第85話 トレジャーボックス計画

 ●○●


 トレジャーボックス計画。読んで字のごとく、宝箱をダンジョンに設置し、人間の欲望を煽って侵入者を増やすプランだ。以前ミルメコレオのダンジョンにおいて行った実験を応用し、人類社会における対ダンジョンの基本戦略を瓦解させようというプランだ。

 グラとバトンタッチした僕が、計画の概要について説明していく。


「うん? 俺サマのダンジョンに宝箱を設置するって話じゃねえのか?」

「それでも良かったんですけれど、その場合人間たちにダンジョンを封鎖される可能性が高い。実際、僕らの実験に使ったダンジョンは、封鎖から、即座に討伐という流れになりました」

「おい!! お前、まさか生まれたてのダンジョンを、実験の為に人間に殺させたのか!?」


 これまでの、どこか抜けたようなのんびりとした口調とは打って変わって、鋭く敵意のあるルディの金切り声に、僕は降参とばかりに両手の平を見せて言葉を続ける。


「安心してください。それはあくまでも、この依代と同じものを使った、疑似的なダンジョンコアです。また、それも人間たちに回収されないよう、僕らの手で破壊しました。ダンジョンの不利益になるような事はしていませんよ」

「そっか……。そういえば、さっきのモンスターもそれっぽい感じに変身してたっけな。怒鳴ってゴメンな」


 まぁ、あれはまた別なのだが、その辺の説明は省いていいだろう。なにも、こちらの手札をすべて詳らかにする必要まではあるまい。

 それにしても、即座に非を認めて頭を下げられるだなんて、ホントにいい子だ。ついつい年上である事を忘れて、愛でてしまいそうになる。人間なんて『実る程、頭を垂れる稲穂かな』なんていう癖に、歳をとればとる程謝れなくなる偏屈な生き物だっていうのに。

 まぁ、そういう気持ちにさせる一番の理由は、ローンの見た目が大きいだろうけど。


「いやいや。ルディさんの気持ちもわかりますし、僕が話の持っていき方を間違えたのが悪かったんですよ」

「そっか、ありがとな。でもよ、俺サマのダンジョンが危険だから、宝箱は別のダンジョンに設置させるって、それじゃ結局、そのダンジョンが危険に晒されるだけなんじゃねえのか?」

「そこで、ニスティス大迷宮に活躍していただくんです」


 ニスティス大迷宮は、いうまでもなく大規模ダンジョンである。そして、何度も地上生命たちの攻略を跳ねのけた実力も有している。


「ああ、それであの使者のモンスターの話をしたのか!」

「はい。彼が本当にニスティスからの使いであるのなら、この計画の始動は向こうにお願いしたいのです。まずはニスティスから宝箱を排出してもらい、段階的に他のダンジョンにもそれを広げていけば、危険はほぼゼロといえるでしょう」

「ふぅむ……。なぁ、なんでそんなまだるっこしい事すんだ?」


 ゴマフアザラシの顔を傾げて、疑問を呈するルディ。もはや完全にマスコットキャラクターだ。

 一番の理由は、僕らが先陣を切るのはごめんだからだ。だが、先程ルディに説明したように、であれば他のダンジョンにそれをやらせるというのは、危険の肩代わりでしかない。……まぁ、当初はその予定だったが……。

 そうとは覚られないよう、笑顔を貼り付けてぺらぺらと薄っぺらいお為ごかしを述べる。


「一番の理由は、ダンジョン全体の安全の為ですね。ニスティス大迷宮は、人間たちが精兵を結集してなお攻略できなかった、冒険者ギルドのいうところの大規模ダンジョンです。ここで宝箱を出しても、彼らがそれに早急に対処できるとは思えません。つまり、封鎖して即座に攻略するという、僕らがやられたやり方での情報の秘匿は、ほぼ不可能という事になります」


 大規模ダンジョンに対する人間たちの基本方針は、現状維持だ。放置して氾濫スタンピードを起こさせるわけにはいかないが、さりとて無理に攻略しようとまではしない。精々が、上級冒険者を派遣しての間引きである。

 いってしまえば、中規模ダンジョンにも行っている兵糧攻めを、より徹底して行っているのである。それで弱れば攻略に動くだろうが、中規模ダンジョンならともかく大規模ダンジョンのリソース相手にそれをするのは、一〇〇年単位のスパンで考えなければならないだろう。それはもう、単に問題の棚上げでしかない。

 まぁ、大規模ダンジョン攻略にかかる費用、物資、時間、失われるであろう人的資源を思えば、ある意味当然だ。

 それでもニスティスは立地的に要衝である為、かなり本腰を入れて攻略を試みられた方だ。だがしかし、それらの一切を、彼の大迷宮は跳ねのけた。

 流石は、僕らと同じく町中に生まれたのに、僕らと違って身を隠さなかった超武闘派ダンジョンである。間違っても真似はしたくないが……。


「その状態で別のダンジョンから宝箱が出ても、根本であるニスティス大迷宮を攻略できない彼らには、膨大なリソースを急遽用立ててまで、封鎖、攻略する意味は薄い。つまり、ニスティス以外のダンジョンの安全も担保されるわけです」

「なーほーな。でもよぉ、じゃあその宝箱を出す意味ってなんだ? 別に、宝石だの貴金属だのをそこに入れるのは構わねえが、それじゃ地上生命に利を与えるだけじゃねえのか?」


 それは勿論、欲に駆られた人間をダンジョンに呼び込む為であり、それがダンジョン全体にとっての利であると思っているからだ。大規模ダンジョンは勿論、このゴルディスケイルや、かつてのバスガルが直面していた、冒険者の侵入制限によるDP枯渇問題の、抜本的解決案である。

 宝石や貴金属は、ダンジョンにとってはそれ程入手の難しい素材ではない。ダンジョンを掘っていれば自然と集まるし、大きくなればなる程持て余し気味になるだろう。実際、バスガルのダンジョンの保管庫にも、かなりの量が死蔵されていた。

 それらをただ流しては、人間側の戦力強化、または単純な利益供与に思えて、抵抗感があるのはわからなくもない。だが、その代価として人間がダンジョンに群がり、そこからDPを得られると思えば、抵抗感も薄まるはずだ。

 ダンジョンにとって希少鉱物とDP、どちらがより重要かと問われれば、当然後者になるのだから。

 まだ浅い、そういう資源が貴重なダンジョンは、僕らがやったように陶磁器や漆器、あるいはガラス製品などで、人間の欲を煽れるような工芸品を作ればいいだけだ。

 場合によっては、もっと単純にモンスターの素材を宝箱に入れておくのも悪くない。本来命をかけて戦い、それでもなお得られない可能性の方が高いそれが、宝箱から得られるメリットは、結構大きいだろう。まぁ、そればかりに依存するとDPを無駄遣いしかねないので、あまり推奨はできないが。

 そして――、もしもこのプランが浸透し、人間たちが己の意思でダンジョンに侵入するようになれば、それはすなわち――


「冒険者ギルドによる、ダンジョンに対する基本戦略が、根本から破綻する!」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る