第2話 死神姉弟対策会議・第二王国・2

「兼ねてより、不明な点の多かった此度のナベニ侵攻における帝国軍の侵攻ルートなのですが……」


 帝国軍の進軍路? たしかに、それはいまだに不明のままだ。突如として、ベルトルッチ平野に帝国軍が出現したようにすら思える程だ。

 当然、我が国でも情報収集に手を尽くしているが、いまだに帝国側の防諜は手強く、耳に届く情報は茫洋としたものばかりである。流石は【暗がりの手】とランブルック・タチといったところか……。

 だがそれを、いまここで言及する意味がわからず、思わず首を傾げる。それを察してか、部下は詳細を告げた。


「ベルトルッチ平野に入っている帝国兵に、間諜が商人として接触して聞き出した情報なのですが、どうやら彼らはパティパティア山脈に坑道を穿って、進軍路を確保したのだとか。無論、これもまた欺瞞工作の一つと見る事もできますが、それなりの人数から同様の話を聞き及んだようで……。荒唐無稽ではありますが、オーマシラを大軍で越えたといった話や、新たに安全に越山可能な山道を発見、開発したなどの話と、信憑性は似たり寄ったりかと……」

「ふむ……」


 これまで数百年見つからなかった道が新たに見つかったなどという、帝国にとって都合が良すぎる話など信ずるに足りない。また、それをナベニ共和圏の各自治共同体コムーネに隠しつつ進軍可能な程に開発するなど、あまりに現実味がない。

 まぁそれは、坑道も同じではあるが……。帝国側のその後の戦闘を思えば、山越えなどそれ以上にあり得ん話だ。どう考えても、軍全体の損害が少なすぎる。


「なにが言いたい?」

「はっ。その坑道の真偽に関しては別にして、もしかするとその開発に、姉弟も関わっているのでは、と……。【オーマシラの緋熊】フランツィスカ・ホフマンと接触していた時期を考慮しますと、いろいろと符合する部分があります」

「他国の開戦の切っ掛けとなる程の貢献をしたと!? 姉弟が帝国の手の者の可能性は?」

「待て待て待て。いくらなんでも短絡が過ぎる。姉弟が此度の急襲にて、帝国相手にどれだけの損害を与えたと思っている? 彼らが帝国の味方なのであれば、伯爵領など見捨ててそのまま帝国に侵奪させれば良かったであろう? 占領されたあとで、なに食わぬ顔であちらに味方すれば良い。在地の上級冒険者を取り入れるなど、国にとっては当然の行為あり、極めて自然に帝国に帰還できるのだぞ?」

「そうだな。こうまであからさまに帝国に敵対し、無視し得ぬ損害を与えた以上、もし彼らが帝国の間者だったとすれば、身の破滅であろう。やっている事があべこべだ」

「たしかに……。では、帝国にナベニポリスを攻めさせて利益を得る国の手の者という線は……?」

「ないではないだろうが、可能性はそれ程あるまい。精々公国群か? だが、帝国が領土を広げ、海を得れば、帝国の国力は強まり、相対的に公国群はいっそうの脅威に晒される。押さえていた軍需物資である塩を、独自に手に入れられるのだからな。姉弟程の人材を派遣してまでやる事がそれでは拙劣極まる」

「なにせ、聖杯を作れる魔術師ですからな……。それだけで、他国の手の者という線は、ほぼないのでは? 断言しますが、法国は絶対にあり得ませんよ?」

「うむ。言うまでもないな。よしんば、法国にいる内は作れず、第二王国に渡ってから製作に成功したとしても、本国に隠して第二王国に献上する意味がない」

「そも、聖杯を研究している技術者を、外に流すなど愚行も愚行よ。無意味に技術流出の危険を冒すだけであろう? 鍛冶師、鋳物師一人であろうと、領外に出すのを渋るのが領主というものだ。まして、あれ程の技術者をわざわざ間者に仕立て上げる? ない話よ」

