第96話 仄暗い探索
机の並ぶ広い部屋の天井には、等間隔に白い照明のようなものがあった。といってもそれは、見た事のない細長い円筒状の代物であり、しかもいくつかは消えて灰色になっているか、消えかけのようにチカチカと点滅をしては、微かに変な音をたてていた。
「シド、バルモロ、どうだい?」
床に落ちている資料や、壁際にあった本棚を調べている二人に声をかける。魔術師の研究資料なら、二人に確認してもらわない事にはわからない。場合によっては、その資料だけで結構な値になったりもする。
字の読めないアタシとパトロクロスは戦力外であり、トゥレドもヴィラモラ語は読めないので資料の確認には参加せず、金属机の引き出しを開けては、なにか残っていないかを確認している。
まぁ、当然ながらなにも残ってはいないが……。
「ダメだな。特に重要な資料じゃない。というか、たぶんなにかの収支表だが、数字が滅茶苦茶だ。暗号かも知れんが、解く為には相応の時間がかかる。そして、その労力がまったくの無駄で、意味のない資料である蓋然性が高い」
「……同じく、意味のない資料……」
バルモロとシドの言葉に、全員が肩を落とす。とはいえ、予め覚悟はしていた事だ。重要な研究資料などを、こんな場所に放置しておく理由がない。
「だが、紙の質はいいな。白く、薄く、凹凸も少ない。皮紙には見えないが、パピルスでもなさそうだ……。なにでできているんだろうな」
バルモロは書かれていた内容よりも、紙そのものに興味を抱いたようだ。
いわれてみれば、たしかに見た事のない紙だ。持って帰れば、酒代くらいにはなるかも知れないと思ったのか、トゥレドとパトロクロスはつまらなそうに見ていた紙を何枚か、荷物に突っ込んでいた。バルモロは紙そのものと、書かれている内容が気になったのか、丁寧に折りたたんで懐にしまっていた。
「じゃあ、次の部屋に行こうかい?」
アタシがそう言うと、メンバーはいっせいにこの部屋の出口へと目を向けた。入ってきた木製の扉とは別の出入り口。よくわからない、白い材質の扉。その先になにが待ち受けているのか、部屋の不気味な雰囲気もあいまって、ごくりと喉が鳴る。
だが、そんなアタシらを制止する声が、マグから発せられた。
「いや、この部屋の安全性は、一応は確認されている。少なくとも、うえの迷路みたいに、数分おきに敵が現れる事はない。俺たちはハイペースの探索と戦闘で、消耗している。ここは休むべきだ」
言われて、たしかにと思い直す。マグの言う通り、探索と戦闘で体力を、常にモンスターの襲撃と騙し討ちを警戒して精神を消耗しているアタシらには、なにをおいても休息が必要だ。どうしてそんな当たり前の事に気付かなかったのか。
「道理だね。どうやら、うえの迷路に休息って選択肢を落としてきちまったらしい」
「俺もそうだな。まったく、あの強行軍に
苦笑するアタシとバルモロに、トゥレドとパトロクロスが肩をすくめて同意する。シドは相変わらずなにを考えているのかわからない無表情で、マグはそんなアタシたちにため息を吐く。
こいつはこういう、細かいところに気が利き、冷静なところがいい。斥候として、戦闘中にも周囲に気を配れるし、判断も的確だ。どうせならコイツがリーダーをやればいいとアタシは言っているのだが、自分は腕っ節は強くないからと、辞退されている。
たしかに、冒険者の間では、腕っ節で相手を測ろうとする。いまだ特級とまでは評価されていないマグでは、他のパーティから侮りを受けかねない。
斥候としては、本当に腕のいい男なんだがねぇ……。
金属机をバリケードのようにして出入り口を塞ぎ、退路である階段に続く扉の付近でアタシらは休む事にした。といっても、警戒は怠らない。二人ずつ交代で、睡眠をとり、シドとトゥレドの作ってくれた飯を食った。
それから約八時間、なにもなかった。
モンスターの襲撃もなければ、なにかしらの罠が作動もしなかった。こっちの警戒を嘲笑うかのように、本当に物音一つ異常は起きなかったのだ。
「なに考えてんだろうね……」
各々に十分に休息をとり、入念に準備をして探索を再開する段に至ってなお、これまでアタシら侵入者に猛威を振るってきたこの地下工房は、一切の動きを見せない。
その不自然さから、アタシはついつい疑問を漏らしてしまったが、その答えを持つヤツがここにいるわけもない。意味のない行為だったが、バルモロが答えてくれた。
