第81話 お姉ちゃんパワー

 ●○●


「モンスター風情が、私の弟の真似をするなど烏滸がましい!!」


 疑似ダンジョンコアに対し、私は腰の刀を抜き打った。ショーンの姿をとっているの胸に、真一文字の裂傷が生まれ、真っ赤な鮮血が迸る。はショーンに良く似た声で「うぎゃんっ!?」などと悲鳴をあげているが、その反応からしてショーンとは大違いだ。

 依代からショーンが離れ、別のなにかに入れ替わった事を、私は鋭敏に感じ取った。なにより許せないのは、は状況把握すると、ショーンのフリをして私に取り入ろうとしたのだ。

 それが、私の油断を誘い、隙を突こうとしたのか、はたまた主であるダンジョンコアに阿ろうとしたのかは判然としない。だがしかし、断言できる事はただ一つ。

――笑止である。

 まったくもって笑止でしかない。ただのモンスターが、ショーンの真似などできるものか。

 私はから距離を取ると、納刀してから転がっていた炭化ホウ素の突撃槍を蹴り上げ、柄を把持する。槍の耐久値は限界だが、最後の一撃分くらいは持ってくれると期待したい。


「このっ! このっ! このっ!! 許さないぞ、グラ!!」

「あなたに呼び捨てで呼ばれる覚えはありません。ショーンの真似にしても、下手すぎます」


 なにが「許さないぞ」だ。ショーンの場合、私がなにをしても許してしまいそうなのが欠点だというのに。それは私もまた然り。然れど、直せぬが故に三つ子の魂百までというらしい。我々は双子だが。

 私が言葉の刃で一刀両断すると、ガシャンと床に降り立ったが、まるで地団駄でも踏むようにアリの四肢を蠢かせる。

 愚かな。そんな拙い演技でショーンを気取るなど、あまつさえ私を騙せると思うなど、我々姉弟の在り方そのものに唾を吐く行為でしかない。万一、先の行動が私に対する忠誠故だったとて、私の弟に対する不敬は、我がダンジョンのモンスター失格であり、万死に値する。


「うわぁぁああああ!!」


 無数の腕が、覆いかぶさるように伸びてくる。まるで先程の戦いの焼き直しのようだが、そこには明確な違いが存在する。


「【火の力セルモクラスィア】」


 もはや眼前の異形は、ショーンではない。すなわち、私に手加減をする理由などないのである。

 まるで炭化ホウ素の突撃槍そのものが炎上したように、火焔を噴き上げる。だがその実、熱は槍にも、その持ち手の私にも伝わらない。これは、斧槍ハルバード頬白鮫ホホジロザメ】に付与されたものと同じ、熱操作の属性術である。

 私を捕らえようとした無数の腕は、私が槍を振るうだけでファットウッドのように簡単に燃え盛る。やはり、この無数の腕の防御力は依代レベルには遠く及ばないようだ。


「あつ!? 熱い熱い熱いッ!!」


 一気に十を超える腕を燃やされ、は無様にも喚き散らす。ああ、本当に不愉快で仕方がない。姿と声だけはショーンに似ているせいで、まるでこの手でショーンを虐めているように錯覚してしまうではないか。

 勿論、一〇〇%そうでない自信はあるが、やはり視覚情報というものは、どうしたって脳裏に強く刻まれる。

 さっさと破壊――は、やや勿体ない。ここで疑似ダンジョンコアを破壊すると、そのDPはゴルディスケイルのダンジョンに吸収されてしまう。既にかなりのエネルギーを吸収されてしまっているだろうが、疑似ダンジョンコアに注ぎ込んだDPを丸々奪われるのは面白くない。

 ここは、依代の破壊にとどめ、疑似ダンジョンコアそのものは回収するべきだろう。無論、本来自我の宿らぬはずの疑似ダンジョンコアに、自我が芽生えてしまった原因を究明するサンプルとしても有用だ。


「そもそもにして、おかしかったのです――」


 私は一足飛びにの間合いを侵すと、突撃槍を突き入れる。ミルメコレオの下肢目掛け、炎を纏う槍先が穿たれると、それを防御しようと獣の前肢が交差する。だが、そんな防御になんの意味があろうか。


「あぎゃぁぁああああ!? あつい! あつい!! 熱いぃぃいい!?」


 先程よりも大きな悲鳴があがり、獅子の前足は呆気なく燃え上がった。とはいえ、そこは流石にダンジョンの主の代役を任せただけの、化け物の肉体だ。無数の腕と違い、即座に燃え落ちるという事はなく、獣の腕は炎を纏いつつも炭化もせず健在だ。

 だが、その持ち主であるは熱と炎に苦悶し、絶叫するばかり。まったくもって情けない……。ただのモンスターであれば、端から期待などしてないが故に、そんな事を思いもしないだろう。だがしかし、に関しては、ショーンの姿をしているからこそ、どうしても比べてしまうのだ。

 もしもショーンであれば、この状況でどうするか? 問うまでもない。痛みも熱さも我慢して、状況の打開を模索するのだ。

――そして、私の弟は最高だ。

 彼はその道を必ず見つけるだろう。見つければ、苦痛も厭わずその道を突き進むだろう。そして必ずや、その目的を果たすだろう。

 敵に回せば、なんと厄介な相手だろうか。この世がひっくり返ろうとも、そんな事にはならない私からすれば、ショーンと敵対する可能性のある、あらゆる生物に対して同情してしまう程だ。それは人間は勿論、同族たるダンジョンコアもまた同様である。

 まぁ、その我慢強さのせいで、その内心の苦悩や葛藤を斟酌するのが、非常に難しいのは玉に瑕だが……。


「ど、どうして……、グ、グラ……」


 その顔に、情けなく涙や鼻水を垂らし、なおも下手くそな弟の真似をする。まぁ、にとっては、ショーンの真似をするべくして生み出されたのだから、ある意味では当然の行動といえる。無論、無意識ではあるのだろうが、がショーンの抑圧してきた鬱屈の具現であるというのは、間違いがない。

 そう思えば、哀れではある。眼前のは、そうあれかしと創られたものが、過たずそうあるだけなのだから。

 だがしかし、許せないものは許せない。私は突撃槍の柄を、両手で握ると大きく後ろに振りかぶった。

 その姿から、次の攻撃を察したのだろう。は慌てて、己に残るすべての攻撃手段をもって対抗する。残った無数の腕も、竜の左腕も、獣の前肢も、アリの四肢も、羽も、翅も――


「や、やめろぉぉぉおおおおお!!」


 だが悲しいかな、眼前の怪物は生命力の理も知らねば、魔力の理を学ぶ機会もなかった。あるのは、ショーンの授けた【魔法】だけ。

 生命力の理で力を増し、魔力の理で最大の熱を宿した一撃は、真正面からのすべての攻撃を焼き払い、打ち砕き、最後は疑似ダンジョンコアが形成していた肉体を、消し飛ばした。


「――最後に、あなたが生まれてきたおかげで、ショーンとわかり合うきっかけになったのはたしかです。ダンジョンのモンスターであるならば、主の役に立った事を誇り、しかし主やその弟に牙を剥いた事を恥じ、潔く散りなさい」


 虹色の輝きを持つ疑似ダンジョンコアを見下ろしつつ、餞別としてその名もなきモンスターに言葉を送る。

 これにて、私たちの姉弟喧嘩は幕を下ろしたのであった。



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