第95話 諸芸の達者

 ●○●


「はぁ、はぁ……」

「か、階段だ……。階段だぞ!」


 かなりハイペースで探索を続けたアタシたちは、軽く息をあげながらそれを見る。この狭い通路が入り組んだ迷路で、幻と実体の入り混じるモンスターに加え、襲い来る他の冒険者たちとも戦い、ときに傷を負い、ときに斬り伏せ、ときに仲間が殺られ、アタシたちは最早こんな場所をちんたらと探るのはごめんだという結論に達した。

 そして、後先考えずに先を急いで探索をした結果、いま、目の前にさらなる地下へと向かう階段が現れたのだ。

 その事に、こんな場所から離れられると喜んでいるメンバーもいるが、正直アタシは、これがさらなる地獄へと続く階段に思えてならない。だがしかし、こんなクソったれな廊下に留まる事などできないのも事実。


「できればもう、逃げ帰っちまいたい気分なんだがねぇ……」

「そう言うな。いま地上に戻れば、金もねえのにお尋ね者だ。他国で冒険者としてやり直すにしたって、元手が要る……。せめて少しは金目のもんをいただかなけりゃ、末路は本当に盗賊として討伐されるのを待つだけだ……」


 アタシが愚痴をこぼすと、パーティの副リーダーであるバルモロがそう言った。しかし、その表情も優れない。こいつもまた、エルナトの野郎の口車に乗った事を後悔しているのだろう。

 既に仲間のレタンが、幻に惑わされた他の冒険者パーティに殺されてしまっている。今後、アタシら【長腕のルーサウィルダーナハ】がどうなるのかもわからない。

 ホント、金に目が眩んで厄介事に手を突っ込んじまったよ……。


「サディ、確認してきた。特に罠はねえ」


 階段に入っていた斥候のマグが、アタシに階段の安全性を伝えてくる。それに頷き、他の面々の顔を見る。バルモロ、トゥレド、パトロクロス、シド、そしてマグ。全員が一様に頷くが、そのせいでここにレタンがいない事を改めて思い知ってしまう。

 本来、アタシらは七人そろって【長腕のルーサウィルダーナハ】だったのだ……。百芸に長けたといわれる、古の太陽神に因んだパーティ名だ。メンバーが多いからこそ、それぞれの得意分野で助け合い、なんでもできるパーティにしようといって付けた名だった。それなのに……。


「サディ、あれ」


 階段を降りていたアタシに、トゥレドのヤツが声をかけてくる。スティヴァーレの出身で、まだ拙いヴィラモラ語を使う、ウチの弓手だ。斥候としての技術もかなり高い。

 こいつとマグのお陰で、つつがなく迷路を踏破できたといっても過言じゃない。

 そんなトゥレドの指し示す先、階段を降りたところには木製のドアがあった。それはまるで、館の一室にでもあるような、なんの変哲もないドアだったが、そんなものがこんな場所にある事自体が異様なのだ。

 いうなれば、山中にいきなり立派な館が現れたような異様さだ。怪しすぎて、理由がなければ近付きたくはない代物だ。

 とはいえ、いまのアタシらにはその理由がある……。まったく、難儀なもんだ……。

 その木製の扉には、アタシらの目線の高さに、金色のプレートが貼り付けられていた。罠がないか、マグとトゥレドが十分に確認してから、アタシもその扉に近付く。


「【失魂落魄の執務室オフィスオブザデッド】ね……。次はどんな悪趣味な仕掛けを見せてくれんのか……」

「ダンジョンの真似もいい加減にして欲しいぜ。そろそろお宝か、せめて【魔術】の研究室であって欲しいもんだ」


 アタシの隣に並んだパトロクロスが、愛用の戦鎚せんついを構えながらぼやく。扉そのものに罠がなかったところで、扉を開けた途端になにかが飛び出してくる可能性はないではない。物資の運搬や野営地の設営など、力仕事では頼もしいパトロクロスは、いち早くそれを警戒して構えているのだろう。

