第82話 ゴルディスケイルのダンンジョンコア

 ●○●


「あれ?」

「おや? この感覚は……」


 悪戦苦闘の果てに、グラの操る依代に憑依した僕は、しかし周囲の様子に疑問を抱く。戦闘の痕跡こそ残っているものの、辺りは静寂に包まれていたのだから。

 お互いに口を開かずにやり取りするのも、なんだか久しぶりで懐かしい。


「ショーン、どうやら無事だったようですね」

「う、うん。まぁね……」


 さっきまでのやり取りを思い出して少々気後れしてしまうが、どうやらグラにはそういう思いはないらしい。同じ依代に宿っている為、強い歓喜の感情がダイレクトに伝わってきて、僕もついつい嬉しくなってしまう。

 まるで悪戯を叱られた直後に、まったくの別件で褒められているような、身のおき所に困る心境だが。


「疑似ダンジョンコアに宿った意志はどうしたの?」

「倒しました」

「いや、そんなあっさり……」


 これでは、慌てて戻ってきた僕がバカ丸出しではないか。実態はともかく、個人的には修行編を経て窮地の仲間を助けにきた、少年漫画の主人公のような心境だったのに。これまでできなかった、ダンジョンコアと依代間の憑依、それもアルタン=ゴルディスケイル間という長距離での試行という、なかなかの冒険を経てのいまであるだけに、徒労感がハンパない。


「それにしても、良く相手が僕じゃないって気付いたね?」


 もしかしたら、僕が抜けた段階で、大きな変化でもあったのだろうか? だとすればわからない話でもないのだが……。


「私が、ショーンとそれ以外を見間違うわけがないでしょう?」

「いや、そんな自明の理みたいに説かれてもさ……」


 どうやら、やはり外見上は大きく変化はしなかったらしい。まぁ、当然だろう。あの依代に施した【魔法】は、あくまでも【影塵術】の一部や【咆哮】であり、彼に【怪人術】は使えなかっただろうから。見様見真似で使う惧れははあったが……。


「正直僕には、依代とダンジョンコア、どっちにグラが宿っているか質問されても、見分けられる自信がない……。コツとかってある?」


 もしかしたら、フォーンさんが僕とグラを見分けられるのと同じように、なにかしらの差異があるのであれば、教えてもらいたい。が、グラの答えはなんとも役に立たないものだった。


「強いて述べるなら、お姉ちゃんパワーです。弟と弟のそっくりさんを見分けられない姉など、いるはずがありません」


 いや、いるよ。少なくとも、人間だった頃の二人の姉には無理だっただろう。

 ともあれ、現状確認はもうこれでいいとして、まずは先程の諸々を謝ろう。特に、グラに対して暴力を行使しようとした点は、平身低頭五体投地で謝る他ない。自分でも、どうしてあんなキレ方をしたのか、わからない程だ。

 うちの親父は、酔っ払うと口も悪くなるし、大声にもなるのだが、暴力だけは振るわなかった。だというのに……。

 ハッキリ言って、謝って許されるような真似ではないと思っている。だがそれでも、贖罪は謝る事から始めるしかないのだ。


「グラ……」

「どうしました? そんなに落ち込んで」


 やはり同じ体に宿っているせいで、お互いの感情がダイレクトに伝わり合う。常ならばメリットも多いが、デメリットも多いのだが、謝罪と反省の意思が伝わってくれるのは、ある意味謝罪をする側にとってはありがたいのかも知れない。


「さっきはごめ――」

「なぁ、もう終わったのか?」


 薄暗い空間に、僕とグラ以外の声が響いた。なんというか、あどけないというよりも、どこか間の抜けたゆったりとした声だ。糖衣を脱いだ表現をするならば、トロそうとでも表すべきか。


海豹アザラシ?」


 そこに立っていた者の第一印象は、真っ白い体毛に黒い斑点模様のゴマフアザラシだ。だが当然、ゴマフアザラシは喋らないし、二本の足で立っているはずもない。

 一番わかりやすく、その姿を説明するなら、アザラシの毛皮を頭からすっぽりと被っている少年、だろうか。ただまぁ、これが毛皮を被っているわけじゃないのは、そのつぶらな瞳がたしかな生気をもってこちらを見ている点で明らかだ。

 これはあれだ。妖精半島北部や、グレート・アイルに住んでいるという妖精族、ローンだ。水泳時には、その毛皮にすっぽり覆われ、アザラシ形態で泳ぐらしい。

 北大陸で妖精族を見る事は珍しくはない。ィエイト君やシッケスさん、フォーンさんも妖精族だ。だが、いくらなんでもダンジョンのこんな深い場所に一人でいるというのはおかしい。


「君は、このダンジョンの主かな?」


 万が一地上生命だったときの事を考えて、あえて『ダンジョンの主』という呼びかけ方をする。その問いに、ゴマフアザラシ少年は、ふん反り返ると、ちんちくりんの体を最大限大きく見せるように、両の手を開いて宣言した。


「いかにも! 俺サマはこの、ゴルディスケイルのダンジョンの主、ダンジョンコアである!!」


 だがまぁ、なんというか、その姿のせいか、正直アザラシの被り物をした子供のごっこ遊び感が否めない。


「グラ、自己紹介をして」

「そうですね。ダンジョンコア同士の、最低限の礼儀ですか」


 いまは依代の主導権はグラにある為、彼女はスムーズに挨拶に移行する。軽く服の埃を払い、スカートを摘んで足を引くと、微動だにしない表情で述べた。


「こんにちは。私はここより北東にある、アルタンの町に存在するダンジョンのダンジョンコアです。いまだに人間に発見されていない為、ダンジョンに名はありませんが、個体名はグラといいますので、以後そう呼んでください」


 グラの自己紹介に、ゴルディスケイルのダンジョンコアは不思議そうに首を傾げた。



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