第93話 真昼の舌戦
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ゴルディスケイル島の港町。町とも呼べないような、粗末な建物が雑然と並び、その建物間を人が移動する事で、自然とそうなっている大通りに、剣呑な空気が漂っていた。常ならば、荒くれ者が騒いでいたり、最悪一人二人は流血しているのも日常茶飯事なそこは、しかしいまは水を打ったように静寂に満ちていた。
干潮時の干潟のように、元来はあるべき人影が綺麗に失せ、物音は風が立てるものと潮騒、それと呑気なカモメのような鳥の声だけだ。見れば、実に気持ち良さそうに遊弋している。
そんな海鳥の存在が、まるで真夜中かと思ってしまう程、人の姿が消えた大通りが、いまだ昼日中であるという事を思い出させてくれる。だが、人は完全に消えたわけではない。
周囲の建物からは、人の気配というにはややあからさまな視線が、僕らへと無遠慮に飛んでくる。路地裏や建物の影からは、饐えた体臭混じりの人いきれが漂っている。
この無法地帯、ゴルディスケイル島の港町が、どうしてこうまで静けさに満ちているのか。それは当然、僕らのせいである。大通りのど真ん中で、いまにも火が付きそうな程に、バチバチと敵意をぶつけ合っている集団。
こちら側には僕、レヴン、タチさんたち【暗がりの手】。今回の一件で、こちらに味方してくれた勢力という事にはなるが、タチさんたちは僕らから距離をとった立ち位置である。まぁ、あまり僕らの関係が公のものになられてはまずいのだろう。
向こうはその逆、今回の一件で僕らに敵対した面々である。【甘い罰】の二人に加え、兜以外は双子と同じような格好の聖騎士に、その背後にいるのはオーカー司祭と、こちらも聖職者だろう太っちょなおっさんだ。これは教会勢力だろう。
そんな教会勢力からやや離れた位置に、大公勢力とでもいうべき集団が、こちらも剣呑な雰囲気で佇んでいる。見覚えはあるが、名前は思い出せないヴェルヴェルデ大公の使いと、ガラの悪そうな冒険者風の連中。そんなむくつけき男どもに囲まれた、我が家の可憐なメイドである、ミルとクル。
まさしく、一触即発である。静電気一つで大爆発を起こす火薬庫、あるいはなんの安全策も講じずに水を電気分解しているような、危うい状況である。
「「「…………」」」
全員が沈黙を保っているせいで、空気が重い重い……。なんとなれば、向こうの教会勢力と大公勢力は別に、手を組んでいるわけではない。こちらも、おそらくはそう見られているだろう。故にこそ、誰も口火を切ろうとはしない。
イニシアチブを取ろうとすれば、確実に他の三勢力から非を鳴らされるだろうからだろう。そしてここにいる全員が、痛い腹を弄られる事を恐れている。誰一人、痛くもない腹でない点がミソだろうか。
とはいえ、ここは誰かが口火を切らねば、いつまでたっても始まらない。そして、今回タチさんはこちらに味方をしてくれるだろうという、それなりの公算はある。まぁ、あくまでも利害関係が故だが。
なにより、僕はもう疲れたのだ。ちょっかいをかけられ、後手後手にそれに対処し続ける、巻き込まれ型主人公のようなポジションに立ち続けるのは。
ここは、イニシアチブを取りにいこう。反撃されて責められても、幸い僕らには、他と違って失うような地位や名誉はない。
「まず始めに、僕から抗議をさせてもらう。教会、及びヴェルヴェルデ大公の勢力から、ゴルディスケイルのダンジョン内にて攻撃を受けた。あれは暗殺行為であり、僕ら姉弟は死んでいてもおかしくはなかった。この事に対し、僕らは厳重に抗議をする」
ま、一個人が多くの信仰を集める大宗教や、王位すら有する大貴族を相手に抗議などしても、相手からすれば蛙の面に小便だろう。だがしかし、ここには帝国の影の巨人、ランブルック・タチがいる。それだけで、両勢力ともに少しは身の振り方を考えるだろう。
「「…………」」
教会勢力と大公勢力は、沈黙を保っている。どうやら、いきなり抗議を突っぱねて、こちらの非を
「それに関しては、こちらからも苦言を。ダンジョン内において、現在所属不明の連中が暴れ回り、多くの人員に死傷者が出ている。当然、我々にも被害が及んでいる」
だが、ここにタチさんがいて、一応は僕らに協力してくれるのなら、やりようはある。まぁ、正直ここでタチさんが向こう側について、三対一で責められた場合が、一番厄介ではある。そして、それは別にあり得ない可能性ではない。
帝国にとって、第二王国の戦力として目されている僕ら姉弟を排除する機会は、手放すには惜しい奇貨だろう。それをされると僕らは、帝国、教会、大公という三勢力と敵対する事となる。
そうなったらもう、人間としての活動は諦めて、ダンジョンに引き籠ろうかと思うくらいには、危うい立場なのだ。それはもう、社会的抹殺に等しい。
とはいえ、そうはならないが。
「最初に混乱を引き起こした勢力が、どこかは問わない。十中八九、ヴェルヴェルデ大公家食客であった【客殺し】スタンク・チューバであろうが、その者はハリュー姉弟に不意打ちを仕掛けて返り討ちにあい、話せぬ身となったそうだ。証拠のない事で、選帝侯でもあるヴェルヴェルデ大公に、嫌疑をかけるわけにもいかぬ」
まったく感情の乗らない声音で、淡々と告げるタチさん。なにも知らなければ、そこには押し殺した憤怒が窺えるだろう。事実、大公の使者は冷や汗を垂らして身を震わせている。
きっと、ここから逃げ帰ったところで、彼に安息の眠りは二度と訪れまい。いつ暗がりから手が生えてくるのか、一生怯え続けるといい。ほとぼりが冷めた辺りで、最後には永の眠りにつけるだろうしね。
タチさんの視線が、そんな憐れな使者から教会の聖騎士へと移る。白銀の兜に覆われてその顔はわからない。同じく銀色に輝く鎧に、純白のマントがその体型をも隠しており、外見からはその聖騎士が男か女かも判別がつかない。
その背後には、ほとんど隠すものがないというのに、男女の区別がつかないオーカー司祭もいるが。
「だが、事の発端がそちらの聖騎士【
タチさんが状況を淡々と告げるも、それは紛れもなく教会に対する糾弾だった。どうやら、ここで裏切られる心配はしなくて良さそうだ……。
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