「これは不確かな情報ながら、姉弟が教会と揉めたという情報も入っておる。法国や、敬虔な神聖教徒という線は、考慮に値せぬ」

「では、神聖教圏の外からという可能性は?」

「それこそあるまい。聖杯をあちこちに売り払うだけで、他の宗教は堂々と神聖教の顔に泥を塗れるのだ。しかも、それを非難される謂われはない。たまたま、法国の国宝と同じような宝物を、作れたというだけなのだからな。これに文句を付けるのは、難癖にしかなるまいよ」

「そんな人材を、神聖教圏の我が国においておくのは、デメリットばかりでメリットがない。というより、いくら考えても聖杯を作れる職人を、他国におくデメリットを超えるメリットなど思い付かんぞ? 間者なら替えもあろうが、唯一無二の職人に替えなど利かん」

「道理である。ハリュー姉弟が他国の間者であるという可能性は、それ程まで懸念するような事項ではなかろう。我らが角突き合わせて国外流出を懸念する人材を、安易に流出させた愚か者がいる前提で議論する事自体が、やや無益に思う」

「無益とまでは言いすぎでしょう。ハリュー姉弟の出自が不明であるのは事実。であらばこそ、最悪の懸念を口にしておくのは、悪い事ではありますまい。懐深くに入れてから、獅子身中の虫であったりすれば目も当てられません。無論、そこに拘泥しすぎるのも悪手でしょうが。各々、頭の片隅においておく程度にして、建設的な議論に戻りましょう」

「賛成だ」

「うむ。異論はない」


 一同が頷いたところで、再び私がイニシアチブを取る。


「うむ。ハリュー姉弟の後ろ盾に関しては、ひとまずは慮外のものとする。ただし、程度の軽重はあれど、彼らは独自に帝国と誼を通じている。その点だけは、各々忘れぬように。我々第二王国が無体な扱いをすれば、彼らは喜んで帝国側に出奔しかねぬ。そのとき、我らは後世の笑い者よ。前トラヌイ男爵の轍を踏みたい者はおらぬな?」

「「「はっ」」」


 いまは帝国に足場を移しておらずとも、こちらに愛想を尽かして河岸を変える可能性は十分にある。

 前トラヌイ男爵の例もある。我々の中に、慮外者が混じっている可能性とて、必ずしも皆無ではないのだ。絶対に下手な事をせぬよう、掣肘を加えておくのは、無意味ではあるまい。

 なにより、こうまで言い含めた以上、彼らも下の者には間違いがないように言い聞かせるはず。不和の芽は、丁寧に摘んでおくに如くはない。

 前トラヌイ男爵という存在が知られれば、それだけで姉弟や伯爵家との蹉跌にもなりかねぬしな……。秘密裏に、帝国との和睦の条件に、彼の介入を口外せぬ事、その証拠の抹消を入れられたのは、利の大きい取り引きであった……。


「なんにしても、彼らを我らの味方につけ続ける努力は欠かせぬ。そして、彼らがゲラッシ伯爵領にいるおかげで、いよいよ旧ヴェルヴェルデ王国領奪還作戦の再開にも目途がついた」

「はい。ゲラッシ伯爵領にハリュー姉弟がいる限り、帝国も迂闊な真似はしないでしょう。いまこそ、待ちに待った好機であるかと」

「そうだな。いい加減、大公陛下を待たせるのも限界だ。玉座の空位のみが気掛かりではあるが、それでも第二王国内は比較的安定してきた。いまこそ、であろう」

「左様。大公陛下には旧王領を取り戻し、すぐにでも領地の安寧を取り戻していただきたい。東の安定は、第二王国の全体の防衛においても重要事項である」


 誰もが、旧ヴェルヴェルデ王国領の奪還を最重要と口にしつつも、これまで踏み切れなかったのは、帝国とそこに取り込まれた遊牧民の存在が大きかった。なにより、彼らは海を渇望していた。それこそ、形振り構わぬ程に。

