第3話 死神姉弟対策会議・伯爵領内
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それなりに品のいい調度で誂えられた室内には、重たい沈黙が蟠っていた。
「さて……、各々ここに集まっていただいた理由は、わかっていると思う」
俺が口にすれば、皆一様に頷く。我が家の家令であるザカリー、スィーバ商会のケチル、ブルネン商会のズィクタ、イシュマリア商会のアマーリエ、ウル・ロッドからストルイケン、カベラ商業ギルドのジスカルの代理である商人。他にも錚々たる顔ぶれだ。ここにいる人間だけで、この町の財力の四割を担っているといっても、恐らく過言ではないだろう。
無論、カベラ商業ギルドの財産は考慮の外とする。彼らの財布は、恐らくゲラッシ伯爵のものよりも大きいだろう。アルタン一つとなど、比べるべくもない。
良くわかっていなさそうなのは、俺の徒弟であるディエゴと、ブルネン商会のアッセだが……、子供であるディエゴはともかく、アッセはもう少し緊張感をもって会議に臨んで欲しいものだ……。
「ハリュー家が中心となっている、アルタンでの畜産業は順調だ。最近始めた牧場も、人材不足そのものは否めんが、それでもなんとかノウハウを押さえた人材が育ってきている。各奴隷商は、積極的に他領からの奴隷購入を進めて欲しい。決して損はさせないし、奴隷らにとっても他所に行くよりウチに来て良かったと喜んでもらえると自負している」
これには、随分とディエゴが奮闘してくれた。専門技能を有す奴隷は、替えが利かない。当然、奴隷身分から解放されても、こちらは一般市民待遇で雇用し続ける必要がある。
こっちは技術の流出を防ぎつつ、また一から人材育成に労力を費やさなくてもいい。奴隷たちにとっても、安定した生活が保障されるという事で、十分な意欲があった。ブルネン商会のズィクタが、畜産関連の技能独占とその技能を有する奴隷の売買ルートを考えているようだが、いまのところはその技能を有する奴隷の価値が高すぎて、外に売る前に自分を買い直せてしまえる。
「だが、この事業が完全に軌道に乗るのは、まだまだずっと先だ……」
全員の表情が引き締まり、商人としての気迫にディエゴが小さく悲鳴を漏らす。まったく、度胸だけはまだまだだな……。
それでも、まだまだアルタンでの事業は、揺籃期もいいところなのだ。これからどうなるか、わかったものではない。そして、事業の核を担うハリュー家には、血族が少ない――少なすぎる。
もしいま、旦那の身になにかあれば、この場に集う面々は、大損をこく事になる。身代を傾ける者すら出てくるだろう。だからこそ、その対策に集まってもらったのだ。
「あの……、具体的にはどうするんですか? 旦那様に、無茶しないように言っても、たぶん無理ですよ?」
ディエゴが片手をあげて問うてくる。だが、そんな事はここにいる人間は百も承知だ。姉であるグラ様が、弟の敵など一切許さず、それが何者であろうとも、微塵の躊躇なく撃滅を試みる。大公陛下であろうと、ダンジョンの主であろうと、神聖教であろうと、帝国であろうと……。そして旦那は旦那で、グラ様の為ならば嬉々として、そんな敵に立ち向かっていってしまう。
……なんという悪循環……。研究者を自称するならば、もう少しその武闘派な気質を抑えて欲しい。そのせいでダメージを負うのは、俺とザカリーの胃壁なのだ……。
「幸い、旦那には結婚話があがっている」
「はい。ですが、まだ内々での打診ですよ? ご領主様の側でも、まだ本決まりではないと旦那様がおっしゃっていました。もしかして、畜産業の後ろ盾として、ご領主様を引き入れようというお話ですか?」
「バカ。こんな美味い儲け話に、好き好んでお上を介入させるなんざ、商人のするこっちゃねえ!」
慌てて否定する俺に、ディエゴはきょとんと首を傾げている。ここに集っている、海千山千の
迂闊な言動で反感を買い、マジョリティを形成されれば、途端に俺の立場が悪くなっちまう。場合によっては、ここまで手塩にかけて育ててきた畜産業そのものを、他所に掻っ攫われかねないのだという危機感を持ってくれ。眼前のこいつらは、たしかに商売仲間ではあるが、看板も蔵も別の競争相手なのだ。
この辺は、この会議のあとで鍛え直しだな。どうにもこいつは、素直すぎるのが欠点だ。弟子としては、その点は美点ではあるのだが、商人となるとそこが欠点になるというのだから、人を育てるというのは難しい……。
ご領主様が無理矢理介入してくるようであればどうしようもないが、幸いな事に伯爵様はそこまでがめつい貴族ではない。税という、十分な旨味を収め続ける限り、こちらに介入しては来ないだろう。精々、卵や肉を優先して欲する程度だ。
