第1話 死神姉弟対策会議・第二王国・1
「まず始めに、
ペコリと可愛らしく頭を下げるウィステリア。それから、真剣な表情で言葉を続ける。
その内容を要約すれば、弟の方はまだ交渉の余地があり、理非と道理を理解してくれるという事。ただし、礼には礼を返すが、無礼には相応の攻撃性をもって応対するという事。負けん気が強く、相手が教会であろうとも、怯む様子を見せない事。姉を溺愛し、その振る舞いの一切を許容し、それで不利益を被ろうとも嬉々として対処している事。
最後に点に関しては、此方も初耳だった。残念ながら、此方が出会ったショーン君は一人のときだった。その印象は、理性的でリスクを避け、そのうえで己の利益を追求する、まるで辣腕の商人のようなものだった。あとはまぁ、女装が良く似合っていたという点だろうか。
そんな理性的な少年が、ウィステリアからすると姉の為であれば、利害を無視して牙を剥くのだという……。なかなかに興味深い……。
「交渉の最後に、拙が『件の死神の幻術を見せて欲しい』と頼んだところ、部屋や自分ごと、賽の目切りにされる幻術を使われました。【正道標】で打ち消しましたが、長時間あの空間に囚われていたらと思うと、怖気がします……。また、術中に囚われながら正しく術を行使できたのは、運が良かっただけです。神聖術師としての資格を得ていない者であれば、まず間違いなく、発動に失敗しているでしょう」
「オーカー司祭、そも資格を得ていない者は、みだりに外部で【神聖術】を行使してはならぬ。人々の認識に、不出来な【神聖術】を残されてはならぬのだ。それは無用の仮定であろう」
「左様でございますね。失礼いたしました。失言でした。お忘れいただければ幸いです」
教会幹部の指摘に、慇懃に頭を下げるウィステリアだったが、その目がチラリとカラメッラを捉えていたのを、此方と当人は気付いただろう。
彼女はいまだに、神聖術師としての資格がない。【神聖術】の行使が安定しない以上仕方のない事ではあるが、そんな彼女が以前のハリュー姉弟との戦闘で【神聖術】を使ったのは、厳密には法国の掟に反する行為だ。
とはいえ、姉弟以外に目撃者も残っておらず、二人も命の危機であったのは間違いない為、あまり目くじらを立てるつもりはない。【神聖術】全体に悪影響を及ぼすには、最低でも数百、数千人にその認識が共有されたときだ。信仰は信仰、影響は影響とはいえ、その命を捨ててでも戒律を守り、ダンジョンの奥地ですら【神聖術】に対する共通認識の為に殉教せよ、などと無体を言うつもりは、流石にない。
「うぅむ……。聞く限り、【神聖術】や生命力の理で打ち消せる、ただの幻術に思えるのだが……、違うのだろうか?」
「生命力の理に関しては、拙は使えないのでなんとも申せません。ですが、【神聖術】に関しては、相当の熟練がなければ、少なくともあの空間では難しいでしょう。同じように【魔術】の行使とて厳しいかと。己の手がどこにあり、己の足がどこにあるのか、わからなくなってしまう空間です。目隠しをしながら、書類を書き上げるような難易度でしょう。幸いなのは、相手もまた同じ状態に陥るという点でしょうか。笑ってはいましたが、当人にとってもあの空間に囚われるのは、負担であると言っていました」
聖騎士の一人が、疑問に首を傾げつつウィステリアに問う。ウィステリアも淡々と、その質問に答えた。
「ふむ……。もしかすれば、死神召喚は姉弟諸共同じ術の影響下におかれ、デメリットも享受しなければならんのかも知れないな。【甘い罰】の場合はどうだったのだ?」
「そういえば、姉も弟も成長してたな」
「うん。それに、ボクらに先んじて、脱出を図ってた」
「では、間違いないか? だが、そうなると熱砂の死神と、フランの方が説明がつかん。姉弟以外の者には、影響が生じていたのだろう?」
「そもそも幻術なのだから、端から虚像であるとわかっていた為、幻術が効かなかったという線ではないか? 幻術というのは、下地となる心理状態が強く効果に影響する。自分たちのペテンを知っているからこそ、そのペテンにかからなかったという事であろう」
「それでは、帝国の者どもが全員阿呆という事になるぞ。いくらなんでも、それは道理が通らん。幻術への対抗策を、ある程度無効化できると考えるべきだ」
「そうだな。なんらかの方法で、影響を最小限にする方法がある、と見るべきか……」
「その方法がわかれば、ある程度姉弟の死神からの脅威を軽減できるはずだ」
「――各々、いまは死神への対策を話し合う場ではない。それらは、この会議が終わってからで良い」
戦闘面からの死神への対抗手段を講じていた聖騎士たちを、聖騎士団長が制止した。室内にも、本題から外れつつある議論に、顔を顰めていた者もいたようで、団長の掣肘に頷いていた。
「部下らが失礼しました。お話を続けていただきたい」
「ありがとうございます。しかし、拙が話せる情報は、以上でほぼすべてです。あとは精々、彼らが戦士や冒険者というより、研究者、技術者であるという点でしょうか……」
「その事で、未確認ながら我が国にとっても、看過できぬ情報がある」
ウィステリアの言葉を引き継ぐようにして、テラッヴォ枢機卿が話し始めた。その内容に、会議はさらに紛糾し、取り止めがなくなっていく……。
「シカシカ大司教より、ハリュー姉弟が第二王国に、我が国の至宝『ディクスタンの聖杯』と同様の品を献上したという報せが届いた」
「――なッ!?」
誰が発した声かわからない、戸惑いと驚愕の呻吟が耳に届いたが、此方とて話の内容に驚愕し、その声の元を探し出す事はできなかった。
