第92話 疑心暗鬼を生ず

 ●○●


「どこまで続いてんだよ、この道は……?」

「さぁな。それよりも、迷ってねぇだろうな?」

「一応、来た道を戻れる程度には記してるが、道が複雑すぎていまどこにいて、どこに向かってるのかまではわからねぇよ」


 不安から俺は、パーティメンバーのガランとムランに話しかけた。本来なら、探索中に不用意に声など発するべきじゃねえんだが、話でもしてねえと気が滅入る。

 ひっきりなしにモンスターの幻影が襲い掛かり、なかには上の階にいたゴーレムと同じようなヤツが混じっているのだから、気が抜けねえ。常に緊張を強いられるせいで、肉体以上に精神が消耗する。

 だからあえて、俺たちは互いに声をかける事にした。そもそも、声を潜めてたって間断なくモンスターが攻めてきやがるんだ。静かにしている意味なんざ、そうそうねえ。


「ボウル、どうだ?」


 だが流石に、曲がり角から先を窺っているときくらいは、静かにして欲しい。俺はガランに対して手で静かにしていろと示し、先を窺う。

――いた。

 この地下迷宮では珍しくないとはいえ、モンスターだ。全部で三体。鬼系のモンスターなのか、人型だ。ただ、向こうは明かりを持っているわけでもない。シルエット以外は確認できない。未だこちらに気付いている様子はなく、無防備な背中を見せている。

 俺は口を閉じたままそっと顔を引っ込めると、二人に指で三と示し、指で額の両横から角を作ってみせる。それから、親指で曲がり角を示す。それだけで、曲がり角の先に鬼のようなモンスターが三体いたと伝わっただろう。

 ガランとムランは一つ頷いてから、流石に口を開かずにゆっくりと得物を抜く。ガランは短槍と丸盾を、ムランはベイダナという、スティヴァーレの方で使われる鉈のようなナイフが握られている。

 ムランは斥候で、木や草を払うのにも武器を使う為、こういう農具に近いマチェットの方が便利らしい。当然、モンスターだって斬れる。まぁ、ナイフというよりも、斧のような使い方だが。

 俺も腰からフォセを抜く。ファンという別名が示す通り、峰とは逆側にゆるやかに湾曲した刀身と、峰に突出する刃が特徴的な重い剣だ。なまじな盾など薪のように両断し、鋩諸刃きっさきもろはの突端部分で、ピッケルのような刺突もできる多才な武器だ。

 ずっしりとした相棒の手応えを感じてから、ガランとムランに目配せをする。二人が頷いたのを確認してから、俺たちはモンスターの背後から近付いた。

 静々と迷路を進む俺たちに、モンスターどもはなかなか気付かない。しめたと思う。ここまで鈍いモンスターは、この地下迷宮では珍しい。

 俺は肩越しに構えたフォセを、思いっ切り振り下ろした。


 緑色の肌の背中に吸い込まれる刃。過たず、俺はその背を一刀両断した。


 手応え。これは幻じゃない。やったと思った。

 その瞬間、俺たちの目の前の光景が一変する。そこにいたはずのオークの群れは消え失せ、足元には見覚えのある男が倒れていた。そして眼前には――


「畜生! ふざけやがって!!」

「テヤンの仇だ!」


――こちらも見覚えのある冒険者たちの顔。

 しまった!? ハメられた。これはハリュー姉弟の罠だ!

 モンスターの幻影を貼り付ける事で、俺たちを同士討ちさせようって魂胆だ。


「待て、カクタス! 俺だ【三人衆ガムランボウル】のボウルだ!」


 正直、カクタスの仲間を殺ってしまっている現状は最悪だ。だがそれでも、俺たちが相争うのは、あの姉弟の手のひらのうえで踊るようなもの。できるだけ誠意を示さなければ、冒険者同士で殺し合いになりかねん。

 

「クソがぁ!」

「やめろ! 無闇に飛び掛かるな!」


 だが、カクタスのパーティはこちらに憤怒を向けるばかりで、話にならない。


「たしかに悪かったと思う! 謝罪ならなんでもする! だが、事情があるんだ。お前たちの姿に、モンスターの幻影が被されていたんだ。これは、俺たちを同士討ちさせる為の罠なんだ。ここで相争っても、あの姉弟の思う壺なんだよ!」