「では、旦那様の結婚と畜産業に、なんの関係があるんです?」
「将来に渡って、安定的にこの事業を続ける為にも、ハリュー家には安泰でいてもらわなきゃならない。それは、ここにいる皆の総意なのはわかるな?」
「はぁ……、それは、まぁ……」
要領を得ないとばかりに首を傾げるディエゴに、結論を告げる。
「つまり、この畜産業を安定させる為にも、ハリュー家には血族が必要なんだ。具体的には、グラ様か旦那の子供が必要だ」
そう子供だ。ハリュー家を存続させ、一〇〇年後も安定的に事業を続けていく為――少なくとも、この連中に一〇〇年後も安泰だと思わせるだけの足場固めが、いま俺たちには求められているのだ。
「え……? い、いや、どちらもまだお早いのでは?」
「ああ。グラ様は、まだ子供は作れないだろう……。相手の目途も立っていない。おまけに、将来グラ様系統のハリュー家は、商人ではなく伯爵家の家臣筋になる」
もしかしたら、貴族筋になるかも知れないという点は、この場では黙っていよう。まぁ、薄々察しているヤツはいるかも知れないが……。
「だが、男である旦那は別だ。最悪、血族であるなら妾腹でも構わない。第一子が嫡流でないのは将来に不安を残すが、いまのようにたった二人しか血族がいないよりはマシだ」
「まぁ、たしかに……」
ハリュー家という、俺たち使用人の雇い主の話であるだけに、ディエゴも深刻そうな顔で頷いた。というか、二人二人と言っているが、旦那がいなくなれば恐らく、グラ様はまともな生活など送れまい。心理的にも、能力的にも……。
つまり、この話で重要なのは旦那なのだ。いまはなにをおいても、旦那の伴侶――いや、そこまで具体的でなくていい。遊び相手としての女でもいい。とにかく、旦那の子供と、それを作る能力の有無が重要なのだ。
「無論、いますぐ子供が欲しいってんじゃねえ。グラ様と同じで、旦那も若すぎて、子供が作れるかどうかわからないからな。だが、ここで問題になってくるのが、旦那たちには親がいねえって点だ」
「親ですか? たしか、旦那様方は師匠の許で育てられたのですよね? 隠棲した魔術師だったとか」
「そうだ。だが、その親代わりだという師匠も、既にこの世にいねえ。親代わりになれる人間がいねえんだ」
「はぁ……」
やはり、要領を得ないという顔をしているディエゴに、俺は噛んで含めるように説明する。ついでに、この場に集う面々にも、確認の意味で聞かせておく。
「いいか? 親代わりがいねえって事は、どうやって子供を作るのか、知らないって可能性があるんだ。つまり、子作りにおいて重大な懸念が生じちまう」
「え? じゃあこの集まりって、旦那様の子作りについての会議なんですか?」
「そうだ!」
ディエゴが、まるで予想外だと言わんばかりの表情で振り向いた先、この町の主だった商人たちも、真剣な表情で頷く。なに一つふざけてなどいないのだと、これでこいつもわかっただろう。
「え? で、でもそんなの……、普通に生きてればある程度は察するのでは?」
「普通はな。だが、旦那方の半生は、どう考えても普通じゃない。それは、グラ様を見ていれば、十分にわかるだろう? あの方は、子作りどころか、下手をすれば伴侶という考え方からして、一般的な認識を有していない」
「なるほど……」
俺の言葉に納得するディエゴ。やはりこいつから見ても、グラ様の世間知らず振りは、度を越えているようだ。
この辺りは、幼少期に師匠という魔術師が、世間から隔絶した環境で彼らを育ててしまった弊害だろう。旦那も旦那で、たまに常識が抜けていたりするのも、きっとこのせいだ。
というかこの場合、ある程度以上に市井に適応できている旦那の方が、もしかしたらすごいのかも知れない。グラ様の様子を見るに、件の師匠とやらは本当に、人との付き合い方や、一般常識に関しては教えなかったのだろう。その分、グラ様の【魔術】における才能は、他者の追随を許さぬ程に抜きんでているが、周囲と軋轢を生まずに生きていく事はできまい……。やはり、現状は旦那の適応能力の賜物か。
「だが旦那も旦那で、女性との接し方があまりにも淡白だ。明らかに言い寄ってきているシッケス殿や、将来伴侶になる可能性の高いポーラ様に対しても、平然と対応しすぎている。ぶっちゃけ、これは相手に失礼なのかも知れないが……、男と対峙しているときとたいして変わらない」
「それはたしかに……」
シッケス殿は、傍から見れば生唾を呑み込むような美女だ。その魅惑の体付きもあって、ディエゴも顔を赤らめる事が多い。だっていうのに、旦那ときたら……。
「つまりは、旦那に女ってものの扱い方と、子作りの方法を伝授できる『親代わり』って存在を、ここで決めておこうと、そういう会議だ」
