第14話 細工は流々

 〈3〉


 その情報が我が耳に届いた瞬間、脊髄が赤熱する程に衝動怒りを覚えた。ああ、やはりそうなのだという、確認と失望の思い。

 そう、これは踏襲だ。私のときと同じだ。所詮我々は、が違うのだ。


 ●○●


 さて、下準備はこれでいいだろう。どこまで上手くいくかはわからんが、弟の方を呼び出した時点で、最低限の目的は果たせたといえる。主もそちらに専念するだろうし、こちらは私の仕事となる。

 そして、こちらが上首尾だろうと不首尾だろうと、主にはもはや関心がない。だが、それでいい。私のような配下が命運を左右するような計画では、甚だ心許ない。


「モーラー伯爵閣下!」


 ニスターリ男爵が私の名を呼び、駆け寄ってくる。その顔には、これからの計画に対する期待と不安、そして自分が陰謀に関わっているという悦びが浮いていた。ここまで浮足立っている様子を他者が見たら、事が露見してしまう惧れがあるのだが……。

 まぁ、構うまい。幼子に向けるような注意をガミガミとされるのは、当人も嫌だろうし、私もやる意義を見出せない。


「どうしたのかね?」

「殿下がお呼びです」

「左様か」


 殿下、か……。もしもあのバカを、第二王国の国主に据えられれば、国の混乱は必至。領域内の人間どもは、ダンジョンどころではなくなるだろう。その間に、主や他のダンジョンコア様が成長し、深くなられれば、私の長年の潜伏にも意味があったと誇れた。

 しかしもはや、それは不可能であろう。いかに人間が愚かであろうと、あんな馬鹿を主に据える程間抜けではない。もしそうなら、主はもっと容易く人間どもを滅ぼせていたはずだ。

 先代がモーラー伯爵家に潜伏し、私が息子としてそれを引き継いでから四十余年。その成果がこの程度だと思うと、やや物足りないという思いはある。ただまぁ、情報収集の任としては十二分に役割を果たせたという自負もある。

 少なくともしばらくは、第二王国内のダンジョンに対する知識レベルは、警戒するに値しない。やはり当面気にすべきは、神聖教のあるスティヴァーレ半島か……。あちらは、ニスティス大迷宮のダンジョンコア様が受け持ってもらえるだろうが……。


「いや、しかしそれも……」


 思わず懸念が口を突く。第二王国内の警戒すべき特異点は、三つ。ケブ・ダゴベルダ。ワンリー=トニト・フォン・シヴィレ。そして、ハリュー姉弟。

 この三要素がどう働くかによって、ダンジョンに対する姿勢は如何様にでも変化するだろう。特に、主が警戒するハリュー姉弟は拙い。彼らが故意にしろ、過失にしろ、ダンジョンの情報を人間どもに漏らせば、我等は一気に窮地に陥る。

 主もそれを考えて、姉弟と接触をしているのだろう。


「モーラー伯爵閣下?」

「ん? ああ、すまない。考え込み過ぎた」

「いえ。閣下の知性こそ、我々の便よすがですので」


 そう言って笑みを浮かべる、いまだ三十代半ばと若いニスターリ男爵に、私も薄く笑みを浮かべる。内心は唾を吐きかけたい思いだ。

 自らの命運をかける策すら、他力本願で内容を吟味する頭もない。そんな事だから主流派になれないのだ。いや、若いこの男はまだマシな方か。先達に倣っているだけだ。

 問題は、その倣われる年嵩の連中が無能である点であろう。いやはや、人間の組織作りというものは難しい。この事も、あとでレポートにして残し、主の糧にしてもらおう。


「殿下のお呼び出しだったな。急ごう。お待たせしてはいかん」

「はい」


 まぁどうせ、碌な内容ではない。目下、我らの懸念はあの者が短慮を起こして、計画を台無しにするのではないかというところにある。まぁ、私としてはそれも構わない。

 諫言も甘めにしている為、本当に愚行から計画を台無しにしかねない無能だ。

 構わぬ。精々状況を掻きまわして、あの弟を翻弄してやれ。ダンジョンコア様である姉の方も、それで考えを改めてくれれば良いのだが……。


 ●○●


 ガラガラと鳴る車輪に揺れる馬車が、僕のぷりちーなお尻を延々攻撃してくる。

 ぶっちゃけ、立ったままの方が幾分マシなのだが、馬車の内部というのはそこまで広くはない。不用意に立ち上がれば、今度は延々頭を小突かれ続けるハメになるだろう。


「外を走らされた方がマシだ……」

「奇遇だな、私もそう思う! ひとっ走りどうだい?」


 僕の独り言に、隣に座るポーラさんが嬉々として提案してくる。そんな妹に、向かいの席に座るディラッソ君が苦笑を浮かべつつ注意する。


「やめてくれ。同行しているのは伯爵家の者だけではないし、目的地も伯爵領ではない。お前の奇矯な振る舞いを隠す為に、父上の胃がダメージを負う事になる」

「むぅ……。そう言われるとな……」


 まぁ、伯爵令嬢が馬車の外を走らされていたら、何事かと思うだろう。そう思って、僕は改めてポーラさんの服装を見る。

 社交用のドレスではないが、かなり上等なワンピースとボディスを組み合わせた服装で、スレンダーな彼女の魅力を十二分に表している。また、黙っていれば上流階級のご令嬢に見えるくらいには、かなりお上品な服装だ。

 ちょっとディアンドルっぽい格好だが、あれはブラウスとスカートとボディスという、三つのパーツからなる民族衣装だから、この場合は違うか。伯爵家の使用人は、なかなかセンスがいい。

 眼前のディラッソ君は、コタルディというチュニック姿で、下はブレーと呼ばれる白麻のズボンを履いている。こちらはあまり、高級感のある服装ではないが、その分気楽そうだ。

 なお、大帝国初期はこのブレーは異民族のズボンで、トーガのような服装が主流だった為に、蔑みの対象だったらしい。だが、後々乗馬をする必要性から大帝国内に浸透し、現在のズボンを履く服装の起源にもなっという、なかなか面白い民俗学的来歴がある。


「お尻痛い……」


 結局、僕は港湾都市ウェルタンまでの道のりを、ひたすらお尻に攻撃を受け続けるしかないのかと諦め、大きくため息を吐いた。ディラッソ君もポーラさんも慣れているのか、苦笑を浮かべて慰めてくるだけだ。

 はぁ……。まぁ、ウェルタンからは船便で河を遡上するから、それまでの我慢か……。



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