう、ネチネチしたやり方は、好きじゃねえ。まぁ、魔術師なんて総じてネチネチした嫌味ったらしい連中だ。ハリュー姉弟もその例に漏れないんだろう。
だが、もっとガァーっと襲ってくれば、こっちもバァーっと斬り捨てて終わるんだがなぁ……。そうできない現状に、イライラする。
「なぁ、その空中交叉路ってところに案内してくれよ」
「はぁっ!?」
俺の発言が信じられないものだったのか、マスが頓狂な声をあげた。同時に、襲ってきたモンスターを両断するが、やはり手応えはない。
「その化け物、俺が倒してやるよ。どの道、それが幻術でコーティングされたゴーレムなのか、それとも本物のモンスターなのか、確認してぇしな」
「で、ですがアレは……」
「聞けば、奇襲が得意のようだが、くるとわかってる奇襲なんざ、奇襲にならねえよ。それに、話を聞く限り穴の底はどこかに通じてたんだろ? だとすれば、やっぱり迷路なんざパスして、そっちが順路って可能性は残ってるんじゃねえか?」
ハリュー姉弟が、毎日この迷路を通って自分たちの工房に籠っているっていうのは、やはり考えづらい。俺たちは、絶対にどこかでなにかを見落としているんだ。
それが、あの穴のルートである可能性は、十二分にある。
「マス、斥候ならロープくらい持ってるよな?」
「へ、へぇ、一応……」
冒険者なら持っていて当然だが、たまにロープも持っていないヤツってのはいるからな。だがまぁ、斥候なら当然持っているだろう。案の定、マスも頷いた。
「ウチの俺や他の連中の分も繋げれば、十五メートルには届くだろう。空中交叉路で、その水ムカデってのを倒したら、下の探索を再開するぞ」
正直、これからまた一日かけて迷路の探索なんて、面倒なんだよな。それよりかは、ガッと強いモンスターと戦って、パァっと降りて、サッサと姉弟の元に辿り着けそうなルートの方に賭けたい。
「ま、待ってくだせぇ! オ、オイラはもう仲間も失って、パーティとしては役に立ちやせんよ!?」
「俺たちと一緒に行動しろ。少しでも情報を持ってるヤツが欲しい」
恐らくは、地上に戻りたかったのだろうが、残念だったな。本当に空中交叉路とやらがあるのか、それともこれも姉弟の罠なのかわからない状況で、別れるわけにはいかない。
もしこれが罠で、情報が嘘であろうと、構わねえ。その罠を食い破って、ダンジョンじみたこの迷路の探索を再開すればいい。面倒だがな……。
ま、そのときはこいつも、斬り捨てるだけだ。
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