第53話 情報共有と敵の向いている方向
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「ほぉ! するってぇと、お前らは生存が絶望視されてた【
サイタンのギルド
場所はサイタンの町の冒険者ギルド、その支部長室である。応接用のソファに向かい合わせに座り、湯気の立つカップが乗ったテーブルを間に、私は新ダンジョン攻略の状況を報告していた。
「ええ。軽戦士のマル、回復術師のハチェッタ、それと斥候のボーテ、でしたか? 名前が合っているかは、自信がありませんが」
「合ってるぞ。良くやった! そいつぁ間違いなく、お前さんらの手柄だ。後続を待っていたら、まず助けられなかっただろうからな」
バンバンと自らの腿に手を叩き付けながら、両手放しに称賛の言葉を吐くウー。それだけ、ダンジョンで行方不明になったパーティが生還するという事態は稀なのだ。まぁ、ダンジョン側からすれば、さっさと殺してDPにしない理由はないので当然だが。
私は一つ頷き、救出した【
「でしょうね。マルとハチェッタに関しては、今回一緒に帰還しています。職員が、適切な処置をすると連れていきました。体調その他に関する話は、そちらから聞いてください。一応、小鬼らについての情報は、まとめておいて欲しいですね。こちらの知らない情報もあるかも知れませんから」
「了解だ。そっちでの聞き取りはしなかったのか?」
「心身の回復を優先しました。それでも、どうやら精神的な悪影響が大きく、また異性ばかりの現地では、彼女らも話しづらいだろうという、チッチの判断です。ラダはあまりこういう事に不向きだそうで、残りは私やラスタ、ランなどの若輩ばかり……」
「なるほど。まぁ、然もあらぁな。しかし、ボーテは残ったのか?」
首を傾げて問いかけてくるウーに、私はゆっくり首を左右に振る。
「先の二人からほとんど情報が得られなかった点から、否応なく彼には情報収集が期待されています。ただ、当人の健康状態や体力の消耗は酷く、会話は最低限度にとどめているのが現状です。応急処置はしましたが、いまの状態では【回復術】で生命力を消耗すると、命に関わりかねません。まずは、一層のキャンプにて、体力回復に努める事が優先です。幸い、二人と違って少しずつ情報は得られています」
先日救出に成功した、三人目の生存者【
「一層のキャンプ……?」
「それについては後程報告します。どうやら彼は、戦闘後小鬼どもの奴隷として劣悪な環境で扱き使われたいたようですからね。救出も、二人から二日遅れの事です。あと一日二日遅れていたら、衰弱死していてもおかしくない状態でした」
「なるほどな……。で、【
期待を込めて問いかけてくるウーに、私は首を左右に振って答える。目に見えて、彼の表情が落胆に染まった。
「残念ながら……。ボーテが彼らの死を確認しているようです。彼の話を聞いたチッチや【
ボーテから得られた数少ない情報の一つに、残りのメンバーの死があった。これには、チッチや【
「なるほど。まぁ、ありそうだ……。なんにしても良くやってくれた。サイタンのギルマスとして感謝させてくれ」
「不要です。どうしてもというのなら、チッチや【
そう言い捨てて、私は報告の続きを話す。といっても、ここからは強行偵察で得られた情報と、今後の方針。さらに、一層と二層のモンスターの排除が、ほぼ終わりつつあるという程度のものだ。
一層には簡易的な食糧庫や寝床などの場所も確保し、危険についてはほぼ皆無の状態だ。野生動物やダンジョン外からのモンスターの侵入もほぼ無視していい環境である為、拠点の維持管理の為にそれ程人員を割かなくても良くなった為、掃討が捗々しいというのもある。
「……ふぅむ。まぁ、ダンジョンの浅層を拠点にするのは、攻略においてはままあるこった。生まれたてって事で、あまり広くなくて幸いだったようだな。これが中規模ダンジョンだったら、一層の広さだけでもこんな短期間での掃討なんてできなかっただろうぜ」
「その分、未知の小鬼を統率するモンスターに四苦八苦させられていますがね」
「そうだな……。はぁ……。ったく、面倒なモンを作ってくれるぜ、ダンジョンの主さんもよ」
そう言ってぼやくウーに、私は内心ほくそ笑む。この嘆きこそが、ショーンに対する純粋な称賛なのだから、それも当然である。
「小鬼の集団か……。既にお前ら強行偵察班が倒した小鬼の数は、一〇〇を超えるんだな?」
「討伐を主眼においていないのでその程度ですが、肯定します。正確を期すなら、倒したのは二〇〇に届くかどうかというところでしょうか」
「それでも、その集団は倒した以上の小鬼が残ってんだな?」
「ええ。ですが、目に見えて数が減っていますし、そのせいで連中の警戒がこちらに向きつつあります。いまこのときにも、二層につながる防御拠点に小鬼集団の襲撃があってもおかしくありません。できれば、報告に帰ってくるのを遅らせたいところでした」
私の報告に、ウーはピクリと眉を跳ねさせ、質問を投げてくる。
「こちら? ちょっと待て。小鬼連中は、襲撃を受けても冒険者連中との戦闘に及ばなかったのか? こっちから攻撃を受けてなお、やり返してもこなかったって事か?」
「そうですね。報復行動は一切ありません。まるでこちらになど興味はないとでもいわんばかりに。我々からの攻撃に対して警戒は強めても、自分たちの領域から出てこようとはしませんでした。まぁ、近頃は警戒も強まり、一触即発といった状況ですが」
「ふむ……。集団として、ダメージが看過できなくなってきた、か?」
「我々はそう見ています」
「そうか……。しかし、腑に落ちねぇ。ダンジョンの主の指揮下にあるモンスターなら、侵入者たる冒険者の攻撃に過剰に反応するはずだ。受肉したモンスターだって、基本は地上を目指す……」
難しい顔で唸るウー。
「以前の報告で、チッチは連中を『羊に率いられた羊』であり、縄張りを広げるつもりはない。弱さを自覚し、深追いをしてこねぇ集団だって言ってたな。お前さんに言わせりゃ【群】だったか」
「ええ。そのような報告をしました。小鬼集団の中に、集団を指揮できる新種の小鬼がいる、と」
私が肯定すると、ウーもまたそれに頷きつつ続ける。
「その見解にケチをつけるつもりはねぇ。末端まで行き届いた統率を思えば、まず間違いねぇ所だとも思う。……だが、俺にはどうも連中が向いている方向が気にかかるんだ……」
「方向、ですか……?」
「いくらなんでも、小鬼集団がお前らに対して消極的過ぎる。多少深追いしないくらいならまだしも、切羽詰まるまでほとんど無視してやがる。連中が目指している先が、冒険者や外界だとも思えねえんだ……」
「なるほど……」
神妙な面持ちで頷きつつ、私は舌を巻いていた。
我らがもたらす情報だけで、そこまで見抜く洞察力は瞠目に値する。長年冒険者として活動し、その後はギルドで冒険者どもを統率してきた経験が、その結論を導き出したのか……。
どうあれ、彼の見解は正しい。ゴブリンどもが目指す先は、地上でも冒険者でもない。その目が向いているのは、我々の用意したフィールドダンジョン――四層である。
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