 餓狼を餓狼と知っていて背を見せられる程、第二王国われわれは帝国を信用してはいないのだ。

 だが、期せずして帝国は海を得て、第二王国はハリュー姉弟を得た。おまけに去年は、中規模ダンジョンであるバスガルのダンジョンまでも討伐した。予想外に戦に影響を及ぼす懸念である、ダンジョンの脅威までもが薄められているのが、いまのゲラッシ伯爵領なのだ。

 ここまでお膳立てが整うなど、まさに天佑というもの。いまを逃せば、次の機は一〇〇年待っても訪れぬかも知れぬ。それ程までに、現状は第二王国に味方している。


「うむ。では、ヴェルヴェルデ大公陛下に、旧王領奪還作戦を打診しよう。無論、前回のような油断はせん。西のヴィラモラ辺境伯、南のシカシカ大司教には、他国への睨みを利かせていただき、此度の奪還作戦には加えないものとする」


 私の宣言に、不安そうな声音で部下が懸念を表明する。


「手柄を立てる機会を奪う事になりますが、不満を抱きはしないでしょうか?」

「西の辺境伯は問題あるまい。下手に東に手を出すより、パティパティア山に潜むモンスターやダンジョン、北の公国群や帝国への対処を優先するであろう。下手に東に兵を集中させれば、旧王領の二の舞になりかねぬしな」

「シカシカ大司教領の将兵に、いまさら手柄を挙げる機会の心配など不要でしょう。ただ、相手が異教徒である点は参戦できぬ点を悔やむでしょうが……」

「異教徒など、普段から十分に相手にしていよう。旧王領に住まう異教徒どもは、小賢しくも神聖教に改宗して、法国からの庇護を得ようとしてた節もある。大司教座下は、今次の戦には関わらせぬのが良かろうよ。我々にとっても、座下にとっても、な」

「左様ですな。一応、大司教座下を擁護しておきますと、彼は旧王領を占拠した異教徒たちの教化に関しては、本国に苦言を呈しておりました。彼はどちらかといえば【深教派】ですからな。近年の神聖教でもっとも多くの異教徒を殺した、【赤縁聖棍ブラッディメイス】が【深教派】というのも、おかしな話かとは思いますが……」

「旧王領奪還を邪魔したのは、教会でもありますからな。これ以上異教徒に協力するのであれば、自分たちは第二王国の民として、法国の思惑から完全に外れて、独自に動かざるを得ないと宣言したそうです。第二王国で最大の味方であるシカシカ大司教からの、教会との決別を匂わせる宣言には、彼らも肝を冷やした事でしょう」

「まぁ、我が国の選帝侯としては当然の事ではありあますが、お互い痛くもない腹を探り合うよりは、スタンスを明確にしておくのは悪くないでしょう。法国も【北大陸の盾】と完全に決裂するのは避けるはずですし、まず邪魔は入らないかと」

「だと良いがな……」


 場が落ち着いたところで、私はパンと柏手を打って注目を集める。


「辺境伯と大司教に関しては、それで良しとする。旧王領奪還に関しては、大公陛下の兵と、我々中央選定諸侯領の兵で担う。指揮官は当然、大公陛下に担っていただこう」


 一同が頷くのに合わせて、しかし私はそこに、我々の政治・・を混ぜる。


「ただ、中央選定諸侯領の兵を率いる将は、殿下・・にご出陣をお願いするつもりだ。旧王領の奪還が成れば、必然的に選帝侯であるヴェルヴェルデ大公も殿下を推さざるを得ぬし、武功としても十分であろう」


 ざわり、と議場が揺れる。それぞれ期待と不安を顔に写し、様子を見合っている。誰も口火を切らぬ議場にて、私はニヤリと笑って続きを口にする。


「この機を利用し、玉座の主を決め、第二王国の地保を固めようぞ?」



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