第52話 クーデター計画(破棄)
〈8〉
「ほぉ……?」
手の内の、質の悪い紙片に記された情報を一瞥し、私は思わず感嘆の声をもらした。
非常に面白い情報……ではある。だが、【新王国派】にとっては利用価値がない――……否、使い方次第では劇毒になる代物だ。
「しかし……――」
【新王国派】にとっては劇物となる
「いかがなされた、モーラー伯。随分と難しいお顔で悩んでおいでだったが?」
「ジャロー士爵か。いやなに、いましがたこのような情報が手元に届いてな。どう扱うべきか、悩んでおった……」
私はそう言って紙片をジャロー術士爵に手渡す。簡潔に、一文で記された情報に目を通した彼は、驚愕の表情を浮かべて私の顔を見る。それからもう一度、紙片に視線を落とした。
そこに記されていた一文は『ルートヴィヒ殿下、お忍びにてウェルタンに在り』。
「よもや、殿下が王都にいないとは……」
「ウッドホルン男爵やウーズ士爵らに紛れて王都を発ったのだろう。当然、変装もしてな」
「しかし、迂闊では? 王都の方が安全でしょう。ルートヴィヒ殿下は、現在が王位継承戦の最中である事をお忘れなのか?」
「それを押してでも、ショーン・ハリューの為人を確認しておくという点に重きをおいたか……――はたまた、既に勝った気でいるという可能性も、たしかにあり得るところであろうな」
「…………」
私が自説を認めたというのに、ジャロー士爵の表情はいっそう曇る。まぁ、それだけ我らがマクシミリアン殿下を、取るに足らぬ相手と考えられているわけだからな。当然だろう。
とはいえ【新王国派】の者らとて、所詮は捨てられた神輿を拾っただけであり、本気であのバカ王子に期待している者など、ほとんどおるまい。【新王国派】がアレに左袒しているのは、純粋に派閥の都合であって、彼に王器を見出したからではない。
もしもまかり間違って彼が玉座に就いたならば、その在位期間中は常に聖杯の外観を問われ続ける事になるだろう。
「誤情報である可能性は?」
「これは、件の幻術師一行に付けた、手の者からの情報である。市井の、雑多な者を使嗾して得たものとは、一線を画す精度のものよ」
「つまり、ほぼ間違いない、と……」
ゴクリと喉を鳴らしてから問うてくるジャロー士爵に、私は神妙な面持ちで頷いてみせる。
実際は、グレイ様の眷属や人形らから集めている情報だが、その辺りをこの者らに説明する必要はない。人間どもは、我らの思い通りに踊ってさえいればいいのだ。
私はわざとらしく嘆息してから、ジャロー士爵に対して首を左右に振る。
「……しかし、せっかく得た貴重な情報であるが、いまは利用価値がない」
「なんとッ!? 左様で?」
「たしかにルートヴィヒ殿下は、我々の政敵たる【王国派】の象徴。その動向を掴めたというのは、常であれば大きな利よな。いかようにも利用価値はあろう。しかし、いまばかりはいかん」
「……なるほど。それはたしかに……」
皆まで言わずとも、その意図を察したジャロー士爵が緊張感のある声音で応じる。私もそれに肯んじながら、認識の齟齬を潰す為に最後まで話す。
「既に、【
「左様ですな……。また、こちらがそこまでの暴挙に及ぶと思われては、向こうも手を控える理由はなくなりましょう。我らは、昼夜を問わず暗殺に怯える事になります。そして、我らがそれで討たれようと、彼らを批難する声は高くはなりますまい……」
深刻そうな声音で呟くようにそう言ったジャロー士爵に、私も頷いてみせる。
この場合、確証などというものは必要ない。相手側が『攻撃されている』と認識した時点で、我らは相手側からの反撃という名の攻撃を受ける。そして、地力の差は明白だ。
そのような状態になった場合、我らに勝利の目などない。他派閥とて、ここぞとばかりに弱味を見せた我らを叩き、次代の王たるルートヴィヒ殿下への手土産とするだろう。
「そうだ。我らはむしろ、他勢力がルートヴィヒ殿下を暗殺せしめようとするのを、阻止せねばならん立場よ。我らに嫌疑をかける為、他派閥が動く可能性はないでもないのだ」
「今後の計画の蹉跌ともなりましょう」
「そうだな」
ジャロー士爵の言葉に頷きつつ、たったいま自分のなかではゴミとなったその計画について思い起こす。
要は、クーデターである。
とはいえ、前述の通り王侯貴族を害したり、幽閉したりするような、強引な手法は取らない。それでは結局、第二王国中の貴族に【新王国派】が排斥され、内戦紛いの闘争に発展するだけだ。
我々としてはそれでも良かったのだが、残念ながら【新王国派】程度の規模では、大規模な騒乱に至る前に圧殺されてお終いだ。故にこそ、
「借金の状況は?」
「あまり芳しい答えはありませんね。どうやら商人どもも、我らの勝利などあり得ぬと見込んでおるようで……」
