第83話 ゴルディスケイル島のルディ君
「ダンジョンに名がないのに、ダンジョンコアに個体名があるのか? なんの為に?」
どうやらダンジョンコアにとっては、人間に付けられたわけでもないのに、名前があるというのは奇異に見えるらしい。個体識別が必要ない為、他のダンジョンコアと交渉する際にも、一人称と二人称で会話が成り立つせいだろう。それ以外では、他者との交流をもつ機会というものが、そもそもない。
「見ての通り、私は人型ダンジョンコアですからね。人間社会に潜入する為です」
「おおっ! なるほどだぜ! たしかに、人間どもはいちいち固体に別の名を付けるんだよな! 俺サマも、そのくらいの事は知ってるぜ!」
……なんだろう。この子、バスガルとほぼ同年代のダンジョンコアなんだよね? にしては、言動が子供っぽすぎないか?
「だったら、俺サマも妖精型のダンジョンコアだし、名前とかってあった方がいいのか? 地上生命どもの前なんぞに出てかねーから、そこら辺わかんないんだが」
「そうですね。ないよりはあった方が、なにかと便利でしょう。妖精族であれば、私と同じように冒険者どもに紛れ込んでも、それ程怪しまれないでしょうし。まぁ、ダンジョンの外にまで出るのは、流石に危険すぎるでしょうが」
「あたりまえだろ! いくら地上生命どもに紛れても不自然じゃないタイプだからって、地上に出て人間どもに紛れるダンジョンコアなんているわけないぜ!」
いや、いるけどね。目の前に。それはまぁ、僕からグラに与えた悪影響というものだろう。実際、初めて外に出ようとしたとき、グラには猛反対された。
「じゃあホラ、俺サマにも地上生命っぽい名前付けてくれよ! その方が会話するうえでは楽なんだろ?」
まぁ、ゴルディスケイルのダンジョンコアって呼び方は、たしかに冗長すぎる。しかし、妖精半島やグレート・アイル風の名前を付けても大丈夫なんだろうか? あっちの文化風俗には、僕だってそれ程通じていないぞ?
「どうします?」
「…………」
グラの問いかけにもすぐに答えられず、数拍考え込む。まぁ、ぶっちゃけこのダンジョンコアがどうなろうと、僕らに直接の関係はない。だから人間社会で違和感があろうとなかろうと、どうでもいいといえばどうでもいい。
でもなぁ、最低限期待している役割もあるし、それが終わったからハイさよならと切り捨てる程、不義理でもないつもりだ。
「グラ、ちょっと代わってもらっていい?」
「はい。構いませんよ」
グラの許可を得て、依代の主導権を受け取る。
「名前との事ですが、安易に妖精族の多い地域の名前を付けても大丈夫ですか?」
「うん? どういう事だ?」
「いえ、たぶんこの辺りにも妖精族は多数いるわけですが、彼らの常識や慣習には詳しいですか? そうでないと、接触を図った際にボロが出る惧れがありますが」
「え? いや、うーん……。地上生命の常識とかいわれても、なんも知らんぞ。というか、なんかお前、さっきまでと雰囲気が違うな」
いきなりバレたし。外見は変わってないはずだし、声音も変わらないのに、そんなにすぐ気付くものなのだろうか。
「では、名乗るならこの辺りの文化圏から離れたものがいいかと思います。そちらの出身という事にしておけば、多少の齟齬は文化の違いという事で、誤魔化せると思いますよ」
「そうか? なんか良くわからねーけど、その方がいいならそれでいいぜ!」
「そうですか。ではそうですね……」
ゴマフアザラシのゴマちゃんは、流石に危ないな。そういえばその昔、多摩川に現れたアゴヒゲアザラシが一大ブームとなり、ニシ・タマオの名で特別住民票を得て、タマちゃんの愛称で親しまれたらしい。そんな話を、親父か母親のどちらかから、聞いたような覚えがある。どっちだったかは忘れたが。
「じゃあでルディ・ニシで」
ゴルディスケイル島のルディだ。どうも日本では、汽水域に迷い込んだアザラシには、地名にちなんだ名を付けるのが習わしのようだしね。ゴルディも考えたけど、なんか音がゴツくて、このダンジョンコアには似合わないように思えたから、頭の音を消してみた。
ニシはそのままだが、このゴルディスケイルのダンジョンが、僕らのダンジョンから見て西にあるので、忘れない為にもタマちゃんからそのままもらう事にした。この辺りの家名っぽくないし、出身地を誤魔化す際には役立ってくれるだろう。
「おう! ルディだな! よろしくな、グラ!」
「はい。よろしくお願いします」
ゴルディスケイルのダンジョンコア改めルディは、偉そうにふんぞり返りつつ快活に笑ってみせる。しかし、やはりというべきかその姿は生意気盛りの子供のようで、どこか微笑ましい。
わざわざ僕とグラの関係まで教える必要はないだろうし、ここはグラという事で通そう。
「それで、ルディさんにいくつかお聞きしたい事があるのですが」
「おう! なんでも聞いてくれ! 答えられる質問なら答えてやる!」
「ではまず、僕らと一緒に行動していた、金髪の男について。あの者と面識があるというのは、事実ですか?」
僕がそう問うと、ルディは不思議そうな顔で一度首を傾げる。もしかして、レヴンの言葉がすべて嘘だったという危惧が現実になったのかと、背筋がヒヤリとしたが、すぐにルディがポンと手を打った。
「ああ、金髪って髪の色か! なるほど、人間はそういう特徴で見分けるんだな。あれだろ? お前と一緒に行動していた、受肉したモンスター」
「ええ。彼は間違いなくモンスターでしたか?」
「ああ。それは間違いないぞ。むしろ、俺サマの感覚ではグラとさっき叛逆していたモンスターの方が、なんか変な感じだったな」
まぁ、依代は厳密にいえばモンスターじゃないからね。ただ、これで確認が取れたのは大きい。最悪、人間だったりしたら、なんとしても殺さねばならなかったところだ。
まぁ、とはいえ流石にそれはないだろうとは思っていたが。
「では、あのレヴンという男が、ニスティス大迷宮の使いであるというのも事実ですか?」
これが一番大事な点である。
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