「さぁな。なんにしろ、探索を再開する他ない」
バルモロの言葉に、アタシは肩をすくめる。そう。なにもなくて不気味だという理由で、尻尾を巻いて逃げるわけにはいかない。最低でも、金目のものを見付けて、アタシらはこの町から去らなきゃならないんだ。
アタシはバルモロに頷きつつ、白い扉へと手を掛ける。ほとんど抵抗もなく、スッと開いた扉の先には、シンと静まり返った薄暗い廊下が続いていた。
「また廊下かよ……」
ウンザリとしたようなパトロクロスの言葉に振り向けば、それ以外の面々にも辟易とした色が浮いていた。アタシも同様だろう。ただし、ここが上階の廊下と違うのは広く天井が高い点と、いくつもの扉があるところだろう。
まるで、どこかの城や砦のような、いくつもの通路。こんなものが、地下にあるというだけで、信じられない。
「虱潰しに探すか?」
「そうさね……」
扉を見つつ聞いてくるバルモロに、アタシは悩む。この【
まぁ、こういうときは全員に諮るべきか。
「どう思う?」
「まぁ、なにかあるかも知れねえし、探してはみるべきだろうな」
アタシの問いに、パトロクロスが期待薄だけどなとでも言わんばかりの態度で虱潰し案に賛同する。
「確認もしてねえ部屋を背中に回して進むのなんざごめんだぜ。あのゴーレムみたいなのが満載されてる部屋なんかがあったら、退路が断たれる」
「……マグ、に同意……」
斥候の意見はもっともだった。たしかに、敵に後背を扼される危険は下げておきたい。
「……」
シドはこくりと頷いた。それがなにを意味しているのか、即座にはわからなかったが、恐らくはトゥレドと同じくマグに同意しているのだろう。
どうやら満場一致で、ドアを虱潰しに開けていく結論になったようだ。まぁ、満場一致といっても、アタシとしては、実はあまり乗り気ではない。この部屋になにも残っていなかった以上は、たぶんこれから探索する部屋にも、たいしたものは残っていないだろう。
各部屋の探索は、恐らくは徒労に終わる。ただまぁ、危険がないならいいかと、アタシもそれには同意した。
一番近い扉を開いた先にあったのは、最初の部屋と同じくいくつもの机が並んだ部屋だった。
――……あれから、恐らくは四時間程度。いくつかの部屋を探索してみたものの、そこにあったのは最初の部屋と同じ、少し荒れた机の並ぶ空室ばかりだった。資料のようなものはあったが、宝らしい宝は見当たらない。
この、なんともいえない退廃的な雰囲気が良くない。
本当に、取るものもとりあえず逃走したあとの廃墟のような場所だ。探索すればする程にそんな印象を受けて、不気味になっていく。
静かなのも良くない。
部屋からも廊下からも、なんの音もしない。アタシたちのたてる音や、例の切れかけの照明がジジジと鳴る音くらいしか、聞こえてこないのだ。それが逆に緊張を煽る。
そしてなにより、なにもないのが良くない。
成果もなければ、危機もない。あるのはただただ不安を煽る、人の営みの痕跡のみ。
考えてみればおかしい。机の数からして、ここでは数十人、下手をすれば一〇〇人を超えるような大人数が、なにかをしていたように見える。だが、もはや忘れそうになっているが、ここはあのハリュー姉弟の地下工房なのだ。これだけの人数が、こんな地下にいるはずがない。
あるいは、死んだと思っていた連中は、ハリュー姉弟に囚われ働かされていたのか?
「……サディ、階段があった……」
廊下を探索していたパトロクロスが、昨日と同じような言葉を、あのときとは対極の声音で吐いた。口を引き結び、蒼白なその顔から、なにかあったのだと察して、アタシもその階段を確認する。
そこにはたしかに階段があった。
まるでなんでもない、本当になにかの施設にあるような、特に装飾などない階段。さりとて、見た事もない材質の壁や床でできているのは、これまでの部屋や廊下と変わらない。
だがしかし、パトロクロスの顔を青くしていたのは、そんなものではない。
それは、これまでの光景に足りなかったもの。それを示すように、マグとトゥレドのいる踊り場には――夥しい、どす黒い血痕が残っていた。
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