「なるほど。わかりました。ですがやはり、そこは将来の義父となる可能性のある、ゲラッシ伯爵様が最適なのでは……?」
「そんな事したら、子供が生まれるのが延び延びになっちまうじゃねえか! 少なくとも、ポーラ様の子が生まれるまでは、絶対に他所で子作りなんてさせてもらえねえ!」
「ああ、結局そこですか」
「あったりまえだろ! お貴族様ってのは、なにより血統と順番ってもんを気にすんだ!」
できればこういう話は、旦那がもう少し年頃になってから、俺とザカリーの間で話し合いたかった。だが、伯爵家との縁談が入ってきた事で、急がざるを得なかったのだ……。
「あと、ハリュー家の財布の中身をあまり伯爵家側に知られたくない」
「なるほど。たしかにそれは……」
嫁ぎ先の家の財政事情というだけなら、無闇矢鱈な詮索を受ける事はあるまいが、親代わりともなればある程度介入してくる惧れもある。この場合、可能性というだけで大問題だ。
なにせハリュー家は、先々帝国から巨大な収入が見込まれている。これに伯爵家が目や耳や口だけならともかく、手を突っ込んでくる可能性とて、ないではないのだ。
「もっといえば、旦那の親代わりになってくれ、なんてどうやって頼むんだ? 畏れ多いにも程がある……」
「たしかに……」
「あとな、先々本物の親なんてもんが現れても面倒なんだ」
「あ……。な、なるほど……」
秘されているが、旦那たちは人買い紛いの方法で、師匠とやらの許に引き取られている。つまり、そちらの血統からハリュー家に介入してくる可能性は、十二分に危惧しなければならないのである。
そういうときに、盾となってくれるのが親代わりという存在だ。もしかすれば、正式に養子、もしくは猶子となっておくのも手かも知れない。その辺りは、旦那の判断を仰がねばならないだろうが。
「人材の育成においては、我々ブルネン商会に任せてもらえれば、間違いはない。ショーン殿だけでなく、グラ殿も含めて、立派な当主として育てられるのは、我が商会長アッセをおいて他にはおるまい。他は、正直商売の手腕はともかく、人格が、な……」
「あら? ここで重要なのは、後継者でしょう? 子作りの手法に関する話なら、やっぱりイシュマリア商会ですわ。むしろ、それ以外ないと言っても過言ではございません」
「いえいえ! ここはやはり、将来の婚家との関係も考慮して、我々スィーバ商会をお引き立てください! 伯爵様にも、非嫡出子の十人、二〇人、必ずお許しいただきますので!」
「ウル・ロッドにも、幾人か手ほどきできる後家にアテはある。業突く張りの商人どもと違い、我らの目的は畜産業の安定と、それに伴う浮浪者らの抑制だ。裏社会の安定という面で、ハリュー家にとっても町にとっても、恩恵が大きいはずだ」
「いえいえ。流石に、将来伯爵家の縁戚ともなるハリュー家が、あからさまにマフィアとつながるのは、よろしくないでしょう? あなた方のつながりは、あくまでも内々のものであらばこそ……。そこで、カベラ商会はどうです? ジスカル様の子、というのは流石にあれでしょうし、もしよろしければデスタン様――いえ、現会長のヴァレリー様とのご縁を用意できますが?」
次々と話し始めた連中を、パンパンと手を叩いて制止する。こうなる可能性があるとわかっていたからこそ、あえて会議というやり方で話し合うと決めたのだ。暗闘なんてされたら、バカみたいに拗れかねない話だ。
他所でやられたら、こっちからは掣肘を入れられないのに、こっちの名前にはガンガン傷が付きかねない。冗談じゃない。
「覚えておいてくれ。いま一番肝要なのは、あんたらが親代わりという立場で得られるメリットじゃねえ! 早々に子供を作って、ハリュー家を安定させるっていう、こっちのデメリットの解消だ! そこを勘違いしてるヤツは、どんだけ後ろ盾がデカくとも、弾かせてもらうからな? つーか、商いじゃねえんだ。ハリュー家にとっては、デカすぎる相手よりも、小さな相手の方がやりやすいって場合もある。あと、この話はまだ旦那方には知らせてねえ。勝手に先走って、懐に手を突っ込もうとしているなら、旦那らを敵に回す覚悟をしてからにしやがれ」
俺の忠告に、これまで話していた大店連中は静まり返る。対して、これまで黙っていた、比較的小さな身代の商人連中から、意欲的な視線が集中してくる。
俺としては、こういう輩の方が御し易いとは思うが、結局は旦那がどう判断するかだ。ここで決める事なんて、誰を推薦するか、程度のものでしかない。
「ここで大事なのはハリュー家だ! それ以外の話をする輩は、容赦なく排除するから、そのつもりでいろ!」
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