第15話 港湾都市ウェルタン

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「うわぁ、でっかぁ……」


 馬車の窓から見えた港湾都市ウェルタンの光景に、僕は思わずそうこぼした。なんというか、資料でしか知らないが、昔のコンスタンティノープルって感じだ。流石に金角湾はないが、大河の河口に隣接する大都市は、背の高い城郭に囲われた城塞都市でもある。陸からも海からも、難攻不落が一目で見て取れる。

 アルタンなど比べ物にもならない。シタタン、ウワタンとも次元が違うし、伯爵領の領都たるサイタンと比べても、一線も二線も画する大きさと発展度合だ。

 トルバ海につながる港湾には、いくつもの大きな帆船と、小さな小舟が行き交っているのが、ここからでも良く見える。流れ込むゼンイーレイ河という運河にも、多くの船がある。それだけで、交易都市としてのウェルタンが、どれだけ発展しているかがわかる。

 最近は、戦争のゴタゴタでナベニポリスからも客が流れているようで、ただでさえ繁盛しているウェルタンだが、いまはさらに濡れ手に粟の好景気らしい。


「ふふふ……。そうしていると、ショーン殿もまるで見た目通りの少年に見えるな」


 いや、たしかに中身は見た目通りではないけど、これでも心は少年なんだが? まぁ、第二王国の常識で考えれば、高校生は立派な大人扱いだろうが……。


「やはり、初めて見るウェルタンには心躍らずにはいられないよね。僕も初めて見たときの事を思い出すよ。そうやって馬車の窓に張り付いて、ウェルタンが近付くのをずっと見ていた覚えがある」


 懐かしそうに微笑み、自分も窓の外を見るディラッソ君。果たしてそれは、現時点で三十代の彼にとって、何年前の話なのだろう? 年齢一桁のときの話じゃないよな?

 ウェルタンの街が、特別大きかったわけじゃない。なんとなれば、前世で住んでいた田舎の港町よりもよっぽど小さいし、大きな建物も精々五階建てくらいだ。

 ただ、高い城郭に囲まれた石造りの建物が立ち並ぶ町。港に並ぶ大型帆船。小さな船や馬車が頻繁に行き来しているのは、なんともレトロで新鮮な光景。それこそ、映画や小説の世界のようで、ワクワクしているのだ。

 うん。やっぱりちょっと子供っぽいか……。


「コホン……。いえ、まぁ、情報としては交易の拠点、大都市であるというのは知っていたのですが、流石に実際に目にするとですね……」

「ふふふ。別に責めているわけでも、揶揄からかっているわけでもない。そうやって、大人ぶって取り繕わんでもいいだろう?」


 いやいや、ポーラさん……。あなたのその顔は、完全に僕を揶揄っている顔だ。彼女に続いて、兄のディラッソ君まで微笑ましそうな顔でこちらを見つつ、言葉をかけてくる。


「そうだぞショーン殿。初見時にしか得られない、新鮮な思いというものは、いま味わわないと二度と手に入らないものだ。大事にするといい。僕も、初めてウェルタンを見たときの記憶は、いまでも鮮明に思い出せる程に良い思い出だ。老婆心ながら、君が将来『あのときもっとちゃんと見ていれば……』という後悔をしない為にも、変な意地は張らない方がいい」


 クソ……。完全に子供扱いされている。まぁ、仕方ない。彼らの目には、僕は間違いなく子供に映っているのだ。たしかに、ここで意固地になってすまし顔を続けても、得られるものは特にない。

 僕はそう思い直して、再び馬車の窓からウェルタンの全景を観賞する。ふむ……。流石にコンスタンティノープル程、城郭は重厚な代物ではなさそうだな。たぶん、千年不落とはいくまい。

 ウェルタンを落とす労力を思えば、さっさと王都シャスィリ・ドゥルルタンまで行った方がいい。まぁ、あっちの防御力がどんなものかはわからないが、一港湾都市と一国の首都は比べられないだろう。船便一本の距離だしね。


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 都市に入る為の検査はそこまで長くはないものの、伯爵領内のように家紋で顔パスではない。ウェルタンは、いまは伯爵領ではなく、王家直轄領なのだ。


