第94話 人間関係シュレッダー
●○●
「潮時だね。こっちの潜入部隊は適当に混乱させてから撤退するよ」
「そうですね。合言葉に、冒険者の名前など使われてもわかりませんから。いずれ完全自動にしたいのですが、その辺りを柔軟に対処できるプログラムを組むのは、かなり難しいですね……」
僕がグラに報告すると、即座にこちらの状況も確認したのか、彼女はそれを了承する。このダンジョンに這入ってきた連中の名前とかならチェックしているが、流石に無関係の冒険者の名前など、知る由もない。精々チッチさんたちか、【
そんな事を考えつつ、ゴーレムを操って冒険者を斬り伏せ、さっさと潜入隊のフレッシュゴーレムたちを撤退させると【
それから、あの冒険者たちがどうなったのかを確認する。
「残念。殺し合いにまでは至らなかったか」
「疑心の種を撒けただけで十分でしょう。少なくとも、以後連中が他の冒険者たちと組む事はないでしょうし、あったとしても安心して背を預ける事などできません。精神の消耗は、さらに増していきます」
「えげつないねぇ……」
我が姉ながら、容赦がない。まぁ、彼女にとって人間に容赦する意味など皆無なのだから、当然なのだが。
この【
迷路こそ複雑に広く作っているのだが、そこは普通のダンジョンと相違ない。まぁ、違いがあるとすれば通路が狭いところだが、この狭さこそが侵入者に対する圧迫感となる。見通しの悪い、複雑な迷路というのは、どうしたって精神に負担をかける事だろう。
無論、それだけでは特になにかの効果を見込める程の
そして、この【
「幻影のモンスターの中に、ほんの僅かに危険なフレッシュゴーレムを混ぜる。それだけで、本来なんの脅威にもならないはずの幻の襲撃に、全霊で対処しなければならない。私はダンジョンコアなので実感はありませんが、地上生命にとっては消耗をするのでしょうね」
「命の危機の連続という緊張感は、バスガルのダンジョンで包囲されたときに経験したでしょ。あれを、僕ら二人で対処しなければならなかったとしたら、いくらダンジョンコアに体力の消耗がなかったとしても脅威だったよ。いわんや、人間をや、さ」
「たしかに……」
ダンジョンコアの肉体面での頑強さは、人間の比ではない。というか、単体で人間を幾千万相手にしなければならない前提の生物なのだ。単純な一個の生物としてのタフさは、たしかに人間が下等生物に思える強さだ。
だがしかし、精神までもがそれと同等の強さを有しているのかいえば、さに非ず。それはバスガルの最期が物語っている。グラとて、それを忘れてはいけない。
ある意味、その他のどんな【魔術】よりも、幻術というのはダンジョンコアにとっては有効な攻撃手段なのかも知れないな。高HPだけど即死が効くボスモンスターみたいに、攻略されてしまいかねない。この場合の攻略というのは、僕らダンジョンコアの絶滅を意味するので笑えない。
まぁ、ダンジョンコアの弱点に関しては後回しだ。幸か不幸か幻術は、モンスターには効きにくいからと、冒険者で使える者はそう多くない。喫緊の課題という訳でもないからね。
僕は【
「おまけに、幻のモンスターなんていくら倒されても、こちらとしては痛くない。まぁ、フレッシュゴーレムは多少出費だけど、それだって別に大量投入しているわけじゃないからね」
「フレッシュゴーレムに関しても、それ程元手が必要な訳ではありません。基本的には、下水道で冒険者どもが倒している外来のネズミ系モンスターの死骸を再利用しているだけのものです。元手など、ゴーレムを作る際の魔力消費程度のものです」
グラが淡々と述べる通り、あのフレッシュゴーレムの材料は、下水道で倒されて放置される、ネズミ系モンスターの肉体から、タンパク質だの脂質だのを再利用しているらしい。
まぁ、ゴーレム製作に関しては完全にグラの領分なので、詳しい話は知らないが。
「そして、常に精神的な消耗を強いられる【
「はい。単純なモンスターの幻影だけではなく、侵入者にモンスターの幻影を貼り付け、さらに明かりや音、言葉などを錯覚させる。あるいは、先程ショーンがやったように、【
そこまで言うとグラが、ニヤリと笑みを浮かべる。なんというか、普段感情表現に乏しい彼女が、そこまであからさまな表情を浮かべるという時点で、寒気がする笑顔だ。
「侵入者どもを疑心暗鬼に陥らせ、争い合わせる。実に巧妙です。摩耗した精神状態において、人というものはこうも脆いのですね」
「そうだね。ただでさえ、常時命の危機というストレスを掛けられた状態で、同じ侵入者の姿をした者たちに襲い掛かられるんだ。疑心暗鬼になって連携できなくなれば、さらにモンスターの襲撃に対する手が足りなくなる。悪循環だね」
協力し合うのが最善の道だと、少し考えればわかるだろう。さっきのパーティのように、咄嗟に合言葉を使ったのも、悪くない対処法だった。だが、もう彼らは同じ冒険者を信じられないだろう。
奇しくも、そんな手を打った直後に、顔見知りの姿をした何者かに襲撃されたのだ。
ホント、なにがスタンダードだよと言いたいくらい、えげつないダンジョンだ。我が姉ながら、こんなものを作るとは……。
「流石は、ショーンの考えた罠ですね。人間というものを理解し、幻術の研鑽に余念がないあなただからこそ作れる代物です! 費用対効果を考えれば、普通にモンスターを配する何倍も効率的な成果ですよ!」
そこは心底嬉しそうに笑うグラ。うん。そうだね。この罠の監修は、たしかに僕だよ。
でもさ……、我ながらちょっと、これは、性格が悪すぎるように思えてしまうんだよねぇ……。なんというか、彼らは僕らの命や財産を狙う泥棒だってわかっていても、その最期を観察していると精神的にくるものがある……。
そう思っていたら、空中に出しっぱなしだった
途端、僕らの表情が引き締まる。この音が意味するところを、過たず理解したのだ。
「どうやら【
「仕方がありません。この廊下はあくまでも敵の遅延と撹乱が目的です。できるだけ構造を複雑にして時間を稼ぎましたが、そこまで広い領域を確保したわけではありませんから」
ダンジョン基準では、たしかにそこまで広くない。あのミルメコレオのダンジョンの方が広かったくらいだ。まぁ、土地の権利的にはお隣さんあたりが怒鳴り込んできてもおかしくないような状況だが……。
「じゃあ、次の執務室の試運転といこうか。上手くいくといいんだけれど……」
思わず、ちょっとだけ頼りない声になってしまった。グラに指摘されたときは自信満々に応えたものの、たしかにあそこってちょっと遊びが過ぎるんだよなぁ……。
「さぁ、あなたが完全監修した三階層、【
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