「あり得ぬッ!? 聖杯の製作方法は、既に失伝して久しい!」
「左様! それが聖杯と同じ品であるなど、まして現物のない第二王国での再現など、とても信じられぬ!」
「聖杯の外観を問う、などという言葉が生まれて久しい。市井の姉弟が、いかにして聖杯の詳細を知り、それを再現したというのか!?」
「だが、シカシカ大司教座下からの報せであろう? 軽視するわけにはいかぬし、万が一事実であれば、後手に回るわけにはいかぬぞ?」
「同意する。しかし、シカシカ大司教座下も、御国を離れられぬ身。聖杯を直接拝する機会は、これまでなかったはず……。その情報の信憑性には、やはり懸念を抱かざるを得ぬ」
「なんでも、第二王国のパツィンクス子爵が、同様の代物であると明言したらしい。彼の者の審美眼であれば、そうそう見誤りがあるとも思えぬし、例え王命であろうと、美術品に関してはあたらな発言はすまい……」
「パツィンクス子爵の見立てか……。ならば、たしかなものであろう……。少なくとも、姿を似せただけの、マジックアイテムという事はあるまい」
「誰だ?」
「第二王国では、一、二を争う好事家だ。たしか弟が、なかなか良い画家だったはずだ。当人も、聖杯を拝す為だけに、我が国に使者として赴く任を、王宮に願った程の酔狂と聞いている」
「ああ、話だけなら聞き及んでおります。なるほど、その者の証言であれば……」
「うむ。一考の余地はある。むしろ、無碍にする方が愚かよ」
「ですが、そうなると……」
いよいよ、信憑性を帯び始めた話に、顔色をなくしていく一同。法国におけるハリュー姉弟の価値が、いまこの瞬間、大きく跳ね上がった。
なにがなんでも手に入れるか、然もなくば……――などという思惑が、透けて見えるようだ。
せめて、此方が穏便な方向に誘導できれば良いのだが……。
●○●
豪奢な調度に飾り立てられた室内には、重苦しい沈黙が蟠っていた。
先のポールプル侯爵公子の一件は、帝国領の町二つと都市一つを割譲するという、破格にも思える賠償条件で片が付いた。帝国が、新たにナベニ共和圏を得ていなければ、とても不可能な対応だっただろう。
この件で、ポールプル侯爵及び、その寄親であるハップス大公にも帝国内でかなりの罰が科されたようだ。だがそれでもなお、帝国内では彼らを批難する声が強いらしい。
折角の戦勝に泥をかけられたうえ、タルボ侯からすれば、賠償として領土を削られたのだ。司令官として、なんら責なしとはいかぬだろうが、南部の領袖からすれば、東部の領袖の長であるハップス大公によって、妨害されたという思いが強いのだろう。
これが、我が国のように長年その土地に根ざしてきた領主貴族が相手だったと思うと、領地替えの交渉だけでも年単位の時間を要しただろう。その点は、新興の帝国ならではの対応だったと言えるかも知れない。
帝国に関してはこれでいい。というよりも、これ以上西に懸案を抱えたくない。第二王国としては、さっさと東に取り掛かりたいのだ。だというのに……。
「ハリュー姉弟か……」
室内の誰かが、その名をこぼす。新年の宴の直後には、国内の有望な技術者、魔術師、上級冒険者、程度の認識であり、名前すらうろ覚えだった姉弟は、もはや我らが生涯忘れる事のない名になった。
私も、それなりに調べてはいたものの、流石にここまでの重要人物になるとは考えていなかった。
「ラクラ宮中伯閣下、彼の姉弟に関して、ゲラッシ伯爵家はなんと?」
部下の一人から、恐る恐るといった調子で問いかけがある。この者は、地方領主たちに対する気遣いもでき、彼らが望む事、逆に望まぬ事も、重々承知のうえだ。そのうえで、本来ゲラッシ伯爵家が望まぬであろう、領内の人材に対する言及をしている。
最悪、伯爵家からの不興を買ってでも、姉弟という人材を第二王国、あわよくば王宮に紐付けておくべきだという意思の表れだ。私もそれには同意見ではある。
数百、数千の兵を壊乱させる幻術師など、みだりに他所に流せるものか。
「安心せよ。伯爵公子のディラッソ殿が弟と強く誼を通じ、姉のグラは伯爵家への家臣入りが内定している。また、密かにではあるが、彼の同腹の妹御と弟のショーンとの縁談も進みつつあるそうだ。こちらに関しては、いまだにどうなるかはわからぬが、な……」
「左様ですか……」
ホッと胸を撫で下ろすように息を吐く部下に、私も苦笑を返す。
普段は、貴族、領主、大臣らを、麦の搬出と同じように捌いている我々が、市井の姉弟の動向に一喜一憂させられているのだ。苦笑も漏れよう。
「帝国はだいぶ姉弟の存在を気にしているようだな。彼の者らを西に置いておけば、少なくとも我らが東で動く間は、背後を気にしなくても良い」
「はい。問題は、姉弟が本当に我が国にとって害にならぬか、ですが……」
「ふむ……」
たしかにそれは懸念材料ではある。出自もハッキリせぬ姉弟だ。他国からの間者であるという可能性は、無造作に切って捨てられる程低くはない。
だが、だとすれば、あれ程の人材を国外に流出させ、第二王国に対して大きなメリットをもたらしてまで、国許はどのような利を得ようとしているというのか……。本当に間者であれば、あのような目立ち方などすまい。
少なくとも、どこかの紐付きではないと見るのが妥当なはずだ。
「その事で一つ……、不確かな情報で申し訳ないのですが、憂慮すべき情報が……」
別の部下が、おずおずと進言してくる。
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