第80話 霊体操作のコツ
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マズいマズいマズい……ッ!! 見慣れた研究室。ここは、アルタンの町の僕らの屋敷の地下にある、僕らのダンジョンの四階層だ。
「ここから
もっとも効率的な交通手段を模索するも、それでは船の手配に最低でも二日はかかるし、移動そのものにも丸一日は必要だ。僕は即座にそのプランを破棄すると、ゴルディスケイルのダンジョンに戻る方法を考え続ける。
以前の海賊戦でしたように、船で移動するという点を装具で代用し、海上を高速移動する案は?
ダメだ。たしかに船よりも足は早いが、それでも移動そのものに数時間はかかる。その間、装具を使い続けなければならない。必要になる魔力が膨大なのは、ダンジョンコアにいるいまなら無視できる。
だが、いま現在手元にあるのは、以前使っていた【
僕自身が、属性術を修めていなかった点が、ここにきて痛手となってしまった。あるいは、転移術を使えれば話はもっと早かっただろう。
――などと、できないことにばかり意識を割くなど無駄でしかない。だが、どうする? 依代から意識が弾かれる感覚は、ダンジョンコアから依代に移ったときと同様のものだった。だとすれば僕は、本来疑似ダンジョンコアにあるべきでない意識だったという事であり、それはすなわち、本来疑似ダンジョンコアにあるべき意識があったという事――つまり、疑似ダンジョンコアに意識が芽生えてしまっていたのだ。要は、受肉だ。
とはいえ、それが生じないようにモンスターとは別の形で生みだしたのが、疑似ダンジョンコアであったはずだ。根幹の技術は同じであるが、モンスターと疑似ダンジョンコアの根本は違うもののはずだった。
魂魄、霊体、肉体の、生命体における三要素の内、肉体以外の二つをあえて外付けした生命体として定義し、作ったのが疑似ダンジョンコアだった。だとすれば、自我など生まれようはずがないのだ。
なにより、グラがそうならないように作ったものに、精神など宿るはずが――
「――ああっ! つまりそういう事か!!」
原因は【怪人術】だ。あれによって、過度に己の肉体をモンスターとして再構成してしまったせいで、本来疑似ダンジョンコアにあるべきでない、モンスターとしての
グラに誤謬がないのなら、当然間違ったのは僕であり、疑似ダンジョンコアに干渉するような真似は【怪人術】以外にはしていない。
クソっ! ホント、なんで僕はあのとき後先も考えず、未完成どころかほとんど構想段階でしかなかった【怪人術】なんて使ったんだ。いやまぁ、あの小男の言動にムカついたからなのだが、もはやその言動がなんだったかすら忘れているというのが、なんともモヤモヤする。
まぁ、あれはどちらかといえば、鬱積していたストレスが噴出しただけで、小男はきっかけに過ぎない。つまりは、徹頭徹尾自業自得である。
だが、いまさら原因について考察しているような時間はない。
問題は、グラがダンジョンコアを僕だと勘違いしたまま、疑似ダンジョンコアに宿ったモンスターに攻撃されてしまう可能性だ。グラはあの状態の僕にすら、己のダメージを厭わず配慮してしまうような、優しい姉だ。
そんなグラの優しさに、僕が生み出したモンスターの自我が付け込んで、致命的なダメージになったりしたら、悔やんでも悔やみきれない。
勿論、グラとて疑似ダンジョンコアであり、万が一依代を破壊されても死ぬわけではないだろう。まず間違いなく、
だが――それは確実ではない……。
ダンジョンコアに僕がいる状態で、グラがこちらに戻れるのか否かという実験はした事がない。僕がダンジョンコアと疑似ダンジョンコア間の、精神の行き来ができなかったのだから、当然ではあるのだが。
こんな状態で、万が一グラがこちらに戻れなければどうなる? 答えはわからない。そんな危険が冒せるか? 否だ。断じて否である。
ではどうする?
――ここから、グラの疑似ダンジョンコアに憑依する他ない。
それ以外の方法は、やはりどうしたって時間がかかりすぎる。
最初の試作疑似ダンジョンコア、一度バスガルで死んだとき、その後に依代に宿り直したとき、そして今回と、既に依代とダンジョンコア間を、霊体で行き来するのは四度経験したのだ。
グラは既に、自由に双方間を自由に憑依できる。無論、優秀過ぎるあの姉と同じスペックを求められても、凡庸を絵に描いたような僕には難しいが、それでも四度である。可能なのであれば、いい加減僕にだって再現はできるはずだ。
いや、無理でもやるべきだ。グラの安全に関わる事態だ。
僕は、ついさっき感じたあの感覚を思い出しつつ、疑似ダンジョンコアに憑依を試行する。
早くしろ、早く修得しろ! こうしている間にも、グラは疑似ダンジョンコアに騙されているかも知れないのだ!
ああ、クソ! なにがダンジョンコアの全能感だ。こんなものはただのカタログスペックでしかない。扱えるエネルギーの桁が違い、ダンジョン内ではそのエネルギーを自由自在に使えるというだけの事だ。現に、瞬時に海も渡れなければ、空を飛ぶ事すらできはしない。できるはずの憑依にすら、こうして手間取る始末だ。
所詮、僕にダンジョンコアという強大な体は不似合いなのだ。これは、グラの体だ。
それでも、まるで実家にいるような安心感である点は、努めて無視しつつ僕ははるか遠くにあるはずの、グラの宿っている疑似ダンジョンコアの存在に集中した。
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