第91話 首実検

 ●○●


 ゴルディスケイルのダンジョン一階層で、僕=グラとレヴンは十数人の男たちに囲まれた。とはいえ、そこに剣呑な雰囲気はない。なにせ、その中心にいたのは、帝国の忍者部隊の隊長であるランブルック・タチさんだったからだ。

 さて、どうするか……。いやまぁ、考えるまでもない。眼前のランブルック・タチと背後のレヴン、どちらをより警戒するかなど天秤にかけるまでもない問題である。


「どうしました、タチさん? 僕らになにか御用でも?」


 グラと交代して問う僕に、レヴンも含めた周囲の人間に動揺が広がる。まぁ、いまの僕の見た目は完全にグラなわけで、それがいきなりショーン・ハリューとして話し始めれば、いかに感情を殺す事に長けた隠密とて、動揺くらいはしてしまうだろう。目に見えた変化がないのは、なにかを抱えて正面に立っているタチさんくらいのものだ。

 グラに話させて、ダンジョンコアである懸念を抱かせるリスクと、僕とグラが同じ依代を共有できるという情報が、レヴンを通じてニスティス大迷宮のコアやルディに漏れるリスク。当然ながらその二つを皿に乗せれば、事態の重大さという意味で天秤は、前者に傾く。

 グラもそれなりに対人能力は高くなってきているものの、流石にタチさんのような情報戦の怪物を相手に舌戦できる程の能力は、まだないだろう。もっといえば、やはりダンジョン勢と地上生命では、根底にある価値観や意識の齟齬が、どうしても残っている。上手く隠そうとしても、タチさん程の相手には、むしろその隠そうという行為そのものが違和感という情報となって伝わってしまうだろう。

 ここは間違いなく、元人間である僕の出番である。


「あなたは、ショーン・ハリューさんでよろしかったですか? それとも、グラ・ハリューさん?」

「そこにこだわる意味がありますか? 僕には聞かせられない話を、グラにするつもりでしたか? あるいは、女の子の前で話せない内容でしたか? 残念ながらここでの会話は彼女にも筒抜けですので、内緒話はお諦めくださるようお願いいたします」


 どこか道化じみた慇懃さで申し述べ、僕は軽く肩をすくめる。対するタチさんは、ニコりともせず、しかし状況は理解したようで、彼は黙したまま顎を少しひくように頷いた。

 どうしたのだろう? 流石に雰囲気が厳然とし過ぎている。


「まずは謝罪を」


 そう言って頭を下げるタチさん。そして、部下の人たちもそれに倣う。十人以上の大人にいっせいに頭を下げられるというのは、蚤の心臓である僕にはショックが強すぎる。


「竜の心臓の間違いでは?」

「流石にそこまで大きくない。フェイクドレイクの心臓くらいにしておこう」


 グラのツッコミに、声に出さず反論しつつ、状況が読めない僕はタチさんに問う。


「ええっと、これはいったいどういう事です?」

「お二人の元に、ヴェルヴェルデ大公の食客であるスタンク・チューバを導いたのは、私の部下です。お二人、教会、大公との三つ巴の状況を作り、そこから最大限の利益を引き出そうと画策したようです」


 ふむ……。なるほど。実際、あの小男の乱入で僕らは一時的に撤退を余儀なくされた。状況を引っ掻き回すには、最適のタイミングでの介入だったわけだ。

 あとは、僕らに加勢して恩を売るもよし、三者を仲裁してイニシアチブをとるもよし、最悪の場合教会と大公に加勢して、僕らを討つという選択肢だってあった。なるほど、彼ら【暗がりの手ドゥンケルハイト】からすれば、なかなかにいいポジショニングだろう。

 まぁ、あざとすぎて心証は悪いが、彼らからすれば最大限の利益を得ようと動くのは当たり前だ。とはいえそれは、ナベニポリス侵攻に関して、僕が【悪夢の獣道エフィアルデスの道】を教えるという約束を知らねばだ。

 帝国の大願であるナベニポリス侵略において、解消し難い諸問題を解決し得る僕の坑道案は、些細な暗闘で得られる利益など、小銭程度に思える程の代物だ。ま、すべてが上首尾に運べばだけどね。


「これを……」


 そんな事を考えていたら、タチさんが抱えていた包みを開く。ゲッ……。

 包まれていたのは、一人の男の首だった。どうやら、僕らにあの筋肉小男を嗾けた者は、彼らの手で処分されたらしい。これが本当に、タチさんの部下なのか、あるいは適当な人間の首を、身代わりとして挿げ替えたのかはわからない。それを確認する術は、まぁ、穏便な形ではない。

 とはいえ、ここまで示された謝意を無下にはできまい。一度首を受け取り、矯めつ眇めつ確認してから、タチさんにお返しする。


「たしかに、そちらの誠意は受け取らせていただきました」

「首は必要ありませんか?」

「それは、見分したら相手に返すのが道理では? そちらも、お仲間を弔いたいでしょう?」


 別に、晒し首にしたいわけでもないし、そんな事は一般人である僕らがするべき事でもない。なにより、そこまで強い怨恨を抱いてはいないのだ。

 まぁ、首実検としてはなに一つ確認できなかったわけだが。ああ、だからこそか。この首を持ち帰って、ゲラッシ伯やポーラ様に見せれば、あるいは彼が【暗がりの手】の一員であると確認が取れるかも知れない。万一それが叶わずとも、やはり【暗がりの手】の一人を討ち取ったとなれば、それなりの手柄である。

 僕らが武人だったり、貴族社会に食い込みたいと思っていたなら、帝国における影の巨人の部下の首には、それなりの価値があっただろう。あいにくだが、そんなつもりはないけれどね。


「繰り返しになりますが、そちらの誠意は十二分に示していただきました。これ以上の謝罪は必要ありません」


 ここはきっぱりと、お断りを入れておこう。なにより、疑似ダンジョンコアも持っている現状、さらに余計な荷物を持って動きたくない……。


「忝い……」


 そう言って、今度こそ頭を下げるタチさんと、それに倣う部下の人たち。別に、彼らの為ではないのだが、まぁいいか。それで彼ら、帝国の影に恩が売れるのなら、元手のかからない濡れ手に粟の商売だ。

……ところでさ、タチさんの後ろにいる部下が持ってるの、僕の斧だよね? 首なんかより、そっちの方が気になるんだけど?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る