「まぁ、仕方あるまい。劣勢であるのは事実だ。それを認め、自らの立ち位置を正確に認識できねば、我らは山のどこから出発したのかわからぬ遭難者も同然よ」
「左様ですな。ですが、それでも殿下と我ら、そしてなによりモーラー伯のお名前で、かなりの借財はできました。個人的には、来月の返済が恐ろしくてなりませんが……」
「それには概ね同意だがな……」
私は青い顔で苦笑いをしているジャロー士爵に向けて、皮肉気に笑う。
我らの起こすクーデターにおいては、この『商人どもからの借財』というものが重要な役割を持つ。下手をすれば、王都全体を武力を用いずに揺るがす事も可能となる。
私は、【新王国派】の面々が血道をあげている計画について、いま一度ジャロー士爵に確認を取る。手筈通りに彼らが動いてくれることを、私も願っているのだから。
「第二王国内のすべての戦力が外敵に対処している間に、我ら【新王国派】はマクシミリアン殿下を旗頭に、王城とその機能を占拠する。大義名分は、此度の選帝侯のみが選挙権を有する『王位継承戦』そのものを否定し、第二王国などではない、新生・聖ボゥルタン王国として、本来玉座に就くべきマクシミリアン殿下に、王位の継承を宣言していただく為、だ」
「その際に、王都の商人どもが役に立つ、という算段ですな」
「左様」
商人どもからの借財は、形を変えた民の派閥化だ。我らに問題なく借金を返して欲しい商人どもは、この王位継承を歓迎するだろう。
現状の我らに借金を渋るのは、負け筋が濃厚だからだ。勝ち馬とみれば、彼らの手の平もくるりと回る。そしてその借財が、王都内での
「金だけではない。地位もまた、派閥形成には必要だ」
「は。政を牛耳った際には、我らの派閥でそれを独占せず、場合によっては派閥の者らよりも、それ以外の貴族を優先して地位を与えます。さすれば、その者らも我らの敗北を厭いましょう」
「そうだな。また、地位に飛びついた者が敵方に寝返ろうとすれば、その首を刎ねるのも容易だ。マクシミリアン殿下、そして我ら【新王国派】の恩に、仇で返したのだからな。必然、彼らは寝返るに寝返れぬ」
こちらの『弱味』を利用して、徹底的に利益で雁字搦めにした味方を作るクーデター。実際に行えば、どれだけの混乱がこの王都で発生するか、見てみたかった気もする。
「法衣、帯剣貴族、そして王都の民からの熱烈な支持があり、そして王都シャスィリ・ドゥルルタンを掌中に収めているというのは、とても大きい。時間が経てば、こちらに味方する貴族も増えよう」
「左様ですな! 地方領主らも、これまでの非礼を詫びる為に、慌てて殿下の元へ馳せ参じる事でしょう。そしてその事実が、中央集権を成した新生ボゥルタン王として、強烈に貴族と民に印象付けられる! そうなってしまえば、【王国派】の面々も意地は張れますまい」
「そうだな。いかに己の正当性を叫ぼうと、それは封建制の第二王国の話だ。王権の在り処を、各選定侯が投票によって定めるという、な。そのような旧来のやり方で正当性を解いても、中央集権を成した新生・聖ボゥルタン王国のやり方にはそぐわん。次代の玉座の主は、当代の玉座の主が定める。他の国家のように、な」
「玉座の空白で不利益を被っている貴族や、それに不安を覚えている民もおります。まさに、我らが創る新王国、新生――否、新聖ボゥルタン王国ですな!」
「ほぅ。それはいいな。新生・聖ボゥルタンでは、少々ややこしいと思っていたところだ。あとで、その名を国号にできないか、殿下にお訊ねしておこう」
「誠ですか!?」
「勿論だ。さすれば貴様の名は、国名の命名者として時代に記されような。羨ましい事よ」
私の言葉に頬を紅潮させ、飛び跳ねんばかりに喜んでいるジャロー士爵に背を向ける。さて、では私はこの情報を、バカ王子の耳に届くようにせねばな。
新聖ボゥルタン王国か……。それができれば、王国領域の混迷も必定なのだがな……。残念ながらあのバカに、そこまでの求心力はあるまい。とはいえ、このやり方で味方が増えるのも間違いないだろう。
残念ながら、武力紛争に至った時点で瓦解する、脆い結束でしかないが……。
とはいえ、それならそれで良かった。【新王国派】と【王国派】の戦力を拮抗させてからの、王都を中心とした武力紛争。その混乱がどこまで波及するかは、流石に私も予想がつかない。
場合によっては、周辺国の食指も動こう……――
いや、よそう……。所詮捨てたプランだ。未練がましく、いつまでも拘泥するものではない。
そうだな。テラン子爵の耳に入れよう。あの粗忽者ならば、間違いなく
まぁ、それであのショーン・ハリューを取れるとは思えないが、その周りの駒を何個か落とせれば、次の手を打つのも楽になる。上手く踊ってくれよ、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます