第16話 モーラー伯爵家

「そうだな。まず、チェルカトーレ女男爵と合流する。彼女には、ウッドホルン男爵という文官が同行しており、護衛も五人程ついているそうだ。ウッドホルン男爵は宮中伯閣下からつけられた、君の護衛のようなものだ」


 ディラッソ君はそう言って、僕に笑顔を向ける。しかし、れっきとした男爵を護衛扱いというのは……。

 というか、護衛が五人もいてサリーさんまでつけたのか? どう考えても、男爵一人相手には戦力過剰だろう。大人数になれば、サリーさんの強味である機動力も削がれるだろうに……。


「護衛ですか?」

「ああ。君にウッドホルン男爵がついている限り、同じ第二王国貴族は軽々に手を出せない。いや、それは父上や僕がついていても同じなのだが、ゲラッシ伯爵家そのものを敵に回すつもりなら、それでも君に攻撃をしかける事はできなくもない。我等はあくまでも一伯爵家でしかなく、君やハリュー家もまたその傘下に過ぎん」

「まぁ、たしかに」


 実際問題として、問題が貴族間同士の紛争に収まる限りにおいては、王冠領も中央派閥も、あからさまな介入はできないだろう。ともすればそれは、伯爵家の自治権を脅かし、裁量権に無造作に手を突っ込むような真似なのだ。

 伯爵家が願ったというのならまだしも、王冠領や中央が勝手にそれをする事はできない。そして、伯爵家側もそれを望まないだろう。

 自治権を守れず、独自の裁量で紛争を収められないというのは、それだけ他の領主たちからは顰蹙を買う。他の大貴族、寄親、王家や中央の官僚貴族らが、それを前例に、地方の自治権に介入したり、紛争調停の名目で影響力を増大されては、地方領主貴族などはたまったものではない。

 もしもゲラッシ伯爵家そのような真似をすれば、その他地方領主たちは伯爵家を白眼視するだろう。


「そういう状況を、その男爵様を僕に張り付かせる事で、事前に回避しようというおつもりですか。まぁ、護衛といっていえなくもないですね」


 僕がそう結論付けると、ディラッソ君は苦笑していた。なお、ポーラさんはとっくに、車窓から覗くウェルタンの活気溢れる光景に夢中で、こちらの話を聞いている様子もない。


「まぁ、起こっていない紛争は、解決するもなにもない。逆に、この状況で君にちょっかいをかけてくれば、我らゲラッシ伯爵家だけでなく、中央派閥も問題の当事者だ」

「そうなれば、ラクラ宮中伯や中央の一大派閥が紛争解決に尽力しても、問題ない大義名分が整うというわけですね?」

「そういう事だ。ウッドホルン男爵が君と同行する名目は、先の帝国との騒乱における査問となっているが、まぁただの建前だな。他の貴族らに、面倒事を起こすなという、暗黙の警告といえる」

「それならいいんですが……」


 あまり本腰を入れて調べられると、僕らと帝国とのつながりが露見しかねない。いや、ある程度のつながりがあるのは、すでに知られているだろう。ホフマンさんとの取り引きは、公のものだしな。

 建前とはいえ、その辺は突っつかれる可能性もあるので、覚悟はしていよう。


「護衛が多いのには、なにか理由が?」

「それはまぁ……、おそらく宮中伯閣下も、なにかが起きる事は予見しているのだろう。いきなりモーラー伯爵とマクシミリアン殿下からの召喚だからな。私や、ウッドホルン男爵のようなお守りが付く事は、殿下はともかく、モーラー伯爵は想定していたはずだ。その為、なにが起きても対応できるよう付けられた護衛だと思う」


 ふむ。つまり、政治的なお守りがそのウッドホルン男爵で、武のお守りがその護衛か。随分と手厚い事だ。いやまぁ、それだけ第二王国にとって『ハリュー家』というものの重要度が高まっているという意味なので、喜ばしい事態ではある。それはすなわち、僕らの安全度が増したという意味なのだから。

 しかしディラッソ君……、無意識だろうが君、王位継承権持ちの殿下を、かなり軽んじた発言をしているぞ? 身内しかいない馬車内だからと気を抜いているのかも知れないが、それは良くない。誰かの耳に入れば、それは政治的な瑕疵となり得る。

 場合によっては、ラクラ宮中伯だって庇えないような問題に発展する可能性すらあるのだ。ボロを出さないよう、それとなく注意しておくべきだろうか。ディラッソ君や伯爵家に弱体化されると、僕としても困るのだ。


「そのモーラー伯爵という方の為人ひととなりは、どういうものなのです?」

「優秀な貴族だ。先代モーラー伯爵は、第二王国の三士爵、【騎士爵】【術士爵】【博士爵】をすべて得た程の傑物だったと聞く。現モーラー伯爵も【術士爵】と【博士爵】は有しているそうだ」

