第17話 宮中伯のエージェント

 ●○●


「ウバ=ウィデル・フォン・ウッドホルン男爵である」


 ゲラッシ伯、ディラッソ君、ポーラさんの順に挨拶をしたウッドホルンさんが、僕に向かって自己紹介を述べる。場所は宿の一室。ロビーとかではなく、ウッドホルン男爵たちが借りている部屋である。というか、この宿のロビーは、従業員や宿泊客がひっきりなしに行き交っていて、挨拶などに使える雰囲気の場所ではない。

 僕は男爵の挨拶に、恭しく頭を下げて返した。


「ゲラッシ伯爵家家臣、グラ・ハリューの弟、ショーン・ハリューにございます。男爵様にお目通り叶いましたる事、誠に幸甚にございます。伯爵様よりお伺いいたしましたところ、どうやら私の為にお骨折りを頂けるとの事で、誠に恐縮に存じます」


 僕の慇懃な挨拶に、室内に漂っていた緊張感が弛緩していくのがわかる。このウッドホルン男爵や護衛の方々も、どうやら僕がウッドホルン男爵の貴族らしい振る舞いに反感を覚えないか、逆に無礼で横柄な言動を取らないか、憂慮していたようだ。貴族相手に無礼を働いたら、彼らも、庇護者であるゲラッシ伯爵やディラッソ君も、僕を咎めざるを得ないからな。


「だから心配いらないって言ったんですよぉ。グラちゃんの方はまだしも、ショーン君の方は礼儀正しくて、頭もいいんですからぁ。あ、こんにちはー、ショーン君」


 そこで、護衛の中では唯一安堵の表情を浮かべていなかった、サリーさんが挨拶をしてくる。

 かなり砕けた口調、元のニコニコと穏やかな表情で話しかけてくるが、同じように答えるのは悪手だろうな。私的な場ではあるけど、ここで貴族を貴族と思わないような態度をとれば、ウッドホルン男爵を始めとした初対面の人たちには結局悪印象だ。


「お久しぶりでございます、チェルカトーレ女男爵閣下。過日の戦振りでしょうか? ご壮健のようで、なによりでございます」

「ええ~、……――あ。そうかぁ……。そうですよねぇ、私も一応爵位持ちですものねぇ」

「はい。先般、戦場を共にした戦友に心苦しい限りではございますが、けじめというものは必要にございますれば……」

「そうですねぇ。その方が良いと、私も思います」


 僕の慇懃な態度に、最初は困惑の表情を浮かべたサリーさんだったが、チラリとウッドホルン男爵らを見て納得の表情を浮かべる。そう。無礼講だからといって、本当に目上の人物に無礼を働いていいわけではないのだ。

 無礼講という言葉も、『無礼・講』ではなく『無・礼講』という構造だ。その由来は、神事において奉納した神酒みきを授ける直来なおらいを礼講、その二次会的な宴席を無礼講とするのが本来の意味らしい。……と、妹が言っていた。

 閑話休題。

 その後も、お貴族様同士でのやり取りが続くが、僕は一歩退いたところで黙って立っていた。会話に混ざるのは僭越だし、特段混ざりたいわけでもない。当人たちだって、たぶん『面倒臭ぇなぁ』とか思いながら、格式ばったやり取りをしているのだろう。

 ぼんやりとそんな事を考えていると、護衛の紹介の段に至ったようで、一人の厳つい髭の男性が一歩前に出る。歳の頃は、四十代半ばといったところだろうか……?


「護衛隊の隊長を務めている、チャズ・フォン・ウーズだ。一応、騎士爵を有している」

「ウーズ士爵!? 宮中伯閣下も随分奮発したようだな……」


 驚いている様子のディラッソ君を盗み見ていたら、僕と同じく手持無沙汰だったポーラさんが耳打ちしてくれる。


「ウーズ士爵は、第二王国でも有数の武人だ。個人の武勇も、将としての指揮力にも定評のある、シヴィレ子爵とはまた別の意味で有名な御仁だ。たしか、宮中伯の派閥だったように覚えている」


 なるほど……。まぁ、騎士と冒険者という違いがある以上、評価基準もいろいろあるのだろう。いうなら、同じ『戦闘』を生業にしているのだとしても、軍人とボクサーに求められている能力はまったく違う。ボクサーの世界大会出場者が優秀な軍人になれるとは限らないように、優秀な軍人もまた優秀なボクサーになれるとは限らない。なれるかも知れないけどね。

 シヴィレ子爵というのは、【雷神の力帯メギンギョルド】のリーダー、ワンリーさんの事だ。この人はこの人で、冒険者としての能力が突き抜けている専門家であり、ダンジョン勢としては、ウーズさんよりも警戒すべき対象だ。まぁ、だからといって、ウーズさんの脅威度を低く見積もるつもりはない……。


「どれくらい強い人なんですか? ティコティコさんと戦ったら、どっちが勝ちます?」

「いや、流石にわからん。私も、実際に両者の戦いを目の当たりにした事もなければ、下馬評も耳にしていないからな……」

「そうですか」


 残念だが、ポーラさんの答えは当然のものだ。テレビも新聞もないこの世界で、会った事もない他人の強さを推し量るのは至難を極める。噂話だけを鵜呑みにすればバカを見る。大抵、そういう噂は誇張されて伝わるのだ。僕ら姉弟の噂もそうだし、ベアトリーチェの噂もそうだ。

 たぶん、ワンリーさんとウーズさんの下馬評はあっただろうが、その場合僕が二人とも実力がわからないので、なんとも言えない……。


「ただ、冒険者ならば貴族籍に関わらず、一級相当の実力とは聞いたな。戦場で挙げた武功も赫々かっかくたるもので、第二王国の武人界隈ではかなりの有名人だ。地方領主たちの間でも、頼れる存在として好意的に名が囁かれている」

「なるほど……」


 ウーズさんに続いて、次々と自己紹介を続ける護衛の騎士たち。そんな自己紹介を聞き流しつつ、僕とポーラさんはヒソヒソと声を潜めて話していた。

 冒険者ギルドの階級の評価基準は、純粋に戦闘能力のみとされている。そうである以上、本当にこのウーズさんは一門の人物なのだろう。件のワンリーさん、セイブンさん、ティコティコさんに加えて、さらに一人、ダンジョンコアと一対一で戦えるような人材か……。

 第二王国の広さを思えば、それでも少ないといえるのだろうが、やはり人材は豊富なようだ。新たな脅威の出現に、正直ウンザリさせられる……。


 そんな風に思っていたら、諸々のやり取りを終えて解散となっていた。残りの護衛で気になったのは、イケメンの騎士と男装の麗人系女性騎士の二人かな。イケメン騎士がルートさん、女騎士の方がヒナさんというらしい。どちらも、爵位はない軍人騎士だとの事。



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