第5話 花の色は匂へど

 ●○●


 意外と遠かったトポロスタン! その理由も明白で、一旦運河の宿場町まで東に移動してから、その運河を遡上してガイタンの町へ。そこから西に移動して、ようやくたどり着くのがトポロスタンだったからね。

 直線距離ならアルタンから北に二、三〇キロといったところだが、移動距離は一〇〇キロ以上かも知れない……。

 僕、フェイヴ、セイブンさん、シッケスさん、【アントス】の一行がこのトポロスタンに到着した時点で、緊急依頼から既に五日だ。こんなにかかるなら、正直冬の山中を竜たちで北上する方がマシだった……。

 なお、【雷神の力帯メギンギョルド】がアルタンにいるフルパーティではないのは、セイブンさんの判断で、グラを護衛する人材を残したかったから、との事。正直、フォーンさんとィエイト君の能力も検証しておきたかったのだが、変に拘泥するのもマズいので、泣く泣く諦めた。


「ショーンちゃん! これどうかしらぁ?」

「良くお似合いですよ、デイジーさん」

「あら、そうかしらぁ? ふふふ……」


 嬉しそうに人差し指に装着した、僕の作った【鉄幻爪】を眺める【アントス】のデイジーさん。鋼に紅縞瑪瑙サードニクスをあしらった代物だ。オニキス系の宝石は、単純な幻術と非常に相性がいいので、それなりに重用している。

 女性のようなスカート姿ではあるが、はれっきとした男である。なお、当人もそれを認めており、先天的にも後天的にも女性の心を有しているというわけではなく、単に女装が好きな男性のようだ。

 一目で手入れが行き届いていると察せられる、長い青髪に、琥珀の瞳。美しいというよりは、精悍と表するような顔立ちながら、お肌は割とぷるっぷる。髭の剃り残しもない。

 背丈は一八〇センチ程度。割と細身だが筋骨隆々の、細マッチョというよりは細ゴリラって感じ。なんとなく、細マッチョっていうと、適度に鍛えた細身の男性って感じだけど、この人の場合は鍛えに鍛えた結果、無駄一つない筋肉だけが残ってる感じ。

 正直なところ、人体構造の研究の為に、お金を払って全身の筋肉を観察させて欲しいくらいだ。ぶっちゃけ、人体の筋肉に関する知識は、そこまで詳細に覚えているわけではない……。まだしも、海鼠なまこの体組織の方が詳しいくらいだ。

 武器は、刃渡り一メートル半程度の長剣と、三〇センチ程度の短剣の二振り。装備の各所に、ナイフのような小さな暗器も仕込んでいる模様。

 装備は白の開襟シャツに、革と金属を用いた胴鎧。腕は比較的金属部分が多く、きちんと肩当ボールドロンから籠手ガントレットまで装着している。下は藤色のロングスカートに、こちらもきちんと腿当クウィスから鉄靴サバトンまでを装着している。

 これは、剣士に多いスタイルの一つで、胴回りの装備は少な目にして重量が増えすぎるのを防ぎつつ、手足などの傷付いたら立ち回りに制限を受ける部分の装備を充実させる。胴や頭に対する攻撃は、剣での防御や回避で対応するというスタイルだ。

 彼が基本的に女性口調なのは、女性の格好をしている男が男言葉で話すのが、自らの美意識的に違和感が強いから、との事。割と皮肉屋で、辛辣な物言いをする事が多い。ただ、同じように気分屋のカメリアさんと比べると、ある程度空気が読めるので、それ程エアクラッシャーではないようだ。


「前線で戦う者にとって、いざというときの保険が手元にあるって、いいわよね。マジックアイテムって、性能を追求し出すとどうしても大きくなりがちじゃない? でもそんなの、戦いながら使えるわけがないでしょ? こういう、お手軽で使い勝手のいいものが、現場では重宝されるのよねぇ」

「技術者からすれば、性能を追求したくなる気持ちもわからないではありませんが……。やはり使い手の使い心地が優先ですよね」


 職人とは、とかくユーザビリティよりも性能を追究してしまうものだ。これが鍛冶師とかなら、個々人に合わせた使い勝手の研究もするのだろう。だが、マジックアイテムの職人ともなると、どうしても世界が魔力の理の中で閉じてしまいがちだ。僕らも割とその傾向が強いので、今後は気を付けよう。

 まぁ、僕らの場合は、実際に僕ら自身が使う為、使い勝手の改良も進んでいるのは、当たり前ではあるが……。


「二人とも、少しは緊張感持ちなさい。もうここはダンジョンなのよ?」


アントス】のリーダー、フロックス・クロッカスさんに窘められて、二人揃って首をすくめる。実際、その言はもっともであった。フロックスさんの言う通り、いま僕らはダンジョンを探索しているのだから、油断しすぎるのは良くない。

 トポロスタンの町のギルド支部長マスターは、だいぶくたびれたおじいちゃんだった。然して重要でもない、小さな町のギルドの支部長程度だと、閑職のような扱いなのか、あまり有能そうでもなければ、リーダーシップがあるようにも思えなかった。

 だがその分、地域に根差した考え方なのか、住民たちの安全を最優先に確保する方針のようだ。セイブンさんが到着したと知ると、彼は大喜びで、すぐさまダンジョンの攻略を依頼してきた。

 周辺のモンスターの駆除は大丈夫なのか聞いたが、そちらはトポロスタン在住の冒険者たちに総出で依頼を出してあたるという。依頼料は、下フラウジッツ伯爵家から出るとの事。僕らに対する依頼料も、そちらの財布から出るらしい。治安維持の一環という扱いなのだろう。

