第7話 ウサギ到来

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 アルタンの町からハリュー弟が去ったこのタイミングを、逃す理由はない。できればグラが外に出てきたタイミングで接触を図りたいが、残念ながらというべきか、当然ながらというべきか、ショーン・ハリューがいなければそうそうグラが外に出て来る事はない。

 それ自体は、ダンジョンコアである以上当然ではあるのだが……。


「できれば……、不確定要素しかない姉弟のダンジョンには入りたくない。悪目立ちするのも良くないが、最悪なのは開口部を一級冒険者パーティのメンバーが固めている」


 しかも、いま張ってるのが【アステリスクス】と【剣山刃壁】か……。防御に長けた魔術剣士も厄介だが、なにより拙いのは【雷神の力帯メギンギョルド】の斥候、フォーン・ラバーキンだ。

 こいつは、それまでは人類に対して有効だったモンスター、鋼蜂の有用性を根底から台無しにした女だ。いまはまだ残っているが、いずれは【基礎知識】から鋼蜂の存在は、薄れて消えるだろう。

 まったく、惜しい事だ。事と次第によっては、鋼蜂の群体は人類の大きな脅威となっただろうに……。

 ともあれ、このフォーンから下手に敵意を買うと、スッポン並みに食らい付いてきかねない。しかも、斥候というのが実に厄介だ。真っ向勝負で来るならいくらでもやりようはあるのだが、最悪『私』という存在を、人間、ダンジョンの双方に公表する事によって、こちらの目的を挫きに来かねない。


「だが、次にこのような機会がいつ訪れるか……」


 ショーン・ハリューの干渉を受けない、グラ・ハリューと接触する機会だ。次を期待するのは、気の長い作業になる。場合によっては、ショーンがいても接触するという、強引な手段に打って出ねばならない事もあろうが、流石にまだ時期尚早が過ぎる。

 ここ数日、ハリュー邸を観察していたが、フォーンが屋敷に近付くのは昼間。それも数日おきだ。次に彼女が訪れた日の深夜を狙って、ダンジョンへの侵入を試みるか?


「クソ。もっと普通のダンジョンであれば、簡単に侵入もできたというのに……!」 


 しかし、それも詮無い事か。なにしろ、人間の町のど真ん中に生まれてしまったダンジョンだ。いまだにその存在を秘匿し、成長を続けている事の方が驚きだ。まるでニスティスだな。やり方は随分と違うが……。


「正面からアポイントメントを取るか……? いや、それも厳しい……」


 ハリュー家の窓口は、まず使用人である人間。その次に、弟のショーンだ。

 グラに直接アポを取る事など、難事も難事。彼女が宝飾品の【鉄幻爪】を作っているという情報が出回った段階で、多くの商人が彼女に直接接触を試みた。バスガルを討伐したあと、転移術の使い手であると知られたあと、そして今回の戦のあとにも、彼女と直接接触を図ろうとしている者は多い。だが、その努力が功を奏した者の情報など、一切ない。

 姉弟と繋がりの強い、カベラ商業ギルドやスィーバ商会を仲介するというのも手だが、私たちの存在が人間に知られるリスクを冒すのも悪手だろう。前例に倣うならば、姉弟のダンジョンに侵入を試みた集団に便乗するべきか……。だが、そのような事態を待っていられるわけもない……。


「なにかしら、事件を起こすか……? いや、アルタンは短期間に事件が起こりすぎて、暗躍するには人間どもの目が多い……。人間どもの方で、勝手に騒ぎを起こしてくれれば幸いだが……」


 などと益体もない事を考えていたら、アルタンの門の辺りから喧騒が聞こえてくる。


「……なんだ?」


 よもや、本当に人間どもが勝手に騒ぎを起こしたのか……? これに乗じて、グラと接触を図る事はできるだろうか?

 などと考えていた私の耳に、町を伝播してきた男の絶叫が届く。


「ウサギだァ!! 女ウサギが出た!! 男は全員身を隠せェ!! ガキからジジイまで、全部だ全部!!」


 なんだとッ!? クソ、これじゃあハリュー邸どころじゃなくなるぞ。なんだって、第二王国くんだりにウサギが現れるッ!?


 ●○●


 明けて翌日。いよいよ、ダンジョンの最奥に辿り着いた僕らは、ダンジョンの主――ダンジョンコアとの戦いに挑んでいた。

 ダンジョンコアは動物型だが、種類的にはなんだろう? ヌートリア? ネズミ型、でいいのだろうか? まぁ、なんでもいいか。

 戦闘は主に【雷神の力帯メギンギョルド】が担い、僕と【アントス】の面々はサポートである。具体的には、ダンジョンコアが生み出し、牽制に使っているモンスターの駆除と、ダンジョン内に残っているモンスターの不意打ちを防ぐ役割だ。

 あと、僕の場合は幻術による支援バフが必要になったら呼ばれる手筈になっている。まぁ、幻術による支援バフって、重症の痛みを感じなくさせたり、敵の幻術に対抗したりなので、できる事ならあまりお役が回ってこない方がいい。あとはまぁ、過剰な闘争本能を刺激して、戦闘能力を向上させる代わりに冷静な判断ができなくなる、所謂バーサク状態にする事もできるが、どちらかといえば妨害デバフだしねぇ……。

 なお、ダンジョンコアに幻術を施す必要はないらしい。抵抗レジストに生命力のリソースを割かせ続けるのは、結構効果的だとは思うのだが……。【アントス】がセイブンさんを温存して、このダンジョンの最奥に届けた労に報いる意味でも、どうやら基本セイブンさんが一気にカタを付けるつもりのようだ。

 油断をしているわけではないのだが、元々生まれたてのダンジョンコア相手に、こちらは過剰戦力もいいところだ。場合によっては、【アントス】と僕に、サポートの五級のパーティがいくつかいれば、十分に討伐も可能だろう。

 実際、以前僕が疑似的に作ったミルメコレオのダンジョンは、僕ら姉弟とシッケスさんの三人に加え、ラベージさん、チッチさん、ラダさんの六人で攻略に赴いたのだ。そのときも、シッケスさんとィエイト君が二人もいては、戦力過剰だと思った覚えがある。


 ガァンという、まるで鉄板と鉄板がぶつかり合ったような音が響く。そこでは、体長四、五メートルはありそうな大きなヌートリアの毛皮に、拳を突き立てているセイブンさんがいた。



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