第54話 ダンジョンコア・グラ

 ●○●


 ダンジョンに戻ってきた私は、すぐさま一層へと入る。近場の者に訊ね、襲撃などの変化がなかったかを確認し、異常なしの返答を得る。当然ながら、ゴブリンやそれに統率された小鬼らの動向は、私にも予想できないもであり、冒険者どものその答えには素直に安堵するところだった。

 緊急の用事はない為、頃合いと場所をゆっくりと一層と二層の観察をしながら、見定める。ついでに、あちこちに視線を飛ばして我々のダンジョンの様子を確認していた。

 ふむ。やはり三層のゴブリンらも、いよいよ侵入者らを放置できないと判断したようで、本格的な迎撃と逆襲の準備を始めているようだ。四層に調達班を放ち、積極的に食糧を集めているのは、それなりに大規模な戦闘の準備をしているらしい。

 三層や四層の状況を確認し、彼らの動きを予測しつつ、私は二層の外れに足を向けていた。周囲にがいない事は十二分に確認しており、足取りにも迷いはない。


「さて……」


 新ダンジョン二層の端の端。出入り口からも三層への階段からも遠く、無駄に入り組んでおり、拠点としての利用価値もないどん詰まり。残敵掃討中の下級冒険者も、近場にはいない。

 しかしだからこそ、この状況には丁度いい。


「出てきなさい。私に用があるのでしょう、グレイ? それとも、キャッツクレイドルの名で呼んだ方がいいのですか?」 

「グレイで構わないとも。久しぶりだね、グラ殿」


 明り一つない洞窟の奥の闇から、柔らかな声音と和かな表情の青年が染み出すように現れる。以前見た男とはまるで別、表情まで別人のように柔和な優男であり、冒険者風の出立ちに若干の違和感を覚える人物だ。まぁ、新人冒険者として這入り込むには、丁度いい垢抜けなさといえるかも知れない。

 以前と姿形が違うのは仕方がないだろう。なにせ、私が壊してしまったのだ。所詮、どちらも人形である。それも、我々が使う依代とは明らかに別の、いうなれば【目移りする衣裳部屋カレイドレスルーム】のフレッシュゴーレムらの発展型のような存在だろう。

 なお、再現はいまのところできていない……。それだけ、複雑で稠密な機構で作られた人形であり、このグレイを名乗るダンジョンコアの技術力の高さを物語る代物だった。


「「…………」」


 一拍の間。この空気が、我々の間柄が決して良好なそれではないと、如実に物語っている。だが、先程のグレイの声には、私に対する友好的な感情が窺えた。その表に出ている感情という情報を、他のダンジョンコア相手のようにそのまま信じるわけにはいかない。

 グレイ・キャッツクレイドル。彼が名乗ったその名は、人類社会においてはそれなりに有名な人物だ。もし同一人物なのであれば、彼が人類社会に介入し始めたのは、もう一〇〇年以上も昔という事になる。下手をすれば、もっと昔からという事もあり得るだろう。

 我々にとっては、ニスティス大迷宮以上に参考にすべき存在といえるかも知れない。


「久しぶりという程でもないでしょう。殊に、我らダンジョンコアにとっては、以前の邂逅はついさっきと言って差し支えない程に直近といえます」


 十分に間を空けてから、私は返答する。内容は、相手の先程の言葉の否定である。にも関わらず、グレイはやはり柔和な表情を崩さず、困ったように眉をハの字にして頭を掻く。

……実に胡散臭い……。


「ははは。それはたしかに……。なんにしても、周囲に人間どもがいないというだけで、随分と気楽に話せるとは思わないかい?」


 それは正直その通りだ。以前この者と言葉を交わしたのは、トポロスタンのダンジョン跡での事だった。周囲には、私と同行した多くの冒険者がいた為に、お互い踏み込んだ話はできなかった。それに比べれば、この状況はまさにお誂え向きだ。

 ここが私のダンジョンである以上、近付いてくる者はどれだけ斥候に長けた者であろうと察知は容易く、排除もまた容易である。己がダンジョンとは、その掌中も同然なのだから。


「それにしても、よく私がいるとわかったね? もしかしてこの新ダンジョンは、君のダンジョンなのかな?」

「おや? そこに関しては、まだ掴んでいなかったのですね。その通りです。故に、あなたという異物の存在は、すぐに察知できました」


 これまでの我々がそうであったように、ダンジョン内において他のダンジョンの眷属の存在は、即座に感知される。当然、グレイの操り人形であるこの者の存在も、ダンジョンに戻った瞬間から、違和感として探知していた。

