第4話 ダンジョン討伐依頼
〈1〉
「緊急依頼です!」
冒険者ギルドから遣わされたジーナさんが、切羽詰まった声音で開口一番言い放った。はぁはぁと、荒い息を吐く彼女は、しかしその息を整える間すら惜しいとばかりに、酸欠に喘ぎつつ言い募った。
「よ、四級冒険者、ハ、ハリュー、姉弟にっ、緊急の依頼が入っていますっ! トポロスタンの町から、やきゅ、ふぅ……、ふぅ……、約一・二キロの位置に! 新たにダンジョンが発生! 発生後僅か三日にして、既に多くのモンスターをダンジョン外に排出しています!」
「なるほど。僕らへの依頼は、早急に周辺被害を最低限に抑え、可能ならばダンジョンの討伐、でいいですね? ところで、トポロスタンってどの辺ですか? あ、ジーナさんは息を整えていていいです。ジーガ」
「はい。トポロスタンは、アルタンから見れば直線で真北にある町ですね。アンバー街道に連なるガイタンの町の西にある、まぁ、小さな町です。人口は一〇〇〇から二〇〇〇といったところでしょうか」
僕の問いに、流れるように答えてくれる有能執事。いやはや、なんというか、僕らの主従も、なかなか様になってきたような気がする。
「なるほど。ところでそこ、ゲラッシ伯爵領? 聞き覚えがないんだけど?」
「いいえ。下フラウジッツ伯爵領ですね。ゲラッシ伯爵領の隣領です」
ふーん。まぁ、王冠領のお仲間さんといったところか。ここで依頼を無下にするのは、グラの将来的に少しマズい。ただ、グラはなんとか外してもらって、ダンジョン討伐には僕だけ臨みたい。わざわざ、同族殺しに手を染めさせる必要はない。
ディエゴ君の差し出した湯冷ましを呷ったジーナさんが、自分の責務を果たすと言わんばかりに報告を続ける。
「んっく。と、当地のギルド
「概ね同意見ですね。ダンジョンは他のダンジョンの成功例を踏襲する例が、多々報告されています。同じモンスターを使うのも、その一例です」
正確には、ダンジョンコアが有する【基礎知識】なる情報共有手段によって、種全体にとって有益だと判断された知識が共有されているんだけどね。だから、僕らの存在や、どうやって生き延びているかは、他のダンジョンには知られていないし、もし知っても、無益だと判断されて知識に載らない可能性の方が高い。
生まれたてのダンジョンコアに、人間社会に適応して己の存在を秘匿しろというのは、なかなか酷な要求だろうしね。
「だから、あたらに大人数を投入せず、少数精鋭での早期攻略を目論んでいるわけですね? その精鋭戦力として、僕らが指名された、と……」
「は、はい。アルタンからは、ハリュー姉弟に加え、【
「なんとまぁ、随分と念の入った対応だ……」
普通に考えたら過剰戦力もいいところだ。バスガルのダンジョンがアルタンの地下に侵出してきた当初は、ギルドは後手後手に回ったからな。その教訓を活かして、一気に可能な限りの最大戦力を投入しようとしているのか。
まぁ、そのダンジョンコアは時期が悪かったと言わざるを得ない。よりにもよって、いまは帝国との小競り合いが終了し、近々旧ヴェルヴェルデ王国領の奪還が囁かれている状況、おまけに、以前のバスガルの【崩食】も記憶に新しい。そんなタイミングで、王冠領でダンジョン関係の問題は抱えたくあるまい。
下フラウジッツ伯爵領の、形振り構わない対応もむべなるかなだ。きっと生まれたてのダンジョンコアで、情報収集の手段などなかったのだろうが、なんとも運がない事だ。
「わかりました。グラとの協議のうえで、ギルドにはお答えいたしますが、決して無下にはしないとお約束します」
●○●
「わかってると思うけど、このダンジョンコアを助ける事はできない」
地下に戻った僕は、きっぱりとグラに断りを入れておく。対するグラも、動揺は一切見せずに、淡々と頷いた。
「はい、私もその通りだと思います」
既に人間たちに認知され、危険視されている以上、生存の手助けなど不可能だ。下手にここで、ダンジョンコア側に付こうとすれば、僕らがこれまで築いてきた社会的地位の一切合切を台無しにしかねない。
「もっと言うと、僕らのダンジョンにも近すぎる。積極的に手を下す必要まではないが、あるのとないのとでは、ハッキリ言ってない方がいい。というか、恐らくだがそのダンジョンコアの狙いは、ニスティスの踏襲だと、僕も思う。そいつの思惑通りに大きくなられると、間違いなく僕らのダンジョンの敵になる」
「たしかに……」