 そんなこんなで、トポロスタン到着から僅か二日で、僕らはダンジョンにいるわけだ。休息に一日、準備に一日だ。できれば、情報収集も進めたかったが、そこはフェイヴが酒場で集めてきた情報以上のものは手に入らないとの事。

 まぁ、生まれたてのダンジョンなのだから、情報がないのは仕方がない。

……とはいえ、いまさら生まれたての小規模ダンジョンに、見るべき点などない。内観は普通の洞窟。風穴タイプで、石造りなのはありがたいが、出て来るモンスターが粘体系ばかりなのが、非常に厄介だ。

 要は、スライムだらけのダンジョンって感じだが、こっちの世界のスライムは、物理ではなかなか倒せないタイプだ。まぁ、蛞蝓や蛭を相手にするような感じで対処すれば、倒せない事もないが……。

 なので、いまは前衛を【アントス】の魔術師であるサイネリアさんとセイブンさんが担い、襲いくる粘体たちを薙ぎ払っている。

 なお、セイブンさんの粘体への対処は、ひとまず棍棒で潰してから、火を付けるというものだ。その為、片手には棍棒、片手には松明というスタイルである。本体から離れた粘体はただの残骸であり、基本的には無害である為、純物理で対処するなら、このやり方が一番効率がいいらしい。ただし、魔石が損壊する為、あまり利益にはならないそうだ。それは【魔術】で一掃する場合も同じだ。

 魔石や、粘体の残骸を素材として回収する場合は、やはり砂や塩を用いた方法が一般的である。土系統の属性術師がいれば、言う事はない。


「初めて体験しましたが、粘体ばかりって、嫌なダンジョンですね……」

「そうねぇ……。でも、粘体って意外とお金になるのよねぇ……。水薬ポーションの材料になるヤツもいるし」

「そうなんですか?」


 水薬ポーションの材料に、粘体が使われるのは知っているが、当然下水道のような場所に出現する粘体が材料ではない。なので僕は、その粘体を見た事はない。なお、そういう粘体を倒す際には、塩を使うのが一般的らしい。


「まぁねぇ。下級、中級辺りの冒険者だとぉ、粘体狙いって結構いるわよぉ? まぁ、ハリュー姉弟はそういう金策はしないでしょうけどぉ?」


 こちらも【アントス】の前衛であるカメリアさんが、意地悪そうな顔で当て擦ってくる。

 まぁ、しないね。家にはジーガがいるし、彼はお金を渡しておけば、着実にそれを増やしてくれる。一回破産した事もあるそうだが、正直そこを気にした事はない。ぶっちゃけ、彼がミスしても僕ら姉弟でリカバリーできるし。

 ちなみにカメリアさんは、割と本格的なオカマさんだ。外見はほぼ女性、恋愛対象も男性。武装は凧盾カイトシールドと短槍。ただし、背には長槍も携えており、開けた場所だと、長槍を使い、そっちの方が得意らしい。

 鎧はかなりデイジーさんに近いが、その下のドレスは黒を基調に、白いフリルのあしらわれた、ゴシックロリータっぽいドレス姿である。


「アタシたちはぁ、自分たちのスタイルを貫く為に、結構お金がかかるのよぉ。四級になれたいまだから、それ程汲々とはしていないけどぉ、中級の間が一番つらかったわねぇ……。まぁ、下級の時代はそれどころじゃなかったってだけかもだけれどぉ」


 鬱陶しそうに、栗色のストレートボブを掻きあげて嘆息するカメリアさん。ホント、その姿は女性にしか見えない。美容品がそこまで充実しておらず、その手の手術がないこの世界で、ここまでの完成度を保てるのはすごいと思う。それだけ、資金もかけているのだろう。

 愚痴りたくなるのもわかる。ただ、こっちに当て擦らないで欲しい。

 僕らだって、結構苦労はしているのだ。それこそ、生まれた直後は資金不足で、自分たちの武装も整えられず、強くなる為の研究にすら取り掛かれなかった程だ。いまだって、入ってくるお金は片っ端から研究資金に消えていく。

 畜産業関連でそれなりに儲けてはいるものの、僕らの報酬はその儲けから人件費や設備投資等の、諸々の経費が差っ引かれ、さらに事業の今後を考えてプールするお金を考慮した残りから、適正な額をジーガに算出してもらって得ているに過ぎない。ぶっちゃけ、畜産業だけでそこまで儲けているわけではない。

 むしろ、グラの【鉄幻爪】やガラス細工の方が、高効率な儲けになっている。


「やめなさいよ、カメリアちゃん。ショーンちゃんにそんな嫌味言ったって仕方ないでしょ? 私たちは、私たちの意思で、このスタイルを貫いているんだから、それを誰かのせいにするのは、正直ダサいわよ」

「ぶぅ。まぁ、それはデイジーちゃんの言う通りね。ごめんね、ショーンちゃん」

「いえいえ」


 まぁ、僕自身自分たちが恵まれているというのは理解している。とはいえ、それはダンジョンというアドバンテージがあったればこそ、だ。グラがダンジョンコアでなければ、裸一貫で異世界に放り出された僕では、どうにもならなかっただろう。

 なのでこの程度のやっかみは、そんなズルのペナルティとして甘んじて受ける覚悟はある。


 なんにしても、グラを連れて来なくて良かった。



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