「やっぱり、交易都市だけあって人が多いですね。それに人種も多種多様で、獣人や妖精族も結構いる……」


 マクロな視点からは、ごくごく普通のレトロな光景だったのだが、車窓から覗く街並みは、途端にファンタジーになる。

 只人族だけでも、巨人や小人、肌の色も白から黒まで。そこにさらに、定番のエルフやドワーフ、小人と見分けが付かない妖精族に、ケモ度二〇%から、二足歩行以外ほとんど動物といった八〇%超えの獣人族と、本当に多種多様な人種が散見される。

 人種がバラエティ豊かに見えるのは、他にも服装がバラバラだからだろう。第二王国風のものから、はるか南方の異教徒風、獣人風、西方のパーリィ風、ウサギ半島風、北方の公国群風、果てはジグ・ドリュッセン風まである。良く見れば、帝国風スティヴァーレ半島風の服の人もいるだろうが、その辺りの差異は誤差みたいなものだ。

 僕の感嘆の声に、手元の書類から顔をあげたディラッソ君が、相変わらず微笑ましそうな顔で答えてくれる。


「そうだな。ウェルタンは北大陸だけでなく、地中海を通じて南大陸、アンバー街道を通じて北方、妖精半島ともつながっている。外国所属の交易商もあちこちに軒を連ねており、商船の乗組員らもいるだろうし、それらに随行した普通の旅人もいるだろう。数多の人々が、それぞれの思惑で集う街だ」


 ディラッソ君が、複雑そうな表情を浮かべて窓の外を眺める。

 かつてはこの都市も、ゲラッシ伯爵領の一部だった。勿論、その港湾の重要度から、領有に際して国への多大な貢献も求められただろう。だが、実際に懐に入る富の総量は、現在のそれとは段違いであったはずだ。もしもその利益が、いまの伯爵領にあれば、先の紛争や領地経営にも随分と余裕が生まれるだろう。

 ディラッソ君の表情は、そういうない物ねだりの意味が強い。まぁ、むべなるかな。僕はその表情に気付かないフリをしつつ、話を続ける。


「アルタンもスパイス街道上の宿場町で、それなりに豊かで人種も多彩だと思ってましたが、ウェルタンは完全に別世界ですね。外国だと言われても納得してしまいそうです」

「そうだな。我が領の収益の大部分は、スパイス街道からあがる交易によるものだ。それはこのウェルタンから派生した、一つの交易ルートでしかない。他にも海を使った南方交易と、運河を使った北方交易、二種の商業ギルドがあって、それぞれの交易だけで伯爵領が四、五年は賄える資金が動く。無論、すべてが商人たちの利益というわけではないがな」

「お金、物、人が集まる交易都市ですか……。これだけの規模の交易拠点ともなれば、今後ウェルタンが王冠領に戻ってくるという事は、まずないと見ていいでしょうね」

「ああ。それは我々も覚悟している。変に期待するつもりもない」


 肩をすくめるディラッソ君。まぁ、第二王国にとって重要な収入源だし、わざわざ王冠領に返してやる理由はないだろう。


「そうですね。変に求めない方が、中央から余計な疑念を持たれなくていいでしょう。伯爵領という、中央と王冠領との間におかれた領地の領主ともなると、かなりのバランス感覚が必要となるでしょうから」

「そうだな……。僕自身は、中央には然程思い入れはないのだが……」

「それでも、ゲラッシ伯爵家は一応、中央派閥に属しているでしょう? 不義理な真似は、信用を失いますよ? ただでさえ、ディラッソ様はまだ若いんですから」

「ああ、そうだな。派閥を軽んじると、王冠領の他領からも白眼視されてしまう」


 疲れたとでも言わんばかりに、馬車の天井を仰ぐディラッソ君。まぁ、この厄介な領地の次期領主ともなれば、気苦労はいくらでもあるだろう。


「兄上。このあとの予定はどうなっているのだ?」


 話題を変えるように、ディラッソ君に話しかけたポーラさん。もしくは、話が複雑で聞いているのが面倒になったのかも知れない。



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