「どけ、俺がやる」


 説明をしているというのに、問答無用でカクタスが前に出てきやがった。しかも、剣を抜きながらだ。


「おい、言ってるだろ!? テヤンの事は悪かったが、ここで同士討ちさせるのが――クソっ!」


 斬りかかってきたカクタスの剣を受け止め、俺は肩で弾くようにして距離を取る。


「カクタス! 話を聞け! これは姉弟の罠なんだよ! じゃねえと、俺たちも自分の身を守る為に、お前たちを倒さなきゃならなくなる! 話を聞いてくれ!」


 ガランの言葉にも、しかしカクタスは答えない。仲間を殺されたのだ。割り切れない思いがあるのもわかる。だが、このような罠があるという情報を共有できなければ、今後被害が増え続けるのは必定だ。

 なんとしても、話を聞いてもらわなくてはならない。


 俺は無抵抗を表すように、フォセの腹を見せつつ、もう片方の腕も開く。これで少しは話を――


 ●○●


 悲鳴に振り向けば、そこには大鉈を構えたオーガがいた。三体もだ。狭い通路に並んだそいつらの足元には、仲間が血を流して倒れている。

 それだけで、なにがあったのか考えるまでもない。


「畜生! ふざけやがって!!」

「テヤンの仇だ!」


 仲間がやられた事に、他の連中が怒声を張る。オーガはまるで、こちらの言葉がわかっているかのように、ニヤリと笑った。


「クソがぁ!」

「やめろ! 無闇に飛び掛かるな!」


 相手はオーガだ。人間よりもはるかに強い膂力と、強靭な皮膚を持っている。それでも、ここが開けた場所であったなら、俺たちの敵じゃない。だが、ここは狭い通路。必然、一対一で戦わねばならない。


「どけ、俺がやる」


 仲間を下げつつ、俺が前に出る。この中では、俺が一番強い。一騎打ちになるなら、俺が出るべきだ。仲間もその認識に異論はないのか、素直に下がりつつ「頼む」と肩を叩いていく。

 当然だ。俺だって、仲間を殺されて怒り心頭に発しているのだ。

 眼前で前衛後衛を入れ替えるような隙を晒しているというのに、どういう訳かオーガたちはこちらに攻撃を仕掛けてはこなかった。顔は、相変わらずニヤニヤと笑っているのだが、どうにもおかしい。

 どういうわけかこちらに手を振って見せたり、後ろのこん棒と丸盾を持ったオーガがなにかの合図のようなものを送っている。だが、その意味はまるでわからんし、やはりその表情はこちらを軽侮するように笑っている。もしかすれば、なんらかの挑発なのかも知れない。

 だとすれば、ここの主であるハリュー姉弟というのは、本当に心根の腐ったクソ野郎だ。絶対に見つけ出してぶっ殺してやる。


「行くぞ!」


 俺は踏み込み、大鉈を持ったオーガに斬りかかる。オーガは俺の剣を受け止めると、力任せに体当たりをするように突き飛ばしてきた。たたらを踏みつつ追撃に備えたが、しかしどういうわけかオーガは動かなかった。やはり、どこかこのオーガはおかしい。

 いや、そもそもこれはオーガの幻を纏ったゴーレムなのだ。多少おかしな挙動をしても、気にするような事じゃない。両腕を開いて、大鉈の腹をこちらに見せつつ、空いた左手を振る。

 斬ってみせろという挑発か? その増上慢、命で償ってもらうぞ!!


 ●○●


「ふざけんじゃねえ!! なんだって無抵抗のボウルを殺しやがった!?」

「――は!? ガラン、それにムランだと!? どういう事だ!?」

「どういう事だはこっちのセリフだ!」


 ボウルはあのとき、話し合いの為に構えを解いていたんだ。だってのに、カクタスの野郎はそんな無抵抗のボウルを斬りやがった。


「お、おい、これはどういう――」

「――うるせぇ、下手に出てれば調子に乗りやがって!」


 たしかにこっちから攻撃を仕掛けて、仲間を手に掛けちまったのは悪いと思っている。だからこそ、ボウルは手加減をしてたってのに! それをコイツは!


 絶対に許さねえ!!



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