第94話 太陽の騎士
「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
タチさんの糾弾を遮るように、聖騎士が片手を挙げて問うてくる。その声は、まるで金管楽器のような耳に残る、それでいてどこか清廉さを感じる、女性のものだった。
女性の声を聴いた途端、タチさんの目尻が微かに震えたのを、僕は見逃さなかった。珍しく、ほんの少しだけ動揺を露にしてしまったらしい。
「タチ殿とハリュー姉弟は、いったいどのようなご関係なのでしょう? お二方は、もしや緊密な間柄なのでしょうか?」
「いや、そんな事はない。我々【暗がりの手】は、あくまでも諜報の一環として、ハリュー姉弟に接触を図ったまでだ。最悪でも、帝国とハリュー姉弟の敵対関係を避ける為の交渉だった。とはいえ、なにかを取り決める前に、そこの双子聖騎士が襲撃してきた為に、交渉もなにもなかったがな」
動揺などおくびにも出さず、タチさんは淡々とそう述べる。話の内容そのものは、まったくの嘘というわけではない。教会側も、それは疑わないだろう。なにせ、僕らに接触するまでは、それがタチさんたち帝国勢の事実だったのだから。
案の定、聖騎士は「なるほど」と呟いてから、こくりと頷く。これで構図は、僕ら対教会・大公勢力と、第三者的立ち位置である帝国という形になった。
とはいえ、タチさんたちにも落ち度がないわけではない。言わずもがな。僕らとの関係を隠蔽する為に、ダンジョン内の各勢力を無作為に襲撃したのは、なにを隠そう彼ら【暗がりの手】だ。特に、教会・大公勢力の間諜は、徹底的に叩いたらしい。
まぁ、これは僕らも知らない事になっている事実だ。グラが世間話のついでに、ルディに教えてもらわなければ、僕だって知らなかった。
そんな後ろめたさなど微塵も見せず、タチさんは然も被害者かのように続ける。
「我々は別に、この件でどこかの勢力に責任を問うつもりも、補償を求めるつもりもない。だがしかし、弁明がないのであれば、今後その勢力との、裏での協力関係は築けないものと思っていただこう。暗闇で手を取り合うという行為は、背を預けるに等しいものだ。敵に背を預ける真似を、我々は自殺と同義であると考えている」
きっぱりと言い切るタチさん。徹底的に、今日ダンジョン内で起こった襲撃事件を、教会か大公の勢力に擦り付ける腹積もりのようだ。
要は、犯人がわからないから、容疑者とは全員距離をおきますよ、という宣言である。まぁ、もともと帝国と大公には、そこまで強いつながりはない。この件で関係が悪化したとて、どちらもあまり困りはしないだろう。だが、教会は違う。
対ナベニポリス侵攻において、帝国側の動きをある程度コントロールしたい彼らにとって、ここで【暗がりの手】との、ひいては帝国における南東方面の領袖の長、タルボ侯との関係を絶ってしまうのは、非常にまずいと考えるはずだ。まぁ、僕がパティパティア山脈にトンネルを掘ったら、どの道その関係は破綻するんだけどね。帝国にとって、ただの足枷でしかないし。
「少し待ってください」
案の定、再び聖騎士が手を挙げて発言を求める。タチさんはすぐに返答をせず、一度こちらに顔を向けて、僕の反応を窺っている。僕が頷くと、タチさんも頷き返す。それから聖騎士に向き直り、無言で先を促した。
これはあくまでも、こちらに対する配慮と見せかけた、教会への圧力だろう。自分たちは、ハリュー姉弟との協力関係を築く事にも積極的であり、お前らよりも良好な関係を築いている。鞍替え、というには僕ら姉弟の勢力は小さすぎるが、僕らを通じてパティパティアの峠道を領するゲラッシ伯、その背後にいる王冠領、第二王国とコネクションを形成するというのは、帝国がナベニポリス侵攻に意欲的な現状、不可能な事ではない。
そして、タチさんがあえてそう見えるよう行動している理由も明白だ。あくまでもこの場で僕らに恩を売りつつ、三勢力の間を上手く仲介して、美味しいところを掻っ攫っていこうとしている、というポーズである。
要は、あの首だけになった間者がやろうとした計画を、ここでカモフラージュに使うという事だ。僕らと接触しなければ、【暗がりの手】がそのように動く事は、悪手ではない。むしろ、僕らとの間に然したるつながりがないと思わせる要素にもなり得る。
「我々と、その一件とは無関係です。この者らの狙いは、あくまでもハリュー姉弟であり、間者に関しては良くも悪くも考慮の埒外でありました」
「それを証明する手段がない。元より、暗がりで起こった物事に、虚実の区別などあるものでもない。故にこそ、我々のような存在が跋扈しているわけだしな。だからこそ、我々はその件に対して、賠償も責任も問わぬと宣言した」
「では、どのようにすれば関係の悪化を避けられると?」
「さて……、それを私に問われても困る。我々としては、そちらの双子聖騎士がこのダンジョンを訪れた目的と、行動経路を詳らかにしていただけて、さらにそれが信ずるに値する話であるのなら、嫌疑を薄れさせる要素にはなり得よう。姉弟にとってはわからないが……」
まぁ、確実に僕らを狙ってきた以上、絶対に僕らと教会の関係は悪化する。これはもう、どうしようもない決定事項だ。暗殺未遂、つまりは故意による殺人未遂が、ごめんですんだら警察はいらないのである。
ここでタチさんが、あえて僕らと距離をとった発言をしたのも、やはりこの場で上手く立ち回って、最大限の利益を得たいというカモフラージュの一環だ。そして、教会もそれを望んでいる。少なくとも、タチさんが僕らの味方にしてしまうのは、悪手だと考えているだろう。
そして、僕らもまたそのストーリーに乗っかる。
「わかりました。この一件に関しましては、
「構わないが……、こちらには貴女がどちらなのか判断がつかない。誰ともわからぬ輩が責任を取ると申されても、信用に値せぬ。このような場で不躾ではあるが、お名前を頂戴できないだろうか?」
タチさんのその言葉に、聖騎士はいま気付いたとばかりに「あら」と声をあげてから、その銀色の兜を外す。その奥にあったのは、燦々と降り注ぐ陽光のような金髪を頭の後ろでひっつめた、美しい女性の相貌だった。
「失礼いたしました。此方はポンパーニャ法国、ウルベキア大聖堂所属騎士であり、勿体なくも聖騎士の称号をいただいております、マリーザ・ルーチェ・エスポジートと申します。皆々様には、以後お見知りおきいただければ幸甚にございます」
そう言って彼女は、騎士姿でありながらまるで貴族のように、優雅に頭を下げた。
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