「なるほど。それはまた優秀な……」


 逆に、貴族でありながら【騎士爵】を取れないというのは、ちょっと首を傾げるところだ。よっぽど運動神経が悪くて、騎士になれなかったのだろうか? 資金さえあれば維持、継承が可能で、三士爵の中では一番世襲される爵位なのだが……。

 まぁ、術士爵と博士爵ってだけってのはかなり文系っぽいし、運動が苦手なイメージだよな。


「モーラー伯爵家は歴史こそ長いのだが、一度家系が途絶えかけていてな」

「そうなんですか?」

「ああ。なんでも、大帝国以前のルォタン王国からの家系らしい。ただ、代々近親婚の傾向が強かったせいか、先々代の頃には一族で先天的な障害や奇形の子が生まれやすく、全体的に病弱だったらしい。実際、モーラーの血族はかなり細っていて、断絶してしまったところも多いそうだ」


 その話を聞いて、僕は聞き齧った覚えのある話に思い当たり、やや脱線するが聞いてみた。


「そういえば、いまの第二王国では近親婚はなによりも忌避されるそうですね。もしかして、それが理由ですか?」

「まぁ、モーラー伯爵家だけの例ではないがな。同じように近親婚を繰り返してきた古い家系の多くが、病などから断絶や没落をしていった結果、先代モーラー伯爵家の顛末を契機に、そういう風潮が強まったとは聞く。結果、いまの第二王国貴族間では、近親どころか三代の内に同族の血が入った相手とは娶せない、という不文律ができつつある。僕の妻も、婚姻の際には詳しく係累を調べあげられたそうだ。いまはそこまで神経質にはならないが、父の代がまさに『モーラーショック』の時代だったそうだ」


 それなら、僕だって所謂『何処の馬の骨とも知れない輩』なのだから、ポーラさんとの婚姻には慎重になって欲しい。もしかしたら、遠い遠い親戚かも知れないだろう? いや、ないか……。僕の年齢からして、ゲラッシ伯に身に覚えがないのなら、僕が血族である可能性は限りなく低い。そもそも、元中央の帯剣貴族の家系だしね……。

 まぁ、そもそも人間じゃない以上、可能性は絶無なのだが。

 コホンと一つ咳払いをしてから、ディラッソ君が話をモーラー伯爵家に関するものへと戻す。敵として厄介なのは、ボンクラ王子よりも、この伯爵だという意識なのだろう。僕もそう思う。


「このままでは家名の断絶もあり得ると危惧した先々代モーラー伯爵は、平民から三士爵を授爵するという偉業を成した、先代を娘婿として迎え入れた。娘には、無理に子供を産ませなかったと聞く。一応、当代は正妻の子となってはいるが、健康面に一切の憂慮が窺えない点から、側室の誰かの子を正妻の養子にしたのだろうというのが、もっぱらの噂だ。つまり、モーラー伯爵家の血は、一度途絶えたといっていい」

「なるほど。ですが、一応は家運を延べ、当代も優秀なのでしょう? 敵としては、なかなかに厄介では?」


 大帝国以前から続く、由緒正しい伯爵家の影響力というものは、バカにならない。恐らく、影響力という面ではゲラッシ伯爵家でも、太刀打ちは難しいだろう。一つの派閥の長となるのだから、経済力の面でもゲラッシ伯爵家より大きいのかも知れない。

 僕の予想を裏付けるように、ディラッソ君は深く頷く。


「その通りだ。モーラー伯爵が頭目となった為に、【新王国派】がここまで台頭できたとまで言われている程には、優秀な御仁だ。派閥の長となったのも、先代の時点で、元々昵懇だった家々に疎んじられたが故に、鞍替えが必要だったかららしい。先代モーラー伯爵を自派閥に組み込みたかった宮中伯閣下は、大魚を逃したと嘆いたそうだぞ」

「なるほど……。しがらみの多そうな既存派閥を避けて、新興の派閥を選んだんですかね?」

「かも知れん。竜の尾より蜥蜴の牙とも言う」


 鶏口となるも牛後となるなかれ、みたいな諺かな? 竜の尾には、蜥蜴の尻尾みたいな意味もありそうだな。


「だが、結果としていま、その新興派閥は窮地に立たされている。そのまま、人が離れ、バラバラと自然消滅してくれるならありがたかったのだが……」

「僕を呼び出すという、動きを見せた、と。そこにどんな意図があるかはともかく、それは『ただ座して滅びを待ちはしない』という、彼らの意思表示になったわけですね」

「そうだ。だからこそ、万全を期さねばならない。準備は過剰なくらいで丁度いいというわけだ」


 まぁ、たしかにそうなんだけれどねぇ……。やはりどうにも嫌な予感がするのだ。とはいえ、僕だって過剰なくらいに迎撃の準備は整えたつもりだ。

 あとはもう、果報を寝て待つくらいしか、する事はない。


 馬車はウェルタンの大通りを抜けて、大きめの建物の影へと入ったようだ。ここが目的の宿か……。



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