第92話 甘さの利用

 幸いな事に、特に交換条件を提示される事もなく、僕の斧は返してもらえた。どうやらこれもまた、お詫びに取り返してくれたとの事だ。

 正直、ここまでしてくれるなら、部下の首まで渡す必要はなかったような……。まぁ、既にあとの祭りなので、口にはしないが。ただちょっと、罪悪感を抱いてしまう……。


「ショーンさん、少しお耳に入れておきたい情報があるのですが……」

「聞きましょう」


 帝国の忍者集団のトップからの情報提供だ。ここで聞かないという選択肢はない。


「どうやらいま現在、既にダンジョン外に脱出を果たした【甘い罰フルットプロイビート】とは別に、聖騎士が上陸した模様です。そこには、ショーンさんも面識のあるウィステリア・オーカー司祭も同道している様子」

「ふむ……」


 あの二人は、できれば他の教会関係者に接触される前に、口封じをしておきたかった。残念ながら、既にダンジョンの外に出てしまった以上、それを強行するのは悪手になった。

 天下の往来で、あの蛍光双子ツインテツインズを襲撃し殺したりすると、それこそオーカー司祭が言ったように【聖戦】が起こりかねない。

 以前は一笑に付したが、それはあくまでも、神聖教徒にとってたった二人の敵という、僕らハリュー姉弟が脅威として実感できるわけがなかったからだ。

 だが、神聖教徒の多い北大陸で、なおかつスティヴァーレ半島にも程近いこのゴルディスケイル島の衆目の渦中で、聖騎士を血祭りにあげるというのは、流石に心証が悪すぎる。

 この場合、向こうが先に手を出してきたと主張しても、水掛け論にしかならないのが痛い。どちらを信じると聞けば、北大陸の住民は十人中十人が、教会を支持するだろう。一〇〇人中でも一〇〇人そうだろうし、一〇〇〇人でも一〇〇〇人がそう信じるはずだ。

 神聖教がこの北大陸で、長い年月をかけて築きあげた、信頼と実績と信仰と実益のなせる業である。十万人くらいに規模を拡大すれば、数人くらいは僕らに味方してくれる人間も、現れるかも知れない。


「その聖騎士の加勢を受けて、双子騎士に再び敵対されると厄介ですね……」


 グラが独り言ちる言葉に、僕も完全に同意である。別に倒せないと決まったわけではない。だが、疑似ダンジョンコアを抱えたまま、あの双子プラス一人の聖騎士を相手にする事を思うと、正直面倒臭い。

 どさくさで、疑似ダンジョンコアが人間たちの手に渡ってしまったら、それこそ事だ。それならいっそ、ルディに秘匿技術の開示を条件に、預かっていてもらった方が一〇〇倍マシである。

 この際、双子騎士の口封じは諦めよう。僕が依代の自我に影響されて暴走したせいで、こうして逃げられてしまった以上、いずれは僕自身の手で決着をつけねばならない。

 だが、いまここでそれをするのは不利益が大きい。文字通り荷物を抱えた状態で、おまけに一対三での戦闘は、勝算の面では五分五分でも疑似ダンジョンコア防衛の観点からすれば、危う過ぎる。


「それともう一つ」


 蛍光双子ツインテツインズと新たな聖騎士の登場について考え込んでいた僕に、タチさんがさらに情報を追加してくる。

 マジかよ……。教会と聖騎士とのいざこざで、もう僕の容量の小さな頭はいっぱいいっぱいだってのに……。こんな事なら、下手にでてでも、教会と揉めるんじゃなかったか……。

 こういう、思想で行動原理を定めている連中と揉めると、本当に厄介なんだよなぁ……。


「ヴェルヴェルデ大公の手の者が、ハリュー家の使用人を連れて、こちらも同時期に上陸しています。使用人の様子から、恐らく穏便な形での同行ではありません」

「あ!」


 忘れてた。僕が急いで戻ってきたのは、それが理由だった。


「どういう事です?」

「そういえば、グラにも説明してなかったね。実はミルとクルが誘拐されたんだ」

「ふむ。それで?」

「いや、それだけ」

「なるほど。それで急いで地上に戻ったのですか?」


 まるでその程度の些事でと言わんばかりのグラの様子に、流石に苦笑してしまう。


「流石に、少しは心配してあげようよ」

「無用です。所詮は使用人です。むしろ、あなたが下手に情をかけて見せるから、今回こうして利用されたのではありませんか?」

「まぁ、おっしゃる通りすぎて言葉もないけどね」


 使用人との間に一線を画していなかったせいで、大公の手の者が僕らのウィークポイントとして、ミルとクルを利用したのは明白だ。まぁ、グラにとっては使用人の一人や二人、失ったところでなんの痛痒も感じないだろう。

 僕としては、まぁ、思うところはないでもない。こういうところが本当、まだまだ怪物になりきれていないところなんだろうなぁ……。


「ただ、その論には一つ間違いがあるね」

「間違いですか?」

「これは僕の甘さを利用されたんじゃない――相手が、こちらの罠にかかったのさ」


 得意げにそんな事を言いつつ、僕は小指に嵌まっている指輪を起動し、話しかけた。本当は、人目につくところで使いたくはなかったのだが、この際仕方がない。絶対に他所に流さなければいいだけだ。

 なにより、あの二人がいればこの島でのこれ以上の戦闘は回避できる。


「こちらブルー。ゴールドorシルバー、応答願います」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る