第93話 乱離骨灰
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外ではもう昼をだいぶ回った頃だろうか。もしかしたら、夕焼けになっていてもおかしくはないし、真夜中かも知れない。地下にもぐってから、緊張の連続で、とうの昔に時間感覚はなくなっている。
それでも、二つのパーティで探索していた俺たちは、随分と楽な部類だろう。一パーティが前後を固めて、もう一パーティはその間気力の回復を図る。交代はだいたい一時間ごと。そういう取り決めができた事で、この狭い通路でひっきりなしに幻影に襲われる緊張からも、なんとか精神の摩耗を免れている。
俺たち【
「サッチ、交代だ」
その【
「おうよ。今回は、実体アリは何体だったんだ?」
襲撃があった際には俺たちも確認しているが、情報の共有と意思疎通も兼ねて話しかける。もしかしたら、こちらの認識していない戦闘が背後であった可能性もあるしな。
「二体だけだ。ったく、これなら全部本物だった方が、まだマシだぜ!」
ただ、やはり状況は俺たちが把握していた通りだったようだ。
ブジーが吐き捨てた言葉にも、頷けないわけじゃない。だが、それはそれで問題だ。精神の前に体力がなくなってしまう。
まぁ、いかにハリュー姉弟といえど、流石にそれだけの数のゴーレムを、侵入者対策として作るのは無理だろう。労力という意味でも、財力という意味でも。この幻影に本物を混ぜるという手法も、裏を返せば少ないゴーレムを有効活用する手法といえる。
「とはいえ、ずっとこれが続くだけなら、なんとかなるだろう」
「そうだな」
俺の言葉に、ブジーは疲れたような顔で頷いた。
そう。こうして二パーティでまとまっていれば、交代で探索が続けられる。ちょっときついが、交代で仮眠もとれるだろう。
他のパーティは、もしもいまだにバラバラだと、それもままならないのではないか。パーティ内で戦闘と休息の役割を交代しながらやるしかないが、二パーティですらこれだけ消耗しているのだ。一つだとより厳しい状況で、仮眠すらきちんととれるのか、怪しいところだ。
俺たちだって、いう程楽じゃねえ。できればもう一パーティ加えたいが、この狭い通路では大所帯になればそれはそれで大変だ。警戒に、どこかで穴が空く。特に、分岐は危険だ。横方向に警戒する人員も必要になる。
さらには、人数が増えると連携にも支障をきたしやすい。俺たちは、一パーティで動くのが基本の冒険者だからな。
「あん? ありゃあ、ゲルダのところのハンザじゃねえか」
そう思っていたら、曲がり角から顔見知りが現れた。片腕を怪我しているようで、血の滲む包帯を巻いて、もう片方の腕で剣を把持している。俺たちの姿を認めても、警戒を緩めようとはしない念の入れようだ。
気になるのは、リーダーのゲルダが見えない所か。まぁ、なにがあったのかは、だいたい想像がつくが……。
「俺たちは【
「……サッチか……。念の為に聞くが、幻じゃねえよな? 【
なるほど。ここにいない冒険者パーティで、それなりに知られている者の名を合言葉にするわけか。
「ルゥルゥだ。【
「スカンジ……」
よりにもよって、目立つが、それ以上に見ていて砂糖でも吐きたくなるオシドリ夫婦を合言葉にされて、ゲンナリとした顔でハンザが答える。
なんにしても、こいつらが【
ゲルダについては聞かない。向こうも聞いて欲しくはねえだろう。好いた相手の最期なんざ、口にしたいはずがねえからな。
「とりあえず、疲れてるだろ? 後ろでブジーたちと休め」
「ああ、助かるぜ……」
憔悴も露なハンザがそう言って、俺たちの後ろへと回る。これで、防御番が三交代になる。
負担の減りを意識して、俺たちは安堵の息を吐いた――その瞬間。
「ぐぁああ!?」
後方から悲鳴が聞こえた。慌てて振り向けば、ハンザが【
その考えはわかる。俺たちがこいつらを懐に入れたのは、挟撃の為の罠だったのではないかという懸念だ。だが、当然俺たちにそんなつもりはない。
「おい!? なにやってんだ!? なにがあった!?」
「サッチ! こいつらは偽物だ! 本物のハンザはもう死んでるはずだ!」
ブジーの言葉に【
「ふざけんな! テメェらこそ、あの腐れ姉弟の作ったゴーレムなんだろ!?」
「ゲルダどころかハンザまで! テメェらもあの姉弟も、絶対に許さねえ!」
「待て待て! 俺にはまるで状況がわからん!」
「うるせぇ! 挟み撃ちにしといて、いまさらなに言ってんだ!?」
「落ち着け! 俺たちはお前らと戦うつもりはねえ! おいブジー! 本当にこいつらが偽者なのか!? 証拠はあんのか!?」
「間違いねえ! 俺たちはお前らと合流する前に、本物の【
「俺も聞いたぞ! 間違いねえ!」
「サッチ! 俺たちはずっと一緒に行動していた。その間、お前らを殺す機会なんていくらでもあっただろう!? 俺たちを信じろ!」
狭い通路で三つのパーティが怒鳴り合う。そのせいで、なにがなんだかわかりゃしねえ。こんな場所でなければ、ブジーたちの行動は暴挙でしかない。だが、もしかすれば本当に【
「――ぐぁっ!?」
「なにをす――!?」
そんな僅かな逡巡を狙ったかのように、【
よく考えれば、ブジーの言い分はおかしかった。上の階にいたゴーレムや、この廊下のゴーレムも、攻撃を加えれば幻術が解けていた。だというのに、ハンザの遺体はいつまで経ってもハンザのままだ。ゴーレムと違って、真っ赤な血も流れている。
つまり、【
だが、いつからだ?
よもや、合流した最初から、ブジーがゴーレムだったとでも言うのか? たしかにそこまで付き合いが深い相手でもねえが、あんな自然な受け答えが可能なゴーレムなんているわけが……――
そこまで考えたところで、眼前の状況がそれどころではない事を察する。なにせ【
完全に俺たちも、敵だと見定めていやがる。
「待て! 俺たちは敵じゃねえ!」
「んなもん、どうやって証明すんだよ!? さっきまであの連中と一緒にいたようなヤツ、信用できるか!」
その言い分ももっともだが、こちらのメンバーもさっき偽【
いやまぁ、それは俺もだ。現に、さっきの言い訳にもならねえブジーの言葉に騙されかけたのだ。こいつらが、俺たちを信用できないというのも仕方がない。あの瞬間、俺はこいつらと偽【
そんな俺たちに、こいつらが信用をおくはずもない。
「わかった。俺たちはお前らになにもしない。そして、お前たちも俺たちになにもしない。ここで別れよう……」
「……そうだな……」
幾分冷静になったのだろう。後方にあるこちらのメンバーの死体が、いつまで経ってもあの気味の悪い人形にならないことを確認して、連中も矛を収める。
だが決して気を許したわけでもない。武器を納めずに、ジリジリと後退していく。俺たちもまた、緊張を維持したまま離れていく連中の姿を見送る事しかできない。
やがて曲がり角の奥へと連中が消えてから、盛大にため息を吐いた。
「……どうすんだよ、これ……」
仲間が殺されたってのに、それどころじゃなくて悲しみすら湧かねぇ……。もはや交代で警戒するなんて不可能な状況で、パーティメンバーが半減してしまったのだ。これからの探索において、消耗は必至だ。
しかも、今後合流した他パーティが本物かどうか、常に警戒し続けなければならない。残り少ないメンバーで、どうやってこの通路を攻略すればいいんだよ……。
しかも始末に負えないのが、いまから撤退しても半日以上はかかるって点だ。ここまで来た道を、半減したメンバーでだ……。
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