 私がこのような場所に移動したのも、余人を交えずに話し合いができると思ったからであり、向こうもそれを察して近付いてきたわけだ。

 グレイがどのような行動に出ようと、対応は非常に容易い。これが、相手もダンジョンコア本体であったなら話は別だったが、眼前の存在はそうではない。それは、自らのダンジョンにおいては、説明など不要な程に自明である。


「そうか。ならば、より突っ込んだ話もできるだろう。他のダンジョンコアに覗かれながらでは、やはりできない話というものもある。しかし、いやはや……」


 だがそこでグレイは、やや困ったような顔でこちらを窺い、さらには言うか言うまいかを迷うような素振りを見せる。やはりその仕草は実に、故にこそダンジョンコアらしからざる。

 我らダンジョンコアは、相手の顔色など窺わない。孤高に生きるが故に、そのような慣習とは無縁なのだ。


「なんですか? 言いたい事があるのなら言いなさい。そのように小心翼々しょうしんよくよくとされる方が鬱陶しい」

「……ああ。そうだね……。うん。もし差し支えがあるようなら、勿論答えてくれなくていいのだけれど、君のダンジョンはアルタンにあっただろう? そこは放棄したのかな?」

「いいえ。あそこはいまでも我らが縄張りです」

「我、ね……。いやまぁ、いまはそこはいい。では、こちらのダンジョンは、いざというときの避難所兼、生命力確保の為のダミーという事かな? 悪くはないが、生命力のロスが多いのではないかね?」


 最奥まで到達しても、我らダンジョンコアのいないダンジョンというのは、地上側からすれば非常に嫌なものだろう。ただし、疑似ダンジョンコアという我ら独自の技術がなければ、ダンジョンコアのないダンジョンなど脆い地中空洞でしかない。生命力DPを注いで作ったとて、放置していればあっさりと崩落、元の木阿弥でしかない。

 そうである以上、どこかには自分のダンジョンにつながる道を用意しておかねばならず、人間どもの周到さを思えば、そのようなダミーはあまり意味がない。ダンジョン内にはDPを充溢させなければ、その内枯死してしまうのだから、無駄に広げる行為は管理を困難にするばかりで、あまり意味がないのだ。

 無論、至心法ダンジョンツールがなければ、という注釈は付く。さらには、我々の擁す帝国=ベルトルッチ平野をつなぐパティパティアトンネルのように、既に我々はそういった、既存の概念に捉われる必要はない。


「その辺りは流石に機密に関わります。ですがまぁ、こことあちらは同じ一つのダンジョンである、とだけ」

「へぇ……」


 グレイの声音が一段低く、冷たく響く。その顔に貼り付けている柔和な笑顔が、途端に歪に、薄っぺらく思えてくるのがまた、実に鬱陶しい。お前はどこまで人間臭い真似をするのだ?


「随分と広大な範囲を、その領域に取り込んでいるんだね? アルタンからサイタンまで……。ゲラッシ伯爵領を、ほとんど手中に収めたようなものだ」

「実際はもっと広いです。西はベルトルッチ平野の一部を、南は地中海沿岸まで、東はアルタンまでですが北はパティパティア地下をかなり北部までを領しています」

「……それはすごい。かつての一層ダンジョンをはるかに越える広さだ。知っているかい? 一層ダンジョン。現在の帝国領の辺りにあったものなんだけどさ……」

「知っていますよ。人間社会においては、それなりに有名なダンジョンですね。我々ダンジョンコアにとっては、無名もいいところですが」


 曲がりなりにも、一応は私も人間社会に潜入している。ゲッザルト平野の一層ダンジョンの名は、北大陸で冒険者をしていれば自然と耳に入ってくるものだ。それでなくても、我々は一応ダンジョン学の研究者を自称しているのだ。知らぬわけがない。

 対して、ダンジョン界隈において一層ダンジョンはあまりにも無名だ。ダンジョンコアにとっても、一層ダンジョンなどという試みには、なんらの利点も見出せず、またあっさりと討滅された為に、基礎知識に載せるような情報ではないと判断されているのだろう。


「そうかそうか。では、一つネタバラシをしよう。その一層ダンジョンの主――ダンジョンコアは、私だったんだ」


 グレイは事もなげに、そう言った。



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