 あとコイツは、そんな力自慢でありながら、意外と手先も器用で、趣味は木工細工だったりする。


「そうだね。いい加減アタシも、金になるもんが見たいよ。ま、あのブヨブヨゴーレムも、持ってく所によっちゃ、高値で買い取ってくれるかも知れないけどね」


 アタシも剣を抜きつつ、そう軽口を返す。とはいえ、いくら金になりそうだからって、あんなもんを運び出すなんて嫌だ。気持ち悪いし、あの吊り橋をあんなものを持って渡るのはごめんさ。第一、本当に金になるのか、わかりやしない。


「サディ、こっちもいいぞ」


 背後からバルモロの声がかかる。チラリと振り返れば、魔術師であるバルモロとシドが、なにがあってもいいようにと杖を構えていた。魔術師といっても、属性術と死霊術を使えるバルモロと違い、シドは回復術と結界術を使う、完全なサポート要員だが。


「…………」


 無言のシドは、アタシと目が合うとこくりと頷いた。いまだ二十歳にもならないであろう若年の魔術師。しかし、その腕は確かなものだ。この地下工房に足を踏み入れるまで、何度も死ぬような思いをしたが、それでも誰一人欠けずにやってこれたのは、コイツのお陰だ。

 なにより、回復術が使える時点で、シドは特級冒険者。五級冒険者パーティであるアタシら【長腕のルーサウィルダーナハ】のなかでは、特級のこいつが一番冒険者としての階級は高い。

 ぶっちゃけ、コイツがパーティリーダーでもいいのだが、無口で不愛想なんで、とてもリーダーを任せられるヤツじゃあない。ただし、【魔術】以外でもこいつは料理という特技がある。なんだかんだ、パトロクロスやトゥレドも料理は上手いし、味にこだわらないなら、レタン以外は料理はできた。

 レタンの料理は、まぁ、獣なら食うかもしれないってところだ……。


「用意はいいな?」


 扉に手を掛けたマグが全員に確認を取る。それに対し、アタシらも一様に頷いてみせる。


「いく」


 同じく扉に手を掛けていたトゥレドがそう言って、慎重に扉を開いていく。バルモロが属性術で照らしていた薄暗い通路に、扉の先から明かりが漏れ出でてくる。ただし、そこまで強い光ではない。白いのだが、どこか弱々しく、薄気味の悪い明かりだ。ときたま、チカチカと明滅しているのがここからでもわかる。

 前衛のアタシとパトロクロス、後衛のバルモロとシド、いつなにが起きても動けるように警戒しつつ扉を開いている、遊撃のマグとトゥレド。そんなアタシたちの目に、扉の先の光景が見えてきた。

 その光景がなんであるのか認識したパトロクロスが、訝し気な声を発した。


「なんだ、こりゃ?」


 疑問を抱くのも不思議じゃない。扉の先は、いくつもの金属製の机が連なっている、それなりに広い部屋だったのだ。しかも、その机や床が、やけに荒れている。


「ここがハリュー姉弟の研究室だと思うかい?」

「まさか」


 アタシの問いに、バルモロが首を振る。アタシもその意見に同意だ。

 一見すると、研究者が資料や道具などを散らかしたままにしているとも思えるが、それにしては荒れ方が異様だ。まるで、誰か他の侵入者がいたかのようではないか。

 あるいは、侵入者が来るからと慌てて逃げだしたかのような、落城寸前の城や砦の中のような雰囲気もある。重要な代物は根こそぎ持っていくか、敵に奪われないよう破棄するから、こういう状態になるんだよな。

 なんにしても、難攻不落の地下工房を有する、ハリュー姉弟の研究室だとは、とても思えない。

 そんな事を考えていたら、隣で盛大に舌打ちをする音が聞こえた。なにかあったのかとそちらを振りむけば、そこにはナイフを持ったトゥレドがいた。

 その手には、扉の金色のプレートがあり、ナイフを使って剥がしたところのようだった。


「金、違う。黄銅。要らない」


 アタシの視線に気付いたトゥレドは、そう言ってつまらなそうにプレートを投げ捨てた。カランカランと、硬質な音が虚しく階段のうえへと消えていった。

 すごい事をするね、コイツも……。



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