「つまり、潰れてもらうしかない。僕らにとっても、人間たちにとっても」
利害の一致という点で、今回僕らは人間に協力し、生まれたてのダンジョンコアを殺す。だからせめて、最大限その死を活用させてもらおう。
「わかりました。ですが、私に待機を命じたのは?」
「まず第一。君がダンジョンコアだとバレる惧れがある事。まぁこれは、依代で赴く以上は完全にバレるという事はないだろうが、下手な事を口走られる惧れもある。僕だけが赴き、最悪依代の存在を公表してしまえば、誤魔化しは利く」
僕らは自分たちの依代がダンジョン内にある事に慣れ過ぎている為、それ程違和感は覚えないのだが、ルディたち他所のダンジョンからすれば、それなりに違和感を覚えるようだ。完全に、こちらを人間と誤認させて、ダンジョン討伐に向かう事はできないだろう。
「第二に、このタイミングでダンジョンを空けたくない」
一応、四層の開発は完了し、実は既にパティパティア山中にダンジョンの開口部を空けている。あとは発見待ちという段階である。
依代に入ると、精神が本体とは完全に切り離されてしまう。つまり、自分のダンジョン内の動きに無頓着になってしまうのだ。いうまでもなくそれは危険な真似であり、できる事ならしたくはない。まぁ、ウチはちょくちょくやっている事ではあるが……。
「最後に――……この機に、【
「……ふむ。むしろそれなら、私の方が適任では?」
グラの疑問ももっともだ。僕は、お世辞にも戦闘能力が優れているとはいえない。そんな僕の物差しでは、正しい数字が測れるとは限らない。ただし、この場合グラの物差しだって怪しいのが難点なのだ。
グラは天才である。
魔導術の開発、武術の修得、人間社会への適応。それらの能力の高さは、他のダンジョンコアの比ではあるまい。まず間違いなく、バスガルとは比べ物にもならないはずだ。
そんなグラの物差しで測ってきても、百メートルを測れるメジャーで、ミリ単位の計測をするようなものでしかないだろう。とても正確とは言い難く、ハッキリ言って現状持っている情報と大差ない。彼らの大まかな強さは、既にわかっているのだから。
「ふむ……。まぁ、そういう事であれば、私は引っ込んでいましょう。理由は、私たちが二人とも伯爵領を離れると、帝国の跳梁を許しかねないから、でいいのですね?」
「それでいいよ。国軍や王冠領の軍が帰還した伯爵領から、僕らまでいなくなれば、ちょっとあからさまなくらい帝国を刺激する。またぞろ、逸った帝国軍が攻めてくる危険を説けば、冒険者ギルドだって口を挟めないでしょ」
挟んできたら挟んできたで、ディラッソ君から注意してもらえばいい。今回の戦で、次期ゲラッシ伯が確実視されているディラッソ君と揉めてまで、一人の上級冒険者に固執はしないだろう。先のナベニ侵攻戦でも明らかだが、人間にとって、ダンジョンやモンスターは脅威だが、他国の存在だって十二分に脅威なのだ。
端から、伯爵家が亡びようと、伯爵領が他国のものとなろうと、然したる支障もない冒険者ギルドが、口を出せる領分ではない。いやまぁ、ギルドに所属する人間は、第二王国とつながりのある知識階級の人間もそれなりにいる。完全に無傷というわけではないか。
「あとはまぁ、こっちはこっちで準備をよろしく。タイミングがいいから、そろそろこっちのダンジョンも、受肉したモンスターを追い出して、異変を察知させよう」
「わかりました。できるだけ
「そうだね。最初は普通のダンジョンのように、ゆっくりと存在感を示していこう」
今回のダンジョンコアの誤りは、人間社会に与えるインパクトというものを、端から慮外においた点だ。まぁ、ダンジョンコアとしてはそれが普通なのだから、落ち度と論うのは、少し可哀想ではあるが……。
最初は、ただの生まれたての小規模ダンジョンとして認識させる。
町中に生まれたダンジョンだとか、特殊な形態だとか、未知のモンスターだとか、宝箱だとか、討伐に緊急性を要するダンジョンだとは思わせない。ごくごく普通のダンジョンとして、ごくごく普通の攻略をさせる。
四層の全容を知られるのは、旧ヴェルヴェルデ王国領奪還作戦の真っ最中、そして、宝箱の存在を隠し果せなくなったタイミングがベストだろう……。冒険者ギルドも、それどころではあるまい。
できれば、もう二、三個イベントが重なってくれてもいい。ま、それは折を見て、臨機応変に、だな。
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