第6話 ダンジョン内の優位性

 ●○●


 ダンジョンというものは、ついつい探索する冒険者がイニシアチブを握っていると思いがちだ。だが実際のところは、フィールド、モンスター、攻略時間等の条件を自由に用意できる、ダンジョン側の方が優位である。

 例えば、長槍や長剣を装備する、戦場ならば誰にも見劣りもしないような立派な装備の集団がいたとして、そんな相手が道幅も天井も低い場所で、小柄なモンスターと対峙したらどうなるか?

 そう、例えば眼前にあるような、人一人が腰を曲げてようやく通れるような、抜け道のような場所だ。


「サイネちゃん、代わる」

「そぉねぇ。そういうところは、アタシたちの出番よ」


 声をかけたのは【アントス】のペラルゴニウムさんとカメリアさん。長身のデイジーさんやフロックスさんは、フィールドの特性的に譲るようだ。フロックスさんは基本武装も長柄だしね。


「……ん」


 可愛らしいフード付きのローブに身を包んだサイネリアさんが、小さく頷いてから戻ってくる。白と水色を基調としたローブは、探索の結果汚れが目立つものの、元の素材がいいのか、洗えばすぐに綺麗になるらしい。

 その手には木材と鹿のような角を組み合わせ、貴金属で補強したような杖を把持している。一目で、なかなかの逸品だとわかる。専門の杖職人の謹製だろう。後学の為にも、ちょっと見せてもらいたいが、たぶん無理だろう。

 ぴょんぴょんと後方に戻ってきたサイネリアさんは、チラリと僕をみたのち、ぷいっと顔を逸らしてしまう。元々かなり無口な性質だそうだが、この旅が始まってからこっち、この人とだけは会話を交わせていない。どうやら、結構警戒されているらしい。

 まぁ、我ながら近寄り難いような噂ばかりなので、それも仕方がないだろう。ちなみに、中身は普通の美少年から美青年って感じ。歳も高校生くらいだと思う。特に女装してもいなかった。性的嗜好や、性自認がどちらかは、話していないのでわからない。


「俺っちも斥候っすけど、手は足りてるっすか?」

「狭い。周囲の警戒を任せる」

「狭いからねぇ。フェイヴちゃんはぁ、ここ以外の警戒をヨロ。ダンジョンじゃぁ、横槍や背撃が一番怖いんだからねー」

「そっすね。了解っす」


 ペラルさんの、ぶつ切りの言葉を、カメリアさんが訳してフェイヴに伝える。熟練冒険者同士の、阿吽の呼吸って感じだ。この辺り、僕はまだまだ冒険者としての経験が浅く、プロフェッショナルたちの会話に混ざれる気がしない。

 だからついつい、隣のデイジーさんに疑問に思っていた点をぶつける。


「あんな狭い空間では、槍使いのカメリアさんは武器の取り回しに支障があるのでは? どちらかといえば、デイジーさんが適任なんじゃないかと思うのですが。違うのでしょうか?」

「まぁ、もう少し広ければ私なんだけど、あそこまで狭いとこれでも取り回しに難があるしね」


 デイジーさんが、ポンポンと腰の短剣を叩く。たしかに、屈みながら進まなければならないような場所では、いかに取り回しがしやすい短剣といえど、あちこちぶつけてしまいそうだ。

 僕やカメリアさん、あとはサイネリアさんは、体型的にあの空間でも武器を扱えるだろうが、大柄なデイジーさんやフロックスさんは、得物がナイフでもなければ、結構大変だろう。

 まぁ、同じようにそこそこ長身のセイブンさんは、なにが来ても平然と直進しそうではあるが……。


「来た。天井」

「代わるわぁ」


 コロコロと後転しながら下がるペラルさんを跨ぎ、前に出たカメリアさんが短槍を繰り出した。狙い過たず、現れた青病そうびょうネズミを刺し貫く。だが、こちらからは見えないが、まだ数匹残っているらしくカメリアさんは構を解かない。

 こいつは、噛み付いた相手に高熱を引き起こす病毒を付与する。ただし、それ以外は多少素早いだけの下級モンスターであり、普通にダンジョンで遭遇する分には、然したる脅威にならない。精々、寝てる間に噛まれる危険があるくらいだ。

 ただし、それがこういう狭い空間で、しかも群れになって襲ってくると、非常に厄介なのだ。


「フン。せめてもう少し、素早ければ、ね」


 だが、そんな青病ネズミも数秒でカメリアさんの短槍の露と消えた。残ったのは、下級モンスターに相応しい、小さな魔石が七つ。すぐにそれを回収すると、再び先頭をペラルさんと交代する。


「見ての通りよ。私よりもカメリアの方が、狭い場所での戦い方は心得ているってわけ。下手に逃げ場がない分、ああいう狭い場所での槍の刺突は、一撃必殺よ」

「なるほど。他の取り回しができない分、刺突だけの対処を求められるんですね。だからこそ、剣のデイジーさんより、槍のカメリアさんなんですね。勉強になります」

「まぁ、もう少し広ければ私の短剣の出番だし、二人並べる場所ならバランスを考慮してカメリアとフロックスちゃんかしら? 勿論、私でもいいんだけど、私とカメリアが組む場合は、基本的にはカメリアが長柄に持ち替えるから、ある程度以上の広さがいるの」

「ふむ。つまり、それもバランスですか?」

「そうよぉ。私が短剣と長剣を場面場面で使い分けるように、私たちというメンバーの特徴も、場面場面で入れ替えて柔軟に相手に対処できるようにしているの」


 なるほど……。やはりベテランの上級冒険者ともなると、ダンジョン側が用意したフィールドに対処する為の手段を、いろいろと用意しているらしい。その臨機応変さが、安定した探索につながるのだろう。

 ダンジョン探索を心得ていない者では、ああいう罠に対処できず、死亡せずとも体力や精神力を削られてしまう。ものによっては、やはり命にも関わるだろう。やはりそれだけ、ダンジョン内においては、ダンジョン側が優位にあるのだ。

 だが、冒険者はそんな自分たちに不利に整えられたフィールドを攻略する事に慣れている。やはり、僕らダンジョンにとっての脅威は、ただ単に強いだけの騎士や英雄よりも、こういう堅実な冒険者だと思う。

 こういう人たちがいなければ、どれだけ強い人間が攻めてきても、鼻歌歌いながら待ち受けられるのに……。


 二人が安全を確認し、それから全員が躙り口のような、狭い通路を抜ける。こういう場所は、ダンジョンの最奥につながっている可能性が低い。もしもこの狭い通路の奥に、階層ボスのような強いモンスターがいて、そいつが受肉してしまった場合、ダンジョン外への排出が著しく困難になるからだ。もしもその先がダンジョンの最奥と通じていた場合、そのモンスターの進路は一方通行になってしまう。

 ダンジョンにとって、モンスターは大事な防衛機構であると同時に、自らを滅ぼす惧れすらある、利害得失あるものなのだ。人間を倒す為に整えた戦力が、自分に牙を剥くなど、鬱陶しい事このうえない。

 案の定、その奥は行き止まりであった。とはいえ、必ずしも無駄骨というわけではない。少なくともここには、大きな体躯のモンスターは這入って来れないのだから、ダンジョン内で比較的安全に休息が摂れる場所と考えれば、それ程悪くはない。

 勿論、完全に油断する事はできない。少なくとも、青病ネズミには注意が必要だろう。

 斥候の二人が罠の有無を確認し、本日はこの場での野営と相成った。



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