第84話 気高い生き方
「おう! それも間違いない」
ルディの断言に、思わず口元が緩む。ついついガッツポーズしそうな程に、それは僕らにとっていい情報だった。当初の計画では、実はゴルディスケイルのダンジョンがそこそこ危うい状態になる予定だった。まぁ、ゴルディスケイルもバスガル同様、結構追い詰められている現状では、四の五の言わずに計画に乗ってくれるだろうという打算はあったが。
それが、間にニスティス大迷宮を挟めるのならば、ルディにとってもローリスクハイリターンになるだろう。
僕は一つ頷きつつ、努めて笑顔を作ってルディに話しかける。計画の方向性は固まった。だとすれば、あとはどう話を持っていき、できるだけ利益のあるポジションを確保するかだ。
「であれば良かった。やはり、万が一、万々が一という事もありますからね」
「万が一?」
「人間側からの間諜である可能性です」
「ああ、なるほどな!」
初めて思い至ったとばかりに納得の声をあげるルディ。これまで外部と接触など、図ろうと思った事もないのだろう。その程度の身の危険の考慮すら、これまではしてこなかったのかも知れない。
やはりダンジョンコアと人間とでは、考え方の根底から差異があるようだ。
「ところでルディさん」
「うん?」
「あなたは、このダンジョンで起こるすべての物事を知覚できますよね?」
「そうだな! さっきのお前の戦いも見てたぞ! あのモンスターが使っていた、影のヤツとか、カッコいいよな! 俺サマも知らない術理だったんだが、あれはグラの秘匿技術か?」
うーん、この明け透け感……。慎重に言葉を選んでいる自分がバカみたいに思える。
「ええっと……。まぁ、そうです。それでですね、あなたが知り得た、その僕らの情報を、外部に漏らさないで欲しいんです」
「おう、いいぞ」
「ええ。その対価として、こちらからは……――え?」
二つ返事というにも早すぎる即決に、僕の方が面食らってしまう。だが、ルディの方は、僕のその反応にこそ疑問を抱いたようで、首を傾げていた。
「なんだ? どうした?」
「えっと……。そのですね。他のダンジョンコアにも、僕らの情報を漏らさないで欲しいというお願いなのですが……」
「うん。それはわかったって」
「その……、対価を提示されても、僕らの情報を売らないで欲しいって話なんですけど……」
「
少し苛立つように、腕を組んで頬を膨らませるルディに、どうやら僕とルディとで、価値観の相違が起こっているのを覚る。こういうときこそ、グラの出番だ。
「ね、ねぇ、どういう事? なんか、コミュニケーションが根本から成り立っていないように思えるんだけど?」
「ふぅむ。まぁ、予想はできます。私が交渉しても?」
「お願い」
忙しない事だが、グラに主導権を渡して、僕は再び傍観者へと戻る。
「申し訳ありません。二、三質問させていただいても?」
「おう」
「我々の情報を、絶対に他者に流さないと約束していただけるのですよね?」
「そうだ」
「対価を提示されてもそれをしないのは、なぜですか?」
「うん? いや、利益を受けて他のダンジョンコアの情報を明け渡すとか、なんつーか、さもしいだろ?」
「なるほど。十全に納得が出来ました」
グラが心底、ルディの発言に納得しているのがわかる。つまりそれは、ダンジョンコアにとってそれは、自明の理とはいわずとも、ある程度納得できる話なのだろう。そして僕も、グラとは違いなんとなくではあるが理解した。
元々、孤高に生きるのが常であるダンジョンコアの生き方においては、他者から利益を享受するという状況そのものが、スタンダードではないのだ。利は己で見出し、己の手で得るものであり、他のダンジョンの秘密を売り渡すような真似をして、己の品性を下げてまで得るようなものではないという認識なのだろう。
やっぱりダンジョンコアってのは、根本から生き方が格好いいんだよなぁ……。僕も、こんな生き方を求められているのだろうか……。それは流石に、ハードルが高い……。
「もしかしてお前は、利益を与えるから俺サマの情報を売れと言われれば、他のダンジョンコアに売るのか?」
「そうですね……。そう問われると正直に答えるのは憚られますが、それでも率直にお答えしましょう。こうして相対す前であれば、たしかにあなたの情報くらいならば、利と交換していたかも知れません。所詮我々ダンジョンコアは、個であり群にはなり得ません。互いに惑星のコアを巡って争う競争相手でもあるのですからね」
「ほぉ。なるほどなぁ、そういう考えもあるのかぁ……。でもそれって、やっぱダサくねぇか?」
面と向かってかなり失礼な物言いをするルディだが、これもまた対人能力の欠如からくる無遠慮さなのだろう。そう思えば、いまのグラは当初から比べればだいぶ対人能力が上がったといえる。
そんなルディの不躾な言葉も、一切気にするようなそぶりも見せず、グラは軽く肩をすくめて頷いた。
「まぁ、たしかにそうですね。私も、少々人間のやり方に毒されていると、自覚はしています。ですが、あなたも生まれたのが人間の町の直下という状況であれば、形振りなど構っていられる余裕などなかったでしょう。他のダンジョンコアに対する配慮など、している余裕などありません。その価値観が必ずしも、ダンジョンコア共通の認識であると考えるのは、早計ですよ」
「むぅ……。たしかにそんな状況じゃ、格好つけてる場合じゃねえか」
「ええ。とはいえ、私もようやく外聞を気にできる程度には、深くなれました。故に、あなたの矜持も理解できます。そしてだからこそ、あなたもまた滅びが目前に迫った状況で、同胞たるダンジョンコアに共闘を持ちかけられれば、どう判断するかが不安なのです」
「なるほどな! だからあんな質問をしたわけだな!」
得心したとばかりに、ルディはにっかり笑う。困窮云々以前に、その単純すぎる性格と判断力の方が、僕らにとっては心配に思えてきた。騙されて、僕らの情報を他所に流さないだろうな……。
グラと同じダンジョンコアである以上、地頭はいいと思うんだけれどね……。
「そこで我々は、あなたが困窮しないプランを用意しました。これは、あなただけでなく、ダンジョンコア全体が直面している、地上生命どもの戦略を根本から揺るがす計画です。あなただけが利益を享受するわけではありませんし、我々にとってもこの計画にあなたが参加していただけると、ありがたいのです」
「プラン?」
こてんと首を傾げるルディに、グラはまるで商品を広げるように両手を開いて、その計画名を述べる。
「はい。その名も、トレジャーボックス計画です」
以前行った、ミルメコレオのダンジョンの実験が、いよいよ実を結ぶのである。
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